1.12章 アメリカ海軍航空局
アメリカ海軍航空局長のタワーズ少将は、先程届いたばかりの報告書を一読すると思わずため息をついた。独り言が漏れてしまう。
「そうか、エンタープライズが沈められたのか。真珠湾の石油タンクもやられて、湾内の被害も想像以上だ。私の予知が外れたということか」
すこしの間、自分がやるべきことを考え込んでいたが、まず確認しなければならないことを思いあたった。すぐに副官のウィルキンソン中佐に電話を入れる。
「タワーズだ。どうやら、太平洋の真ん中にある我が国の領土が大変なことになっている。早速だが、オアフ島に送り込んだF4Uコルセアの試験機について状況を確認してほしい。戦いに巻き込まれて被害を受けていなければよいのだが」
早口の返事が返ってくる。
「F4Uについては、少将の命令により空母での運用試験を急ぐために、エンタープライズに派遣しました。その後どうなったか、私も心配しておりました。幸い、太平洋艦隊司令部はかなり混乱しているようですが、今日は連絡が可能なようです。早速、連絡してみます。少しばかり時間がかかると思いますが、お待ち下さい」
オアフ島への日本軍の攻撃を予見して、空母に避難させるつもりで移動を命令したのだが、かえって裏目に出たらしい。それにしても、真珠湾では自分の夢の予知とは異なる結果になっている。日本軍との戦いでは、予知を外すような何か重大な力が働いている。
タワーズ少将が奇妙な夢を見るようになったのは、およそ2年前からだ。寝る前に気にかけていることがあると、夢の中に登場する人物がそのことについて語ってくれるようになった。断片的に語られたその男自身の生涯に関する言葉をつなぎ合わせると、信じられないことだが、タワーズの孫だとわかった。しかもその人物は、どうやら未来の世界で一度人生を終えているらしい。もちろん最初は、単なる夢の中の物語と片付けていた。それが、この夢で語られることが正しいと思い始めたのは、タワーズ自身が、気にかけていた当時のヨーロッパ情勢について的確に言い当てたからだ。ドイツのポーランド侵攻、次にフランスへの侵攻など、夢で言われたことがそっくり現実となった。中国大陸における日本の活動など、夢で言い当てられることはどんどん増えていった。
夢の中で語られることを聞いているうちに、その男が話せることにも限界があることもわかった。語ってくれるのは、その人物が生前に知識として、知っていた事柄だけだ。未来に生きていたその男の目や耳に入らなかった出来事はたくさんある。それについては、タワーズが答えを聞き出そうと努力しても何も得られなかった。
タワーズはこの予知を自分の仕事にも活かすことをすぐに思いついた。幸いにも夢の中の男は、大将にまで昇格した祖父の影響でアメリカ海軍の本をいくつも読んでいて、彼にとっては過去のアメリカ海軍に関する知識もかなり記憶していた。睡眠前に自分が課題だと思うことを、メモに書いて読み返してみる。それに関して夢の中で、語られたことを起きがけに再びメモしておく。その知識を仕事に反映させるというわけだ。もちろん、そんなことは知らないという返事をされることも多々あった。しかし、部分的ではあってもこれから起こることを聞き出して役立てることの方が遥かに重要だ。
F4Uについても夢の中で知らされたことを整理した。F4Uの開発初期に発生した問題やその解決法(もちろん細かなことまではわからない)について文書にして、航空局長名で書簡をヴォート社に送った。その結果、いくつかの大きな問題が早期に片付いて、この時期に空母の試験ができるまでに開発が進展している。
タワーズ少将は、グラマンが設計中の新型戦闘機にも書簡を送っていた。XF6Fという名前の戦闘機は、ライト社のR-2600エンジンを搭載する前提で設計が進められていた。ライトR-2600は、1700馬力の14気筒エンジンで、日本で言えば火星に相当する。それを、最初から高性能化のためにF4Uと同じP&W社のR-2800を搭載してほしいと要求したのだ。後にF6Fヘルキャットと呼ばれるこの機体は、一号機ではR-2600により初飛行をして、性能が不十分ということで、結局R-2800に設計変更で載せ替えることになる。そんな回り道は避けて、最初から成功するエンジンを使って、全力で開発しろと命令したわけだ。この機体は絶対に成功するから、今までのF4F以上の数を海軍は調達するには確実だというメッセージまでつけてやった。これでF6Fが実戦配備される時期が、数カ月は早まるだろう。
真珠湾攻撃についても、夢の中で予知されていた。キンメルの司令部や、いくつかの海軍基地に対して、日本軍から奇襲攻撃を受ける可能性についてメッセージを送っておいたが、ほとんど無視された。例外だったのは、半信半疑だったけれどカネオヘの基地からPBY哨戒機が事前に発進したこと、それにハルゼー中将が艦載の爆撃機をオアフ島に早く戻すことを踏みとどまったことくらいだ。しかし、それも日本軍の攻撃の前には何の役にも立たなかった。
そんなことを考えていると、副官から電話が入った。
「F4Uの件ですが、無事にオアフ島に着陸していました。バーバーズポイントの海軍基地になんとか着陸していました」
「不幸中の幸いだ。了解した」
「それと、もう一つ報告があります。ミッドウェー島の北東の海上で空母対空母の戦いが生起しました。その戦いで我が軍のレキシントンが沈没したようです。一報を受けただけで、詳細についてはまだ不明です」
「それは……わかった」
ため息をつきながら受話器を置いた後、この出来事の理由を考え始めた。
予知によれば、日本艦隊は真珠湾を攻撃した後、そのまま日本本土に帰還したとのことだった。エンタープライズやレキシントンが沈められることはなかったはずだ。だから、オアフ島への空襲で破壊されるのを懸念してF4Uをエンタープライズに移動させたのだ。日本軍の行動は、彼の夢に登場する人物が知っている歴史上の事件とは違ってきている。
一つ引っかかることがあったのを思い出した。F4Uの開発時に発生している問題に対して、レターを出してヴォート社から感謝を伝えられた。タワーズのレターを参考にしたヴォート社は、F4Uの開発を加速させて、改良した試作機を飛ばすまでになった。その後で、F4Uのこれからの開発がどのようになるかを考えて眠ったのだが、夢の中では、F4Uが最初に配備されるのは1943年2月のガダルカナル島だという答えだったのだ。これでは以前聞いたことから、答えが変わっていないことになる。現状の試験状況からは、配備時期はかなり前倒しされるはずだ。つまり、予知による行動で出来事が変わってしまっても夢の中の男は変わった後のことは感知できないということだ。
そこまで考えてひらめいた。日本人の中にも自分と同じように、これから起こることに対する情報を得ている人物がいるのだ。その人物が真珠湾攻撃を日本軍の戦果が拡大するように導いたのだ。同時にこれからは、自分の予知も限られた範囲でしか当たらないことに気がついた。既に沈められるはずのない空母が沈められて、この世界の戦いの状況は変わってしまった。これから日本との間の戦いがどのように進展するかは、夢の中の人物でも知らないことになる。
自分が気づいたことの大きさに、彼は今まで以上に大きなため息をついた。始まったばかりの太平洋の戦いは、夢では1945年8月にアメリカが勝利することにより終わると告げられていた。しかし、もはや戦いがどのように展開するのかわからない。日本にこれから起こることを知っている人物が存在して、エンタープライズとレキシントンを沈めたとすると、これからも日本が有利に戦いを進める可能性がある。すなわちそれは、アメリカが勝利しない未来につながっているかもしれないのだ。彼は自分が導き出した結論に暗澹とした気分になった。
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