1.3章 真珠湾攻撃

 急降下爆撃隊がオアフ島の航空基地に接近している間に、雷撃隊と水平爆撃隊はオアフ島の南に位置する真珠湾に向けて飛行していた。真珠湾とその中央にある長方形のフォード島が左側に見えてくる。真珠湾の東岸にある工廠や工場を見下ろせるところまで飛行してくると、まず雷撃隊が、湾内の大型艦を目標にして低空に降下してゆく。東南の方向からフォード島に向かって侵入した九七式艦攻は、フォード島の東岸に停泊している戦艦群を雷撃目標とした。南東側に「カリフォルニア」が停泊し、東側には2列にきれいに「オクラホマ」「メリーランド」「ウェストバージニア」「テネシー」「アリゾナ」が並び、北東側に「ネバダ」が停泊していた。


 艦攻隊は、フォード島の南東側から雷撃を行うことになった。戦艦の列の中央部で、しかも列の外側に停泊していたウェストバージニアとオクラホマが狙われて、多数の魚雷が集中することとなった。ウェストバージニアには左舷から6本の魚雷が命中した。そのうち1本は不発であったが、舷側の装甲板よりも下部に命中した4本は、戦艦の左舷側に広範囲の浸水を起こした。1本は舵付近に命中して、水雷防御の薄い艦尾に破孔を開けて、舵機室の周りが浸水した。ウェストバージニアは左舷に生じた大きな破孔から急速に浸水が始まると、為す術もなく沈みだした。左舷の浸水が広がったため、大きく傾斜しながら沈んでゆくことになった。ウェストバージニアはほぼ横倒しになって、右舷側の舷側が海面に出た状態で着底した。


 加賀の雷撃隊が狙ったオクラホマは、空襲警報により一部の対空要員が戦闘配置につくことができたため、九七艦攻の雷撃に対して対空射撃を開始することができた。周りの艦艇からも奇襲の衝撃から立ち直って、対空射撃が始まる。雷撃隊は、オクラホマの左舷にまず3本の魚雷を命中させることができたが、3機が対空砲の犠牲になった。すぐに浸水により傾斜が始まる。浸水が拡大している最中に、更に喫水が深くなった左の舷側に2本が命中した。被雷により、対空砲火も弱くなる。オクラホマは最終的には8本の魚雷を被弾した。多数の魚雷が短時間に連続して命中したために艦の傾斜があっという間に拡大した。最終的に左舷側に90度以上の角度で横転して、舷側が着底した。右舷寄りの船底が海面上に露出して、マストは海底に突き刺さった。


 戦艦列の最も北側に投錨していたネバダには2本の魚雷が命中して浸水が発生した。しかし、ネバダは、それ以上の雷撃から逃れていたため、機関を始動することに成功した。


 少し離れて南西側に停泊していたカリフォルニアには左舷に2発の魚雷が命中した。不運にもこの艦では、当日は船体内部の検査を予定していたため、艦内のほとんどの防水扉が解放されていた。攻撃が始まってから、乗組員は扉を懸命に閉鎖していったが、作業の途中で魚雷の爆発による浸水が始まった。このため、破孔からの浸水を全く止めることができずに急速に船体内への浸水が拡大した。カリフォルニアは左舷側に傾いてゆっくりと沈下して着底した。


 フォード島の北西方向から侵入した雷撃機は、ユタに向けて6本の魚雷を発射した。ユタにはそのうちの4本が命中した。ユタは左舷に傾き始め横倒しになって沈没した。本来ユタは攻撃隊の目標ではなかった。しかし、戦艦から標的艦へと改造されたユタは、外見と艦の大きさから戦艦と誤認されて攻撃されたのだ。ユタを外れた2本の魚雷は、ユタに並んで北東側に停泊していた軽巡洋艦ローリーに向かった。ローリーの中央部左舷側に魚雷が命中し、浸水により左舷側に横転した。


 フォード島の南東側対岸には軽巡ヘレナが接岸していた。ここは通常ペンシルベニアが係留されている場所であったことから、この艦も誤認により雷撃を受けた。魚雷1本が右舷中央部に命中した。機関室とボイラー室に浸水したがかろうじて沈没は免れて、電力も応急処置で回復した。


 雷撃隊の攻撃が完全に終わらないうちに、水平爆撃隊が攻撃を開始した。水平爆撃隊の九七式艦攻49機は、40センチ主砲弾を改造して、装甲貫徹力を持たせた80番爆弾(800kg)による水平爆撃で、雷撃が困難な位置に停泊した艦艇を攻撃する予定であった。フォード島の東側に2列になって停泊していた戦艦群を狙って水平爆撃を行った。


 魚雷や爆弾の爆発で戦艦の上空には黒煙がたなびいていたため、上空をぐるりと回って照準をやり直す爆撃中隊が続出した。雷撃時に比べて、時間の経過とともに高射砲や機関銃の射撃は増加していった。当初はまばらだった対空砲火も、この時期にはどんどん増え、九七式艦攻の周りでも高射砲弾が炸裂する。艦攻の周りにいくつもの黒煙が浮かんで、爆風で機体が揺れる。淵田中佐の隊も艦上の煙に邪魔されて、上空をぐるりと回って照準をやり直しした。その間に中佐機は高射砲の破片に被弾して胴体に損傷が発生したが、無事に帰還している。


 既に魚雷が命中していたウェストバージニアには、80番爆弾が2発命中した。1発目は甲板を貫通して第二甲板に到達した。2発目は第3砲塔の天蓋に命中して砲塔天井の5インチ(127mm)装甲を貫通して内部を破壊した。但し、この2発共に不発であった。


 メリーランドには、80番爆弾が艦の中央部に命中した。この爆弾は上甲板から3.5インチ(89mm)の水平装甲を貫通して船体下部で爆発して甲板上に破孔を生じた。もう1発は船体後部に命中して舷側近くで爆発して、舷側に亀裂を発生させた。すぐに船体後部から浸水が始まった。


 テネシーには、80番爆弾が第2砲塔の前部に命中して、中央砲身を破壊したが爆発しなかった。更に第3砲塔に80番爆弾が命中して5インチ(127mm)の天蓋を貫徹した。砲塔内部での爆発により、砲身が飛び出して最上甲板の上に砲口が落下した。爆弾は砲塔内を完全に破壊したが、船体下部への破壊は防火扉が防いだ。続いて弾薬庫への注水が成功して、誘爆は防ぐことができた。更に後部艦橋付近にも80番爆弾1発が命中した。下甲板の2インチ(51mm)と2枚の1.75インチ(44mm)を合わせた水平装甲を破って、後部機関と電動機を破壊した。


 傾斜して着底していたカリフォルニアも爆撃目標となって、水平爆撃により80番爆弾が2発命中し、そのうち1発が3.5インチ(89mm)の水平装甲を貫通して第二甲板で爆発して艦内を大きく破壊すると同時に前部機関室に及ぶ火災が発生した。もう1発は、艦首付近に命中して船首を破壊した。


 アリゾナには80番爆弾が四番砲塔側面に命中して火災が発生した。次に、船体中央の左舷近くに命中した、爆弾は対魚雷隔壁の内部で爆発した。更に80番爆弾が一番砲塔と二番砲塔間に命中した。徹甲弾は3インチ(76mm)の水平装甲板を貫通して前部弾薬庫に達して爆発した。弾薬庫に格納されていた主砲の装薬が一瞬で誘爆して、艦の前半部がゴッソリとえぐれるような大爆発が起こった。爆発により艦橋後部のタワー全体が前方へと傾いて船体が中央部で裂けるように亀裂が入って多量の重油が漏れてきた。爆発により飛び散った破片が周囲の艦にも被害を与えた。船体内で火災が発生したため、漏れてきた重油にも引火して、海上に燃える油が広がっていった。


 一方、第一次攻撃隊の制空隊の志賀大尉は、ホイラー飛行場でB-17との戦いの後に、はるか南東方向の真珠湾で立ち上る幾筋もの煙を右手に見ながらバーバーズ岬の海軍基地上空に向かった。


 バーバーズ岬基地には海軍の戦闘機が配備されていたが、空襲警報が発令されたために、緊急発進命令が出ていた。短時間で離陸できるF4Fワイルドキャットは発令直後に飛び上がっていた。しかし、基地には整備中の機体と、パイロットが外出していて乗り手のいない約10機の機体がまだ残っていた。志賀大尉はバンクしてから、無線電話で命令した。


「地上の敵機を攻撃せよ」


 志賀大尉の中隊では、B-17との戦闘で噴進弾を装備した機体は既に射撃して身軽になっていた。5機の零戦で入れ替わり射撃をすると、F4Fワイルドキャットから漏れたガソリンに火がついて、炎と黒煙が広がった。近傍に駐機していた機体からの燃料にも引火する。戦闘機が装備していた機銃弾がパチパチと弾け始める。もうもうとあがる煙に包まれて、その一帯の機体はすべて燃えてしまった。


 志賀大尉は上空から味方機の攻撃の様子を確認して、独り言を言っていた。

「基地の大きさから考えて、機数が少ないんじゃないか。この基地は我々が来るまでは、攻撃を免れていたのだよな」


 そこまで考えて気がついた。敵機は既に飛び上がったのだ。中隊に無線で指示する。

「周囲を警戒せよ。どこかに敵機がいるぞ。敵機を警戒せよ」


 中隊長からの無線の警告以前から、敵機を発見していた機体がある。第3小隊の山本一飛曹は、地上への攻撃に加わらず周囲を警戒していた。そのため、真っ先に低空を飛行するF4Fの小隊に気がつくことができた。小隊を率いて、急降下すると低空を飛行するF4Fを追いかけ始めた。彼はいち早く低空を飛行する機体を発見して、それを自身の目標と決めていた。どのような航空機であっても、1,000メートル以下の高度では、6,000メートルあたりで記録する最大速度よりも到達可能な速度は大きく低下する。この高度では、F4Fは増槽なしのクリーンな状態で1,200馬力のエンジンをふかしても、速度は250ノット(463km/h)が精一杯だった。一方、同じ高度で、1,600馬力の零戦は、290ノット(537km/h)を出すことができた。しかも上空からの降下により山本一飛曹の機体は、330ノット(611km/h)まで加速していた。全速で飛行する敵機に対して、上方から一気に接近してゆく。F4Fは後方の零戦に気がついたが、こんな低高度で優速な相手にできる回避の種類はそれほど多くない。急降下しても地上への激突の危険がある。直進しても追いつかれる。ましてや、上昇しても速度が落ちてそこを狙われるだけだ。一飛曹は3機編隊の最後尾の機体に追いつくと、一連射を浴びせる。機首から操縦席にかけて着弾すると、F4Fは火も吹かずに、がくんと機首を下げて落ちてゆく。2番機の平野一飛曹がほとんど同じ距離から、3機編隊の中央の機体に射撃した。右翼から多数の破片が飛び散って、くるくるとロールしながら落ちてゆく。


 3機編隊の最前方を飛行していた機体は、零戦が後方から降下してくるのをいち早く発見すると、左翼を下げてロールしながら左方向に急旋回した。絶対的に不利なこの状況では、とにかく逃げることだ。高度を確保することはあきらめて、速度を上げることを優先する。地上への衝突の可能性を無視して、わずかに降下しながら速度を上げてゆく。山本一飛曹はこの機体の機動を見て、同様に左旋回に入った。


「こいつはベテランだな。後方の見張りもいいし、左旋回の決断も悪くない判断だ。無意味な動きがない」


 一飛曹が追尾してくるのを発見して、F4Fは失速ギリギリで左への急旋回を始めた。主翼端から白い水蒸気の糸が後方に伸びている。水平面での旋回戦闘に引き込むつもりだ。このベテランパイロットの唯一のミスは、初対面の零戦の旋回性能をF4Fと同等だと考えたことだ。しかし、旋回性能にまさる零戦は楽にこの機動に追随してゆくことができた。F4Fに近づいたところで、一瞬機首を上方に持ち上げて減速してから、斜め下の敵機に機首を向けて向けて降下した。主翼をほぼ垂直にして旋回中の機体に対して、50メートルの距離まで、降下により接近して一気に射撃する。左翼を中心に機銃弾が命中すると、補助翼が吹き飛ぶ。F4Fはそのままひっくり返って背面になると、引き起こしもできないで地面に衝突した。落下地点で赤黒い爆炎が吹きあがるのが見える。一飛曹は旋回から水平に戻して、地上ぎりぎりのところで引き起こす。こんな低高度で降下攻撃するのは、とても危険な機動だ。列機は、小隊長のこの無茶な戦闘法を上空から見ていた。

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