7.3章 珊瑚海の戦い 日米艦隊登場

 スプルーアンスの艦隊は、5月6日になって、珊瑚海の東南側からラバウルからの攻撃隊を警戒しながら、東から回り込むルートでニューギニア島の東端に向かっていた。一方、五航戦はソロモン海を前日に南下して、デボイネ諸島付近の海域に達していた。作戦に従い、そこから東には進出していかない。むしろ米艦隊を誘い込むように、一日以上その海域周辺に留まっていた。


 一方、慎重なスプルーアンスは、珊瑚海に日本の空母が航行している可能性も考慮して、ニューギニアとは離れた位置から、珊瑚海の偵察を行うこととした。5月7日のまだ夜明け前の早い時間から、新鋭機のTBFアベンジャーに捜索用レーダーを搭載した機体を飛ばせた。この機体はいち早く新型のASBレーダーを搭載して、左翼下面に八木アンテナを追加していた。この装備により、アンテナ前方の扇型の範囲で、大型船であれば約30マイル(48km)の距離で探知が可能であった。偵察のために爆弾倉内には燃料タンクを増備している。一方、五航戦の翔鶴と瑞鶴からは、早朝になってトラックで新たに搭載した空六号電探装備の二式艦偵が発艦していった。こちらも長距離偵察のため、両翼下に増槽を付けて発艦してゆく。


 結果として、緻密なスプルーアンスの作戦がうまく当たった。日本軍よりも先手を打って、暗いうちに発艦させた偵察機の1機が空母からなる艦隊を発見したのだ。日本空母が2隻で大型との情報も追加でも打電される。


 プライド大佐が攻撃隊発進について質問した。

「敵空母は大型艦2隻。敵艦隊まではまだ310マイル(499km)です。若干遠いですが攻撃隊を直ちに発艦させますか? 全力での攻撃準備はできていますが、この2隻に全力攻撃をしますか? まだ他にも日本軍の空母がこの海域を航行している可能性も否定できません。何しろインド洋では、6隻の空母が作戦を実施しましたから」


 スプルーアンスはしばらく待つことにした。他の空母の存在が気になったのだ。

「発見した日本艦隊の他に空母が航行している可能性もある。偵察機の結果を確認したい。ニューギニア島での日本の作戦を考えれば、もう少し西側の島に近い海域に空母がいても不思議ではない」


 しばらくして、この考えは肯定された。西に進んだ別の偵察機が空母を発見したのだ。

「更に空母を発見。320マイル(515km)の地点。偵察機によるとやや小型の空母のようです」


 翔鶴、瑞鶴の艦隊から、20浬後方を航行していた隼鷹が発見された。


 スプルーアンスは自分の目論見が正しかったと安堵した。攻撃隊の発進を決断する。確認をしている間も米艦隊は西に進んでいたので、発見当初よりもわずかに距離が短くなっている。

「第一次攻撃隊は前面の2隻の大型空母に攻撃を集中する。中途半端な攻撃隊は、各個撃破されるだけだ。この2隻の空母が我々への攻撃の主役だろう。それを阻止するために目の前の空母を全力で攻撃する。攻撃隊を発艦させたら、艦隊は全速で敵艦隊の方向に向けて航行させる。艦載機の帰り道はできるだけ短くしよう」


 サラトガとワスプからの攻撃隊は、2艦合わせて、F6Fヘルキャットが20機、F4Uコルセアが28機、SBDドーントレスが40機、TBFアベンジャー30機となっていた。攻撃隊には、新たに配備された新型戦闘機のF6Fと新雷撃機であるTBFアベンジャーが含まれている。また、今までの日本軍との戦いの分析から、護衛の戦闘機を増加させていた。


 ……


 ほぼ同じころ、ラバウルから発進していた電探装備の一式陸攻が空母1隻と護衛の駆逐艦の発見を報告した。


 原少将は直ちに攻撃隊の発艦を命じた。

「南南東の敵に向けて、攻撃隊を発進させる」


 草鹿少将が異論を述べる。

「待ってください。この敵艦隊の編制は少なすぎる。空母は2隻の可能性が高いと思われます。しかも、戦艦や巡洋艦が護衛しているはずです。敵の艦隊全体の発見を待つべきだと思います。主隊の米機動部隊とは別行動をしている艦艇を発見した可能性があります」


 草鹿少将がトラックで森大尉から受け取った書類の中には、空技廠の鈴木大尉からの手紙が含まれていた。彼は、頭の中で手紙の内容を繰り返していた。珊瑚海で米機動部隊に給油するために、タンカーが機動部隊と別行動をしているはずだ。タンカーを空母と見誤るな。


 議論の途中で電探室の森大尉から連絡が入った。

「逆探に感あり。探知方位、南南東。敵の偵察機に見つかっています。上空直衛機の迎撃を求めます。直衛機の誘導はこちらでやります」


 草鹿少将が直ちに命令する。

「上空の戦闘機に命令。敵機ならば撃墜せよ。森君、頼んだぞ」


 すぐに森大尉から次の連絡が入る。

「南南東の目標は敵偵察機と確認。撃墜の報告は戦闘機隊からそちらに入ると思います。電探からも目標の消失を確認しました。今は電探応答装置を積んだ友軍機しか映っていません」


 原少将が早口で話しだす。

「敵に発見されたかもしれない。それならばなおさら、この敵艦隊を放置できないだろう。まずはこの敵艦を最初に攻撃してからで良いのではないか」


「偵察の一式陸攻から追加情報が入ってきません。やはり、この目標は米軍本体ではないと思われます」


 草鹿少将の反対にもかかわらず、原少将の意見も取り入れて、瑞鶴から発見した2隻への攻撃が可能な数の攻撃隊を発進させることになった。但し、草鹿少将の主張により、最初の攻撃隊は少数となった。多数の艦が発見されたならば、直ちに次の攻撃隊を発進させることとして準備させた。


 この攻撃隊は、零戦7機、彗星が6機、九七式艦攻が8機から構成された。五航戦はインド洋の戦い後に、烈風や彗星という新型機の補給を受けてはいたが、零戦と九七式艦攻が搭載機として残っていた。そのため攻撃隊も混成部隊となってしまった。


 翔鶴と隼鷹の攻撃隊はしばらく待機となった。

 発艦してから15分ほどして、二式艦偵から敵発見の報告がもたらされた。受電したメモをもって参謀長の大橋中佐がやってきた。

「空母2隻、戦艦1隻、巡洋艦複数を含む艦隊を発見。我々から東の方向270浬(500km)です。こちらの艦隊が敵の本体と思われます」


 原少将は第二の敵艦隊が現れて慌てていた。周りのみんなは言わんこっちゃないという顔をしている。


 草鹿少将にとっては想定通りだ。

「攻撃隊を呼び戻した方がいいのか?」

「いや、それは不可能です。攻撃隊は、既に飛行しています。先に見つけた艦隊も敵軍です。まず攻撃させて早く戻しましょう」


 翔鶴攻撃隊の高橋少佐が敵艦隊の状況を確認にやってきた。二式艦偵が打電してきた米機動部隊の位置と艦隊編制などの情報が伝達される。草鹿少将が待機していた攻撃隊の発進を命令した。


「高橋少佐、直ぐに2隻の敵空母に向けて発艦してくれ。今回は敵の航空機の方が多い。少数で苦しい戦いになるがよろしく頼む。戦艦がいるが第一目標は空母だ」


「ハッ、今回は烈風と彗星がありますので、うまく活用することを考えます」


 草鹿少将は続けて、他の部隊にも依頼を出す。

「大橋中佐、瑞鶴と翔鶴、隼鷹に命令、東方の米空母への攻撃隊を発進させよ。ポートモレスビー攻略部隊に敵空母発見と位置を連絡してくれ。できれば祥鳳からも攻撃隊を出してもらいたい。ラバウルにも攻撃隊要請をしてくれ。彼らの戦力もあてにしたい」


 五航戦からは、搭載していた、烈風、零戦、彗星、九七式艦攻が攻撃隊を編制した。隼鷹からは、艦戦として烈風、艦爆として彗星が攻撃隊に加わった。


 日本から搭載してきたジェット戦闘機の橘花改は、艦隊の防空に専念させることとなった。


 結果的に、烈風が18機、零戦10機、彗星42機、九七式艦攻18機という変則的な構成で発進することになった。攻撃隊長は嶋崎中佐だ。


 一方、敵空母発見の報告を受けたラバウルからは配備されたばかりの8機の銀河が艦載機よりも早く離陸していた。輸送船が運んできた新型爆弾を搭載している。

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