4.8章 アッズ環礁

 第二次攻撃隊が英軍に向けて進撃しているころ、一航艦の司令部に偵察機による報告がもたらされた。五航戦の零式艦偵をアッズ環礁の偵察に向かわせていたのだ。


 草鹿少将は電文を読んでから顔を上げた。

「アッズ環礁の北側の航路から戦艦が出港しているのを発見しました。戦艦はリヴェンジ級を含む5隻とのことです。湾内で攻撃されることを避けるために、出港してきています。我々が戦っている空母と高速戦艦にこの5隻の戦艦を合わせると、恐らくインド洋の英国主要艦艇の全てになると思われます」


 説明が終わらないうちに、通信参謀が、続いて受信した電文のメモを山口中将に渡した。

「第二次攻撃隊の嶋崎中佐からの報告だ。空母2隻、戦艦2隻、小型空母1、巡洋艦3撃沈確実。どうやら、目の前の艦隊は全滅したようだ。次は戦艦部隊を攻撃する。航海参謀、敵艦隊までの距離を詰めてくれ。航空参謀、攻撃隊が帰艦次第、補給をして敵戦艦への攻撃隊を発進させてくれ。攻撃隊はある程度被害を受けているだろうが、インド洋の敵主力艦は全て殲滅する。ここは正念場だ」


 アッズ環礁の攻撃目標について議論をしている間に、空母部隊の前方を航行していた比叡が電探で敵編隊を探知したとの報告が入る。さっそく赤城艦橋の状況表示盤に示された日本機動部隊の西方と西南海上に敵機を示す駒が張り付けられる。


 日本の機動部隊に向かって飛来した英軍攻撃隊は、一航艦の前方を航行していた第三戦隊の上空に達したところで全て撃墜されてしまった。空母からは、遠くに空戦の様子が見えたに過ぎない。英軍機に対する防空戦闘が一段落してから、しばらく経過して、英軍の機動部隊を攻撃した第一次攻撃隊が帰投してきた。既に敵航空機を撃墜して空母も沈没させたことがはっきりしているので、収容を早めて、1機でも多く帰投させるために帰投方位装置の電波を発信して誘導した。


 第三次攻撃隊の準備をしている間に、零式艦偵から追加の偵察情報が入ってくる。草鹿少将にメモが渡される。

「敵の戦艦群は、一部が既にアッズ環礁を出て、縦列になって20ノット程度の速度で西側に進んでいます。彼らは、空母3隻と高速戦艦2隻が沈められたのは知っていますから、我々と戦うことなく、西方のアフリカ方面に退避することを決断したのだと思われます。たぶん、マダガスカルあたりまで後退するつもりでしょう」


 山口長官はしばらく思案していた。

「彼らはどんな作戦を考えているのだろうか。英海軍の戦艦の速度は最大でも20ノットを少し超える程度だ。空母機動部隊の速度は30ノットを超えるのだから、我々に発見されれば逃げ切れないのはわかるはずだ」


 そこに、別の偵察機からの報告が入ってくる。草鹿参謀長はしばらく報告のメモに目を落としていた。


「どうやら山口長官の疑問の答えになるかもしれません。アッズ環礁の偵察の結果です。環礁の南側には英軍の飛行場が建設済みですが、飛行場に十数機の双発爆撃機が待機しています。環礁内に大型飛行艇が2機、小型の輸送船が数隻環礁内に停泊中とのことです。この双発爆撃機を使って我々を攻撃させるつもりでしょう。我々がアッズ環礁に向けて航行したために、爆撃機の行動範囲に入ってきています。空からの攻撃を挑んで、我々を足止めさせるつもりです。防空戦闘をしている間は一直線に英軍の艦隊を追って行くわけにはいきませんからね。まあ、この程度の機体で我々を足止めすることはできないので、甘い考えだとは思います。夜になったら戦艦部隊が戻ってきて夜戦を仕掛けることを考えているのかもしれません」


 源田飛行参謀が意見を述べる。

「日が暮れる前に出撃して帰ってきた攻撃隊を収容してから、準備するまでの時間を考えると、今から1度か2度の攻撃隊を発進させるのが精いっぱいです。その後に攻撃隊を出しても帰投は暗くなってからになります。敵の基地から双発機が攻撃してくるとなると、敵の攻撃隊を遠方で全て撃退しない限り、発艦が邪魔されますから、第三次攻撃隊の進撃開始さえも遅れてしまいます。一方、敵には逃げる以外の手段がありません。可能性は小さくても、夜の闇を利用して。逃げ切ることにかけているのではないでしょうか」


 山口長官が決断する。

「敵艦隊を攻撃するためには、できるだけ早く攻撃隊を発艦させる必要があるな。少なくともアッズ環礁からの敵機が飛来する前に発艦を終わらせねばならん。一航戦、二航戦、五航戦は準備でき次第、第三次攻撃隊の発艦をさせよ。離艦した順番で編隊を組んで出発できれば、大編隊でなくても構わん。時間を優先して攻撃隊を発艦させろ。偵察機には各戦隊がバラバラでも戦艦部隊に到達できるように、敵の最新位置と方位をもっと正確に報告させろ。それとアッズ環礁の爆撃機の動きももっと詳しい情報が欲しい」


 ……


 東洋艦隊のB部隊の指揮官であるサマヴィル中将は、サンダーランド飛行艇からの日本空母部隊発見の報告を受けると、戦艦部隊の出港を急がせていた。

 サマヴィル中将は、副官のウィリス少将と周りの参謀にすぐに命令した。

「諸君、日本空母部隊が接近している。敵は真珠湾を攻撃した空母部隊と想定される。環礁の中では、爆撃の回避も自由にできない。この環礁を真珠湾にするわけにはいかない。直ちに我々は環礁の外に出る」


 ウィリス少将が直ちに答える。

「もともと、今日の出港を計画していたので、既に各艦共に補給は済んでいて出港の準備をしています。準備を急がせます。恐らく2時間以内に全ての艦が環礁の外に出られるでしょう」


「うむ。2時間を30分でもいいから短縮するように指示してくれたまえ。準備が遅れた艦は置いてゆく」


 やがて、A部隊が攻撃を受けていることを示す電文が受信され始める。通信士官がサマヴィル中将にメモを持ってくる。

「空母と戦艦に対して攻撃が開始されたようだ。敵機が空を埋めていると平文で打っているぞ」


 しばらくして、通信参謀がもう1通のメモをサマヴィル中将に渡す。

「ハーミーズのオンスロー艦長からの報告だ。既にA部隊のプリンス・オブ・ウェルズも空母も絶望的とのことだ。日本軍の攻撃はまだ続いており、恐らくこれからもA部隊は大きな被害を受けるだろうとも書かれている。どうやら我々には、退避する以外に選択の余地はなさそうだ」


 ウィリス少将がうなずいた。

「我々の艦隊の退避を急がせます。東洋艦隊司令官に代わって、アッズ基地の爆撃隊に攻撃準備を伝達します。爆撃の準備を急がせます」


 ウォースパイトが動き出して環礁の外に出た時、複葉の推進式エンジンの水上機が飛んできた。英海軍の戦艦や巡洋艦が搭載しているウォーラス飛行艇だ。ウォースパイトの上空を一度旋回してB部隊の旗艦であることを確認すると、低空に降りてきて通信筒を戦艦の前部甲板に落としていった。


 すぐに通信士官がサマヴィル中将に通信筒を持ってくる。2枚のメモが入っていた。1枚目を読んでいたサマヴィル中将の表情が家族の不幸を伝えられた時のように歪んでゆく。

「軽巡エメラルドが搭載していた水上機だ。A部隊の戦闘の様子が記載されている。このメモが書かれた時点で3隻の空母と2隻の戦艦は撃沈された。重巡も激しく攻撃されて、1隻は沈んで、残る1隻も長くはないようだ。数百機の艦載機は2波に分かれて攻撃してきたとある。日本軍機の攻撃の様子は2枚目に詳しく書かれているとのことだ。彼らの攻撃方法は重要情報だから、本国にも伝える必要がある」


 ウィリス少将がうなずいた。

「この通信文は、直ちに本国にも通知します。それと我々の行動ですが、A部隊がほぼ壊滅したのが確定的になりました。航空機を持たない我々は、これ以上この海域にとどまっても敵爆撃機の目標になるだけです。我々に向けた敵の攻撃隊は既に発進しているかもしれません。全速での退避と対空戦闘のための戦闘体制への移行を進言します」


「それにしても、まったく残念な結果だ。もう少し長く戦いが続くと思っていたが、2波の攻撃で艦隊壊滅するとは想定外だった。敵に与えた戦果は不明だが、これからは敵の大部分の機体が残っている前提で行動する。この状況になってしまった限り、できる限り速やかに日本艦隊から離れて、損害を回避するだけだ。多少強引でも構わん。とにかく環礁からの脱出を急がせてくれ」


 ウィリス少将が意見を述べた。

「今から空母を発艦して攻撃隊を我々に向けるとすると、1度は攻撃ができても、それ以降は日が暮れます。夜間攻撃は空母機にとって不可能ではありませんが、爆弾や魚雷の命中率は低下します。とにかく1度の空襲を避けられれば、チャンスがあります」


 サマヴィル中将たちが相談している間に、アッズ環礁の基地で攻撃準備をしていたブリストル・ブレニム14機は日本艦隊の攻撃に向かった。この機体は元々セイロン島に配備される予定の機体をアッズ環礁に運んできたものだ。


 ……


 ほぼ同時刻、環礁の基地から爆撃機が飛来することが想定されるので、一航艦では敵機を迎撃する体制を整えようとしていた。英軍の攻撃を受けた経験から、三川中将から意見具申が行われた。


 草鹿少将が電文を見ながら発言する。

「山口長官、三川中将からの意見具申です。第三戦隊を空母部隊から前面に突出させて、戦艦の電探を活用して敵機の飛来を早期に探知して、撃退したいと言ってきています。上空に護衛の戦闘機をつけてくれれば、比叡から防空戦闘機の指揮も行いたいとのことです。英軍は戦艦を見つければ、最初に戦艦を攻撃する可能性があります。敵機の攻撃をまずは戦艦が受け止めるという思惑もあるのでしょう」


「わかった。三川さんの意見を受け入れよう。比叡を中心にして、前方に戦艦4隻による防衛線を構築する。源田参謀、前線に派遣する防空戦闘機隊を選んでくれ。戦艦の上空に烈風を飛ばしてやれ」

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