4.7章 英軍の攻撃

 日本海軍に1時間余り遅れて進撃を開始した英軍の攻撃隊は、日本機動部隊の先頭を航行していた三川中将の第三戦隊の2隻の戦艦部隊を水平線上に発見した。この時、第三戦隊は旗艦の比叡が先頭となって、後方に霧島が続いていた。その後ろに一航戦の赤城と加賀が続く。金剛と榛名は、後方の二航戦の飛龍と蒼龍に随伴していた。上空から見ても、背の高い戦艦は視認が容易な目標だった。


 一方、戦艦部隊も飛行してくる英軍の編隊を電探により発見していた。最も新型の電探である二号一型改二を装備した比叡が英軍編隊を探知して、一航艦の山口司令に通知してきた。海軍の戦艦の中では、実質的に大和型戦艦に対する各種装備の実験艦として近代化改修が行われてきた比叡は、電探についても性能が改善された最新型の二号一型改二が早くも搭載されていた。山口長官が直ちに対空戦闘の指示を発した。


「西北方向から接近する敵機の編隊を探知した。間違いなく英空母からの攻撃隊だろう。上空の戦闘機隊は敵機の迎撃を行え。今までの訓練の通り2段に分かれて防衛せよ。各艦には対空戦闘準備を命令せよ。但し、上空で我が戦闘機隊が迎撃するので高射砲と機関砲の発砲は指示があるまで待て」


 直ちに上空の零戦隊の一隊が探知した敵編隊の方向に向けて飛行してゆく。なお五航戦と二航戦からは予備機として待機していた零戦が、それぞれの空母から蒸気カタパルトで発艦してゆく。あっという間にそれぞれの空母から3機が離艦して、18機の戦闘機隊が防空隊の応援として敵編隊に向かってゆく。この時、28機の零戦が既に艦隊上空を飛行していたので、総計46機が艦隊の防衛戦に参加したことになる。


「それにしてもカタパルトは、便利なものだな。戦闘機くらいならばいちいち風上に船を向けなくてもあっという間に発艦できからな」


 状況表示盤に次々と敵機を示す駒が張り付けられてゆくのを見ながら、草鹿少将が発言する。

「比叡の電探報告によると、敵編隊は2群に分かれているようです。英軍の空母はイラストリアス級の正規空母が2隻に小型空母が1隻と推定されますから、搭載機は全部で150機を超えないはずです。攻撃隊に割り振れるのは、最大130機以下でしょう。すると1編隊当たりの機数は50から60程度となります。予備の99式艦爆を準備させていますので防空戦に参加させてはどうでしょうか。複葉の艦攻に対しては有効な兵力になります」


「うむ。何機でも構わん。準備ができていて、直ちに発艦できる艦爆のみ離艦させよ。くれぐれも戦闘機からは逃げて、攻撃機のみを相手にすることを徹底してくれ」


 山口長官の決断により、各艦から翼下に噴進弾ポッドを装備した99式艦爆が発艦してゆく。上空で集合すると15機程度の編隊になった。しかし、この時の草鹿少将の想定は過大だった。実際には英軍の空母の搭載機は日本の空母に比べて20機以上少なかった。しかも実際の英軍編隊は3群になって飛行していた。


 英軍編隊が三川艦隊に接近してゆくと、12機の零戦の迎撃を受けた。フルマー戦闘機が零戦に対抗するために上昇するが、零戦の方がはるかに上昇性能が優れているので、あっという間に優位な上空に位置してしまう。向かい合わせで飛行してきた6機の零戦はフルマーの上空まで上昇するとクルリとロールして背面になってから、操縦桿をいっぱいに引き付けて機首を真下に下げて、90度に近い急降下をしてくる。急降下により加速してから、フルマーの後方に降りてきたところで、機首を引き上げる。スプリットSに近い機動だ。急降下時の加速の効果もあって零戦が優速だ。110ノット(200km/h)近い速度差で背後から接近すると、フルマーは回避のために左右に分かれて旋回していった。


 フルマーは左旋回で2機、逆方向の右旋回で2機が回避しようとする。しかし、旋回性能に優れる零戦は簡単に旋回に追随してゆく。左右に機体を振って零戦から逃げようとするが、零戦からは全く逃れられない。距離をつめて、一連射すると右翼に命中した13.2mm弾が炸裂して破片が飛び散る。そのまま、右翼が上方に折れ曲がると火を噴きながら墜落していった。一撃の後に、そのまま全速で更に前方を飛行する機体に接近して同じように一連射する。胴体の前部に命中すると機首で激しい爆発が起こる。爆発により、もげそうになったエンジンが停止して機首を落として落下してゆく。左に旋回したフルマーも右に旋回したフルマーと同様に全く歯が立たずに、背後に迫った零戦にあっという間に撃墜されてしまう。旋回をせずに急降下で逃げたフルマーは、更に寿命が短かった。背後に急降下してきた零戦のうちの2機がそのまま旋回せず、斜め上方からほとんど無修正で射撃した。1機は命中した左翼から激しく炎を噴き出して落ちてゆく。もう1機は操縦席当たりに命中して風防が吹き飛んでしまって、錐もみになって落ちてゆく。


 英軍の第一次攻撃隊を迎撃した20機の零戦は、先行した6機の2個小隊がフルマーと戦っている間に残りの機体は編隊の北側をぐるりと回りこんで、複葉のアルバコア編隊の後方へと出た。中隊長が無線で指示を行う。

「噴進弾攻撃、乙法」


 乙法は、あらかじめ研究しておいた噴進弾攻撃法で、広がった敵編隊を複数機で攻撃する場合に零戦も相手編隊全体の幅に合わせて水平方向に広がって、後方から一斉に噴進弾を発射する攻撃法だった。なお甲法は単機で順番に敵機を狙って発射する方法だ。


 噴進弾を装備した6機の零戦がアルバコア編隊の後方に横方向に展開して接近してゆく。隊長機が噴進弾を発射すると他の機体もそれを見て一斉に噴進弾を射撃した。130発を超える噴進弾が緩く山なりになって、白い煙を吐いて艦攻の編隊に向かってゆく。アルバコア編隊を白い煙が包むように伸びてゆくと、編隊のところどころで爆発が起こる。着発信管の噴進弾が機体に命中して爆発しているのだ。続いて編隊の左寄りの場所で突然大爆発が起こり、一瞬オレンジ色の火炎が球形に広がって消える。噴進弾の爆発により、艦攻に搭載していた魚雷が誘爆したのだ。球形の火球の近傍を飛行していた機体は爆風を受けて、主翼や尾翼の表面に裂け目ができて、飛行不能となった機体が墜落してゆく。噴進弾の爆発煙が消えた時には飛行していたアルバコアは10機に減少していた。


 後方から零戦が残った機体に接近してくると、後席の銃座から7.7mm機銃で反撃してくる。零戦が機体を滑らせてそれをかわしながら近づいて一連射すると火炎が噴き出す。一連射した零戦はカエルの三段跳びのように前を飛行するアルバコアに近づいて一連射すると更にその前の機体に接近して再び射撃する。さながら居合抜きで切られたように、13.2mm弾を浴びた3機のアルバコアが零戦の飛び抜けた後でぐらりと傾いて墜落していった。


 英軍機の第一群が壊滅しつつあるころ、やや南方から東北に向けて回り込んで飛行してくる第二群に対して、第二の防衛線として待機していた零戦隊が接近していた。防空指揮官からの誘導で12機の零戦が上空から降下攻撃を仕掛ける。瑞鶴戦闘機隊の佐藤大尉は遠距離からの噴進弾攻撃の効果を確認しようと考えていた。そのため敵編隊よりも高度をとって北側から英軍編隊の後方に回り込むと、緩降下姿勢になって、若干遠い距離で噴進弾を発射した。この時点で、英軍の護衛の戦闘機と艦攻はまだ一緒に飛行していた。編隊の後上方から250発以上の噴進弾が襲い掛かった。日本機の攻撃にいち早く気が付いた護衛のマートレットは急旋回して避けようとする。しかし、21機の魚雷を搭載したアルバコアは回避が全く間に合わない。噴進弾攻撃により、英軍編隊内の4カ所で爆発が発生する。噴進弾により、4機のアルバコアが撃墜されたが、12機の零戦による一斉攻撃としては、期待した戦果に達していない。


 佐藤大尉は操縦席で独り言を言った。

「うむ。噴進弾の射程内でももっと近づかないとダメなのか。結構、軌道が山なりになるのだな」


 零戦隊は、そのまま降下姿勢で空になった噴進弾ポットを投下すると、左右に分かれて旋回していったマートレットを追撃していった。急降下で加速した零戦はマートレットよりも80ノット(148km/h)以上優速なので、あっという間に距離をつめた。2機の零戦に後ろをとられたマートレットは、もはやどんな機動をしても、どちらかの零戦の射線に捕まって振り切れない。機銃弾を背後から浴びると錐もみになって落ちてゆく。12機の零戦との旋回戦となった9機の護衛のマートレットは、次々と落とされてゆく。


 一方、4機撃墜されたアルバコアの編隊は残った17機が編隊を組みなおして、日本艦隊に向けて飛行していた。その時、迎撃のために上がっていた15機の99式艦爆が編隊のほぼ真上から急降下攻撃を仕掛けた。主翼下のエアーブレーキで、速度を調整しながら一斉に噴進弾攻撃をする。300発以上の噴進弾が艦攻編隊に真上から突入する。真下への射撃なので、重力の影響による補正は必要ない。アルバコアの編隊内で10カ所近くの爆発が発生する。99式艦爆はそのまま機銃を連射しながら編隊を突っ切った。艦爆隊が下方に抜けた後には、8機のアルバコアが残っていたが、それも長くは飛んでいられなかった。マートレットを撃墜した零戦が戻ってきて、後方から射撃を開始したのだ。


 比叡艦橋の防空指揮所からは、艦の前方で激しい空戦が発生しているのがよく見えた。白いいくつもの輪が、旋回をしている戦闘機の航跡を示している。それよりも太い白煙と、灰色の大きな球形の爆炎は噴進弾攻撃を示しているようだ。幾筋もの真っ黒な煙がまっすぐ下にも伸びてゆく。撃墜された機体だ。時間が経過するとともに落ちてゆく煙の数が増えてゆく。


 三川司令は横に立っていた西田艦長に話しかける。

「どうやら、我々の出番は当分ないようだな。今回の戦いも空の戦いだけで勝負が決まっていくようだぞ」


 双眼鏡で上空を見ていた西田大佐が答えた。

「我々が圧勝ですよ。落ちてゆくのは全部英軍機ですよ。しかし、いまだに複葉機が使われているのですね。低速の英軍編隊はほとんど全滅です」


 そこに通信参謀がやってきて三川中将にメモを渡す。

「電探が西南方向から接近する敵機をとらえた。どうやら、英軍の第三の編隊が接近してくるようだ。迎撃が必要だ。至急、山口司令に連絡してくれ」


 英軍攻撃隊の第三群として飛行していたのは、ハーミーズが搭載していたソードフィッシュの12機編隊だった。もともと第2群として飛行していたのだが、この旧式の艦攻は巡航速度が100ノット(185km/h)以下のために先行する編隊とどんどん距離が開いてしまったのだ。


 遅れてくる編隊の連絡を受けて1航戦の指令部ではちょっとした混乱が生じていた。

「上空に残っていた3機の零戦を迎撃に向かわせます。これで我が艦隊の直上には戦闘機がいなくなりますがよろしいですね?」


 山口長官は、状況表示盤に新たに追加された敵編隊を示す駒をじっと見つめていた。

「構わん。付近にいる戦闘機にも連絡しろ。今回の戦い方の反省は後回しだ。第1群を攻撃した零戦も南下させよ」


 ソードフィッシュの編隊に3機の零戦が接近した時点で、先行する戦艦部隊が眼下に見えていた。後方から零戦が接近して射撃するが布製の主翼に機銃弾が命中しても全てプスプスと貫通してしまう。しかも、速度差が大きすぎて一撃しただけで、追い抜いてしまう。旋回して後方に戻ってきた零戦は、今度はフラップを下げて速度を落としてから射撃を開始すると、エンジンに命中した機銃弾が炸裂して、ソードフィッシュが墜落してゆく。応援の零戦隊も駆けつけるが、時間をかけても5機のソードフィッシュがまだ飛行していた。


 すると、ソードフィッシュはどんどん降下を始める。ドイツ海軍と戦ってきた英軍のパイロットにとって、眼下に見えた2隻の戦艦部隊は重要な目標だった。日本海軍のように空母が第一目標とは教えられていない。


 降下の途中で零戦に更に1機が撃墜されるが4機の複葉機が雷撃コースへと向かっていった。狙った先には比叡と霧島が縦列になって航行していた。


 三川中将が対空戦闘開始を命令する。

「同士討ちは避けたい。通信参謀、上空の友軍機に避難するように無線連絡しろ。霧島にも対空戦闘開始を連絡してくれ。友軍機の退避が終わり次第、敵艦攻を攻撃せよ」


 通信士官が味方機に退避を指示していた。

 防空指揮所に上がって、しばらく上空の様子を見ていた西田艦長が伝声管に叫んだ。

「高射砲と40mm機関砲、撃ち方はじめ。照準でき次第、撃ってかまわん。砲術士官、照準に新式の二号四型を使ってみてくれ。まずは電探管制射撃で狙う」


 この時、ソードフィッシュは西に向けて航行する戦艦の南側から接近していた。しばらくして、4機編隊で飛行するソードフィッシュに向けて、比叡の左舷側2基の12.7センチ連装高射砲が射撃を開始した。ソードフィッシュは全速で飛行するがそれでも120ノット(222km/h)をわずかに超えた程度の速度しか出ない。


 比叡の電探室では、二号四型電探が発信したマイクロ波の反射を2次元的に方位と距離で表した映像が電光管に表示された。同時にアンテナが指向した目標の距離と高度と方位情報の値をメータの指針が示している。射撃照準手は電光表示管とメータの指示値に注目していて、電探が目標機をとらえたと判断した時点でボタンを押し込んだ。これにより、メータの指針が94式高射装置に入力されて、入力値に基づく94式高射装置からの計算結果が出力される。


 出力は、セルシンモータの指針として各高射砲に伝達された。高射砲手は指針が一致するように砲を旋回させて砲の仰角を決めた。同時に電探情報に基づいて、高射装置が算定した時間情報が高射砲に伝達されていた。この時間情報が砲弾の時限信管に設定される。12.7cm高射砲が射撃を開始すると、5斉射してから、ソードフィッシュの近くに高射砲弾が炸裂するようになった。しばらく撃ち続けると1機が至近弾を受けて火を噴きながら海面へ落ちてゆく。続いて、隣の機にも高射砲弾が至近弾となって爆発した。尾部が吹き飛んで墜落してゆく。


 少し遅れて新たに装備された連装40mm機関砲も3基が射撃を開始した。この機関砲も高射装置からの計算値により方位と仰角を決めている。6門の40mm機関砲は合計で毎秒10発を超える弾丸を打ち出した。たちまち、1機のソードフィッシュに40mm機関砲弾が命中して空中でバラバラになる。残った最後の1機は遠距離から魚雷を投下した。


 雷撃の様子を見ていた西田艦長が回避を命令する。

「左舷からの魚雷を回避する。取り舵、いっぱい」


 三川司令が落ち着いた口調で話し始める。

「ちょっと遠すぎるな、あれでは命中せんよ」


 比叡と霧島は何事もなかったように左側に艦首を向けると右舷側の海中を魚雷が通過してゆく。しかし、想定よりも低速で航走した英軍の魚雷は運悪く比叡の北東側を航行していた霰の艦の前半部に命中した。駆逐艦が耐えられないほどの大きな破孔ができる。直ちに船体が傾き始めた。


 三川司令が命令を出した。

「第一水雷戦隊の司令は阿武隈に座乗していたのだったな。大森少将に連絡してくれ。直ちに救助を開始せよ」


 雷撃を終えたソードフィッシュは全速で環礁の方向に向かっていたが、遠方からでも魚雷の爆発により上がった水柱は見逃さなかった。自分が狙った戦艦に命中したと誤認してしまう。さっそく無線で敵戦艦に魚雷を命中させたと報告した。

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