8.2章 ミッドウェー作戦始動

 昭和17年5月27日、山口中将を司令官とする一航艦が柱島から出港した。一航艦と言っても、一航戦と二航戦であり、五航戦を艦隊から外している。珊瑚海の戦いで翔鶴が被害を受けたことと、艦載機の消耗が理由だ。更に二日後には、連合艦隊旗艦の大和と武蔵を主力とするミッドウェー攻略の主隊が出港した。なお、戦艦武蔵は1941年末になって、艦政本部から司令部施設の拡張要求が行われ、数カ月の工期遅延が懸念されたが変更不要との山本長官の一言で遅延は回避された。また、サイパンに集合していた、近藤中将が率いる上陸作戦を実行するための輸送船団とその護衛部隊がミッドウェー島攻略部隊として、5月27日に出港した。


 一方、新たな機動部隊として、角田少将を司令官として第三航空戦隊が編制された。空母祥鳳と瑞鳳に加えて、新鋭の隼鷹と飛鷹が配備されていた。改装された空母ばかりであるが、搭載機数は4隻合わせれば、ほぼ五航戦に匹敵する戦力となった。三航戦は、護衛部隊の一つとしてミッドウェー攻略部隊と行動を共にしていた。


 ……


「どうやらヤマグチの艦隊が行動を開始したようです」


 ニミッツ大将は情報参謀のロッシュフォード中佐が手渡した書類に目を落とした。そこには、日本海軍の通信に対する分析結果と、サイパン近海に配備した潜水艦からの報告が記載されていた。


「5月27日に、サイパンから輸送船団が出港したということだ。この艦隊の目的地だが、君たちの推定通りフィジー方面と考えていいのだな。日本海軍の通信の解読でも、それが裏付けられるのだな?」


「はい、それに加えて、我々は日本本国からも艦隊が出港したのを、諜報活動からつかんでいます。暗号解読の結果、今まで想定していたフィジー・サモア作戦が計画通り開始されたと考えられます。攻撃開始予定日は6月6日前後と推定していますが、航海に要する期間を考えてもつじつまが合います」


 日本海軍のD暗号の解読班は、電文で示されたAFとANという符合の解読が最後までできなかったが、偽電を何度か打つことで確定させた。ロシュフォート中佐は、まずエスピリットサントで石油が足りないという電文を発信させた。日本海軍は見事にこれに引っ掛かり、ANで石油不足の模様との内容を含む暗号文を司令部に打電した。次に、ミッドウェー島で水が足りないという偽電を打たせた。こちらも、日本軍からAFでは水が不足しているとの暗号文が発信された。


 五月上旬までは双方の地域名が電文に登場していたが、中旬以降はANに変わっていた。艦隊の作戦に関する電文でもANを目的とするという内容が出てくるようになった。情報参謀のレイトン少佐もロッシュフォード中佐も、日本軍は2つの作戦を考えていたが、この時期に一つに絞ったのだと考えた。その絞り込んだ作戦目的が、フィジー・サモア方面の侵攻作戦であるはずだ。これは、日本軍がポートモレスビー作戦を成功させてから、次の目標がオーストラリアの海上遮断だと考えると、戦略的な目的とも整合していると思われた。


 イギリスやオーストラリアからの反応を考えると、フィジー・サモアへの日本軍の侵攻を放置するわけにはいかない。この分析に基づいて、ニミッツ提督はフィジー方面に向けて、なけなしの艦隊を出港させた。竣工したばかりの空母エセックスに加えて、大西洋から急いで回航した空母レンジャーと戦艦サウス・ダコタ、ワシントン、インディアナを中心とする機動部隊だ。空母は少ないが今は無い袖は振れない。その代わりに、4隻の護衛空母から構成された支援部隊を指揮下に追加していた。背水の陣のスプルーアンス少将が、再び機動部隊を指揮していた。


 ……


 暗号を含む通信を担務とする軍令部第四部の金子少将は、インド洋と珊瑚海で実行した偽電については、正直なところうまく行かなかったと反省していた。従って、今回のミッドウェー作戦にあたっては、作戦目標が別のところであると、徹底して誘導する作戦をとった。最初は二方面作戦と思わせておいて、それを不自然でないように一つに絞ってゆく。敵が発した情報を受信した場合には、わざわざその情報を暗号電で打電することで、解読のヒントを与えてやった。更に、意図的にフィジー・サモアに関する暗号電の数を増やして、それに対する作戦の開始時期が近いようにみせかけた。そのようなお膳立てをしたうえで、作戦開始時期を6月6日と暗号電で送った。しかも、その時期の作戦開始がもっともらしく思えるように、わざわざ輸送船団の航路を南向きの航路に迂回させることまでしたのだ。


 ……


 日本艦隊がミッドウェー島に接近すると、6月4日になって、ミッドウェー島から飛来した米海軍の索敵機に発見された。この時、米海軍は真珠湾の失敗を反省して、ミッドウェー島からは、32機のPBYカタリナを使用して700マイル(1127km)を哨戒の進出点として索敵を実施していた。西方から接近するミッドウェー攻略部隊の一部の輸送船が想定以上に早く発見されてしまった。


『ミッドウェー島に西方、700マイル、大型艦6隻の艦隊を発見』


 ミッドウェー島防衛の指揮官だったシマード大佐は、発見したのは輸送部隊だろうと正確に判断した。そのため、まだ他に日本の機動部隊がいるはずだとして、そちらの捜索を優先させた。それでも空母が発見できないため、シマード大佐は、夕方になって発見した輸送船団に対して、PBYカタリナによる夜間雷撃を命令した。夜間であれば敵艦隊に接近して攻撃できるはずだと考えたのだ。唯一、ミッドウェー島で夜間雷撃可能なレーダ搭載機がPBYカタリナだった。夜間でも艦船を探知できるレーダーを備えた6機のPBYがミッドウェー島を発進していった。


 ……


 一方、ミッドウェー海域で、日本艦隊発見の報告は、すぐにニミッツ提督の下に届いた。電文を見て驚いたが、努めて冷静に命令する。

「どうやら、日本軍は計画を変更したようだな。彼らはミッドウェーを今回の攻撃目標としたようだ。すぐにもスプルーアンスに連絡してくれ」


 ロッシュフォード中佐が答える。

「日本軍が、フィジー方面とミッドウェー方面の2つを作戦目標としていたのは我々もつかんでいました。恐らくぎりぎりになって、作戦の実行順序を入れ替えてきたのだと考えます」


「なぜ間違えたのかの分析は、後でゆっくり分析してくれ。今はミッドウェーを防衛することが優先だ」


 ……


 近藤艦隊は、電探により米側の偵察機の接触を受けたことを察知すると、直ちに山本長官に報告した。山本長官は報告を受けて、一航艦に警戒を促す電文を発信した。


 赤城の艦橋では、山口中将と草鹿少将が大和からの通信文を見て協議していた。私も輸送艦隊が想定外に早く見つかってしまったことから、艦橋に呼ばれた。既に草鹿少将が、長官に状況を説明していた。


「ミッドウェー島攻略部隊の艦隊が発見されました。米軍は600浬(1111km)以上の距離を警戒していたことになります。これは我々の想定以上の遠距離索敵です。恐らく、ハワイで奇襲されたことの反省から攻撃の1日以上前に警報を発することを目的に広範囲で索敵しています。発見されるのは、想定範囲内ですが少し早すぎました。我々のミッドウェー島攻撃は強襲になります。加えて、見つかったからには、敵部隊が向かってくる可能性があります。一航艦はまだ発見されていませんが、遠からず見つかるものと覚悟する必要があります」


「明日からの攻撃に備えて、予定通り偵察を強化する。上陸作戦が終わるまでは、継続する必要があるな」


 明日のことを心配する前に、今日の夜が心配だ。

「発見された輸送船団を米軍が放置するとは思えません。夜間爆撃を仕掛けられる可能性があります。近藤中将と角田少将に伝えてください。電探装備の二式艦偵であれば、夜間でも敵機を発見できます。電探搭載機を使えば、友軍の戦闘機を誘導して夜間戦闘も可能であると考えます」


「よかろう、鈴木大尉の考えた夜間戦闘の対策も含めて、近藤中将と角田少将に直ちに通知しよう。警戒してもやりすぎということはないかならな」


 この時点で、一航戦と二航戦から構成される一航艦はミッドウェー島北西部から、南東のミッドウェー島に向けて接近していた。一航艦の護衛としては、榛名と霧島が前衛となって、その後方を利根と筑摩、秋月と照月が航行していた。また空母の周囲には陽炎型と夕雲型からなる第四駆逐隊と第十駆逐隊が警戒していた。


 大和、武蔵、長門、陸奥を主隊とするミッドウェー攻略作戦の主力部隊は、一航艦よりもやや遅れてミッドウェー島の西北西から、接近していた。また、近藤中将の艦隊と三航戦に護衛された輸送船団から構成されるミッドウェー攻略部隊は、ミッドウェーの真西から接近していた。想定外の長距離索敵のために主隊よりも近藤中将の輸送船団が最初に発見されてしまったことになる。

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