7.2章 ポートモレスビー攻略作戦始動
日本軍はポートモレスビー攻略の前に、東部ニューギニア島の北岸にあるラエ、サラモアの攻略が第一段階の作戦として計画していた。
ラエ、サラモア攻略の後に第二段として計画されていたのがポートモレスビー攻略だった。もともとこれらの作戦は4月以前の計画であったが、本土からの指示と空母がそろわないこともあり、延期されていた。
トラック島の第四艦隊司令部では、ポートモレスビー攻略作戦の開始時期について議論が行われていた。
矢野参謀長が説明を始めた。
「本土近海では、ヨークタウン級の2隻との戦いがありました。空母1隻を撃沈して、1隻は捕獲したそうです。その結果、我々に攻撃を仕掛けてくる米艦隊は、ワスプとサラトガを主力とした艦隊となるでしょう。それに対抗する我々の航空戦力ですが、空母龍驤はインド洋で遣印艦隊として活動中のため不在です。一方、陸軍の上陸部隊は、攻略戦に向けて準備はできています。但し、陸軍の堀井少将からは、航空機による上陸支援は必須との要求が出ています。ポートモレスビーはラバウルからの距離が800kmですので、航空攻撃可能な距離となります。従って、ある程度は上陸支援も可能だと思われます。同様に敵艦隊が珊瑚海から西方のソロモン海まで入ってくれば、ラバウル航空隊の攻撃圏内となります」
井上中将が質問する。
「仮に4月末に作戦を開始するとして、米海軍の空母はまた出てくるだろうか? 空母が出てくるならば、ラバウル航空隊では不足する。我々にもそれに対抗できる空母が必要だ」
「軍令部がつかんだ情報によれば、わが軍の侵攻を食い止めるようにオーストラリアと英国が米国に非常に強い圧力をかけています。ニューギニアを我が国に抑えられて、その次にニューカレドニアとフィジーに侵攻することになれば、オーストラリアは完全に孤立します。インド洋経由では英国との連絡は、ほとんど不可能になっていますので、太平洋の海路は非常に重要です。従って、我が国の侵攻を停止させるために米艦隊が出てくる可能性は高いと、軍令部も判断しています。加えて、ニューギニアや周辺の島々の原住民にはオーストラリア側についている民間人がいるようで、作戦のために輸送船が集まれば連合軍にも情報が洩れるでしょう。従って、我々が作戦の準備を始めれば、それを察知して米空母がやってくる可能性は大きいと考えます。それに対して、我々の部隊への支援のために、連合艦隊からは空母祥鳳と隼鷹を回すことを決めたと言ってきています」
横で聞いていた第4艦隊司令部付として派遣されてきた金沢少将が発言する。
「山口長官からの最新情報です。五航戦の翔鶴と瑞鶴を派遣してくれるとのことです。今月の20日ごろにはトラックまで来ることができるそうです。これで我々が作戦に使えるのは空母が4隻となります」
説明を聞いて、井上中将が決断した。
「それだけの空母があれば、上陸作戦の支援と、米艦隊への攻撃の双方が実行可能だ。我々が待っていた準備が整ったと判断する。4月末をもって第一段階の作戦を開始する」
……
ついに、井上長官が待っていた空母がやってきた。4月20日になってインド洋から戻ってから一航艦と別れた五航戦の翔鶴と瑞鶴がトラック環礁に入ってきた。トラックには、一足早く日本本土を出ていた工作艦明石は、本国からの貨物を搭載して停泊していた。続いて、ドーリットル日本本土空襲において米軍空母の迎撃戦で活躍した祥鳳と隼鷹が南下して、4月26日になってトラック泊地まで進出してきた。
空母が一挙に増えてにぎやかになったところで、九七式飛行艇が本土から飛来してきた。飛行艇には、技研で電探を開発していた森大尉が搭乗していた。森大尉は、さっそく、草鹿少将のところに挨拶に行った。草鹿少将とは横須賀での電探の展示などで何度かあっている。
「今回はずいぶん遠くまで来たのだな。どういった要件なんだ?」
「新型装備を持ってまいりました。それほど大きな装置ではありませんが、二式艦偵に追加させていただきます。装置としては、四式を持ってきましたので、4機の候補を選んでいただきたい」
「それはいいのだが、既に二式鑑偵にはいろいろな機器が搭載されているぞ。そんな装置を追加する余裕はあるのかな?」
「はい、そのために後部席にある13.2mm機銃は降ろさせてもらいます。なあに、搭載工事は私が監督して、載せた後の調整もやりますので大丈夫です。それに、これは機銃よりも、役に立つはずです」
「それにしても、すいぶん急だな。ぎりぎりになるまで開発をしていたのかね?」
「鈴木大尉の指導もあり、以前から開発していたこの装置は完成間近だったのですが、情報が足りませんでした。それが捕獲したホーネットの搭載機器を調査して、一気に完成させることができました。それで出来上がった装置をあわてて持ってきたというわけです」
「そんな、にわか作りの装置が役に立つのかね? 事前実験はしっかりしたんだろうな」
「大丈夫です。動作はしっかりと確認しています。本当に役に立つかどうかは、実戦で使わないとわかりませんが、ある意味兵器なんてみんなそんなものです」
楽観的な森大尉の意見に従い、空母の格納庫では、さっそくこの新型電子機器の搭載工事が始まった。
……
4月28日になって、第一段階の攻略作戦が開始された。まず4隻の輸送船を伴った攻略部隊がラバウルを出港した。ニューブリテン島を迂回してから、ラエ、サラモアへの上陸は、4月30日に実行されることになった。第六戦隊と祥鳳を含む攻略部隊の護衛部隊も4月29日にトラックから出港して、攻略部隊と合流した。第四艦隊側から輸送船団を安心させるために船団の視界内を航行することを強く要求されたため、祥鳳が輸送船部隊の近傍を航行することになったのだ。
上陸作戦当日は、祥鳳の艦載機が支援のために上空に飛来した。ラエ、サラモアの上陸部隊の上空を艦載機が飛行してゆく。これらの島から、連合国軍はほとんど脱出しており、戦闘が発生しないで上陸作戦は成功した。上陸後ただちに、基地の設置が開始された。輸送船からの荷揚げは、邪魔されることもなく3日の作業で完了した。しかし、被害はなかったものの、島内の住民から日本軍の行動を隠すことはできなかった。オーストラリアへの協力者により、日本軍の行動は連合軍に筒抜けだった。
上陸作戦と並行して、4月27日になると五航戦はトラック泊地から出発していた。上陸作戦が実行された30日には、五航戦はニューブリテン島の東岸を抜けると、南東方向に向けて米軍を警戒しながら航行していた。しかし、この日空母を発艦した偵察機は、米艦艇を見つけることはなかった。
……
第19任務部隊は、戦略情報局の電文解析により、ニューギニアを中心とした活動が5月中旬に開始されるであろうという情報を得て、既に出港していた。但し、スプルーアンス少将の意向により、作戦開始時期を電文解析の時期よりも早めている。
5月1日になって、第19任務部隊の司令長官であるスプルーアンス少将の下に、日本軍の行動を示す電文が届いた。
「日本軍が行動を開始したぞ。東部ニューギニアのラエとサラモアへの上陸が行われた。オーストラリア軍は既に撤退していて、損害はほとんどなかったが、日本軍がさっそく基地を設営しているようだ」
参謀長のムーア大佐が地図を見ながら説明する。
「ラエとサラモアというとこの位置ですね。残念ながら、このエリアの敵の作戦には間に合いません。次は間違いなくニューギニア南岸のポートモレスビーが日本軍の攻略対象になります。その上陸作戦部隊を攻撃します。1週間以内にポートモレスビーへの上陸作戦が始まっても不思議ではありません。どうやら日本軍の活動開始時期が情報局の分析結果よりも早まっています。長官の読み通りになってきています」
「いや、私の想定以上に早まっている可能性がある。このままでは出遅れる可能性もある。艦隊の速度を上げてくれ。我々の目標は、ポートモレスビーを攻略すべく航行している敵の艦隊だ。上陸船団だけでなく、護衛の空母が珊瑚海かソロモン海にいるはずだ」
米艦隊はソロモン諸島の東側を回って、ニューギニア島に向けて西方に進んでいた。そのまま進めば珊瑚海へと足を踏み入れることになる。
サラトガ艦上では今後の行動計画について議論が行われていた。
ムーア大佐が状況説明を行った。
「最新の敵の情報ですが、ポートモレスビーからの友軍偵察機の報告を入手できました。ラバウル沖に停泊していた、日本軍の艦艇と多数の輸送船が出港したとの報告があります。これらの艦艇の目的地はポートモレスビーと思われます。既に日本軍の次の作戦が始まって上陸船団が出港したと解釈できます」
スプルーアンス少将が周りの参謀たちの顔を見まわした。
「日本軍の上陸部隊を積んだ輸送船はラバウルから南下して、今頃はソロモン海を航行しているだろう。我々はこの上陸部隊を攻撃して、日本軍に上陸作戦を断念させる。当然上陸部隊には護衛がついているはずだ。インド洋で暴れていたヤマグチ艦隊は、日本本国に帰投したとの情報があるが、一部の空母はトラック諸島に入って補給を受けたとの情報がある。そもそもこの時期に開始することになった、ポートモレスビー攻略作戦の日程自体が、インド洋から空母が戻るのを待っていた可能性が高い。つまり、我々は日本の空母を無力化しない限り、上陸部隊への攻撃ができないということだ」
横で聞いていた副官のプライド大佐が意見を述べる。
「北寄りのルートではトラックやラバウルなど日本の制圧地域に近づくことになります。敵上陸部隊の攻撃には、珊瑚海のオーストラリア寄りを一気に西に進んで、ニューギニア島の東端を回って、南下してくる上陸部隊をとらえて攻撃する方法を提案します。但し、この経路は敵も想定していて、空母部隊との戦いになる可能性はあると思います」
スプルーアンス少将がさらに続ける。
「その意見に私も賛成だ。もう一つ加えると、ラバウルからの敵艦隊の出港から計算すると、日本軍の上陸部隊が東端を回るのは、恐らく2日後、または3日後となるだろう。我々もそれに合わせて行動する」
……
一方、翔鶴の艦上でも米軍の空母の所在についての議論が行われていた。
五航戦参謀長の大橋中佐が、状況について説明する。
「軍令部から、米空母がポートモレスビーへの攻略を阻止するために出てくる可能性大だと言ってきています。既にオーストラリア北方のこの海域に米軍が出撃して来ている可能性も考えて、ソロモン諸島とニューギニア島の間の海域を徹底的に捜索すべきと考えます。空母としては、ワスプとサラトガが機動部隊の中核になるでしょう。また、昭和16年から17年にかけて複数の戦艦が竣工していますので、新型戦艦が行動を共にしている可能性もあります」
草鹿少将がうなずいて意見を述べる。
「米軍の空母部隊が出てきているという見方に私も賛成だ。どこから来るのかを考えれば、東か南東になる。彼らが狙う船団は、ラバウルからニューギニア島の東側を航行するポートモレスビー攻略部隊のはずだ。それを前提とすれば、やってくるのを待ち構えるという手もある。待ち構える場所としてはこのあたりだ。それをできる限り西側に吊り上げたい。そうすれば、ラバウルの爆撃機の行動範囲に入るからな。恐らく攻撃してくるのは5月5日から数えて、2日後か3日後になると思われる。偵察には電探装備の二式艦偵がかなり役に立つだろう。ラバウルの電探装備機も全力で捜索するように依頼する必要がある」
草鹿少将が地図上で最初に指さしたのは、ガダルカナル島の南方の海域だった。その指をニューギニア東端に向けて滑らした。
原少将は草鹿少将よりも先任であったが、実際の航空戦の指揮は自分が不慣れだと自覚があった。そのため、最初から作戦指導は草鹿少将に任せたようであった。
「その意見に賛成する。草鹿君のいう待ち受け作戦でやろう。もしも待ち受けている我々のところに敵がやってこなければ、輸送船団護衛の任務は成功したことになるからな。偵察は大事だ。大橋中佐、すぐにラバウルに偵察を強化するように依頼してくれ」
草鹿少将は、本土から飛来した九七式飛行艇に乗ってきた森大尉が渡してくれた軍令部からのメモを見て、5月20日をポートモレスビーへの攻略開始とする暗号電が何度か打電されたことを知っていた。実際の予定は5月10日であるから、それよりも後に敵の攻撃部隊を誘引するための偽電だ。しかし、現場に来て冷静に考えるとこれはいい作戦ではなかった。インド洋作戦時の英海軍のように、敵が偽電の日程よりも行動を早める要素がいくつか存在するのだ。例えば、ラバウルに集合した輸送船団を襲撃するのであれば、偽電の日程よりもかなり早く、湾の艦船を攻撃するために珊瑚海に侵入することになる。そうすると、結果的にポートモレスビーに向かって航行中の船団と鉢合わせすることになる。偽電については厳秘に属するため、五航戦司令部員にも話せないが、敵艦隊の攻撃時期が早まることを考慮する必要があるだろう。
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