13.3章 噴進弾

 私は兵器部と協力して、もう一つ別の兵器として噴進弾の開発を行っていた。昭和16年4月の山本長官が橘花を見学した時に、和田廠長はうかつにも橘花に噴進弾の装備ができるだろうなどと言ってしまった。そのため、廠長から兵器部と協力して開発するように厳命されたのだ。もっとも、和田廠長にその話を吹き込んだのは私なので、結果的には自己責任とも言える。


 未来で読んだミリタリー本のロケット弾は、多くの種類があったが、ヘリコプターがよく搭載していたポッド形式のものを参考とした。弾体の直径は恐らく70mmだったことから、とりあえずその程度の大きさを前提として、具体的な方針を考えた。


 短期間でものにすることを求められていたので、最初から自分の記憶に基づいてできるだけ完成形に近い方針を決めた。私が、決めた開発方針は以下の通りだ。


・推進薬は当然固定燃料になるが、発射直後は急速に燃焼して大きな推力を発生しその後は通常燃焼させる。

・格納筒に収容するために、安定翼は折りたたみ式にして発射直後に胴体から展開する。

・噴進弾とあわせて、円筒形の格納筒を開発して複数の噴進弾を収容しておいて、発射後は格納筒の投棄を可能とする。

・格納筒への搭載数は戦闘機でも搭載できる重量を考えて、一つの格納筒に暫定的に7発搭載とした。

・噴進弾の弾頭は榴弾として着発信管とする。


 この開発への協力を依頼するのは、機銃開発でお世話になった空技廠兵器部の川北少佐だ。噴進弾本体の飛行特性の解析と弾体の空力設計については、飛行機部で空力研究をしている北野中尉に依頼することにした。


 川北少佐と北野中尉には、私の書いたメモを見せながら説明した。川北少佐は推力を発生する燃焼薬を決める必要があるとの意見だ。


「まずは、推進用の固形燃料をどのようにするのかが、一番の課題だね。わが軍で推進薬を研究しているのは平塚の火薬廠だ。火薬廠の研究部でダブルベースの推進薬も実験していたと思う。私から噴進弾に適した推進薬について問い合わせてみよう。弾頭については、既存の榴弾を利用すればいいだろう。この程度の大きさの弾頭なら、私の部下が設計できる。信管も含めて、今までの榴弾の技術がそのまま使えるはずだ。それと各納筒に搭載する弾頭の数だが、もっと多くの数が必要だと思う。どうせ軍艦の装甲板を貫通することはできないので、面を制圧する方向とすべきだと思う。それを前提とすると数をもっと増やした方が良い」


 当たり前のようにダブルベース推進薬と言われたが、ミリオタだった私でも、日本で既にここまで一般化しているとは思わなかった。後で確認してみたら、日本でも昭和14年ごろから研究して生産されているようだ。


 続いて北野技師が見解を述べた。

「数を優先するならば、50ミリ程度の弾体にして、格納筒には十発以上を納めるようにしましょうよ。これは両翼に格納筒をぶら下げて発射する使い方が前提になりますが、20発を一斉発射すれば、結構な範囲を攻撃できそうです。噴進弾の全体の形状については、特段難しいことはなさそうですが、尾部のフィンについてはいくつかの形状を風洞で試験してみます。当然、折り畳み式ならば、発射されたら一瞬で開くようにしないと弾道が安定しません。速度は、噴進弾の速度に発射母機の速度が合算されます。ジェット戦闘機からも発射することを想定すると結構な速度になります」


「ジェット戦闘機から発射するとなると、母機が400ノット(741km/h)程度の場合もあり得るから、それから200ノット(370km/h)以上は加速するかな。すると音速近くになって、衝撃波の問題も出てくるかもしれない。弾頭をとがった形状にした方がいいな。胴体をかなり細長くして先端がとがった形がいいんじゃないか」


 後部のフィンについては、記憶にあったドイツのR4Mロケット弾の後部胴体にフィンを折り畳んでおき、引き出して広げる方式を絵にしてみる。ドイツのジェット戦闘機、Me262に搭載されて、4発爆撃機の撃墜に威力を発揮したロケットだ。このロケット弾の構造は、確かフィンは6枚か8枚くらいで、最後尾に回転軸があって、バネの力で細長い長方形の前向きに畳んだフィンが後方に向けて開いたはずだ。R4Mは空力的な安定だけで、弾体を回転させない。もう一つは、胴体にぴったり巻き付くように格納された断面が円弧の一部になったフィンが外側に開く形式だった。このフィンは数枚で、前方からの空気流で空力的に弾体を回転させて安定させるとの記事を読んだ記憶がある。フィンの空力効果と砲弾のように回転させることで、直進性を確保したのだ。こちらは、対戦車ヘリの陸自展示で実物大模型を見たことがある。


 2種類の絵を北野中尉に示した。彼は、なるほどという顔をしている。

「両方の形状を試してみますよ。この形状を基本としていくつか変形させて、そちらの形状も試験してみます」


 私自身はメモを書いただけであとは専門家が進めてくれる。そもそもロケット弾の専門知識など、もともと持ち合わせていないのだ。


 飛翔する弾体の形状をまずは決めたい。北野中尉が、候補となった形状の弾体について模型による風洞試験を進めた。空力的な確認はある程度できたが、空技廠でも音速に近い高速風洞はまだ実現できていないため、結局は、航空機からの発射試験が必要だ。いくつかの形状の実験用噴進弾を作成して、比較するための発射実験をすることに決めた。


 その前に、平塚の火薬廠から既に実績があって利用可能な推進薬をわけてもらったので、それを使う前提で、試験用治具を作った。大砲の砲身のような、鉄パイプに推進剤を詰めて、測定器を接続して、開口した方向に燃焼させるという簡単な治具だ。これを用いて、推進薬の燃焼の様子や推力を確認する試験を行った。推進薬そのものの性能については、火薬廠の専門家の評価結果を信じるしかない。


 噴進弾の内部に推進薬を詰めるときに燃焼を早めるために内部に空洞を作るのだが、その形状を変化させることで燃え方の変化を確認した。まず、中心部に円形の穴が開いたドーナツ型断面形状の推進薬を鉄パイプに詰めて実験した。実験を繰り返した結果、着火直後の燃焼速度を早めるために、中心の穴をギザギザ付きにした。ギザギザにより、着火後の燃焼面積が増加する効果がある。結果的に八方手裏剣のような穴の断面形状になった。これで、発射直後は、推進薬を急速に燃焼させて、急加速をさせてその後は通常燃焼で射程を確保することができた。ドイツのロケット弾の方法を参考として、推進薬への着火は電熱線を上部に仕込んでおいて、電気で発射させる方法とした。弾体から出たコードを発射格納筒経由で母機のコネクタに接続して、操縦席でスイッチオンとすると電気で点火して発射する仕組みだ。


 推進薬の試験をしたら、次は弾体の発射試験を行う。噴進弾を発射して、砲弾のように飛ばす試験は、川北少佐の部下の川上大尉がやることになった。発射実験と言っても臼砲と同じだ。臼砲の砲身は単純なパイプ製でライフリングは当然ない。後ろから噴進弾を詰め込んで蓋をしてから着火させて発射する。飛翔距離や直進性、飛翔速度を計測する。尾部の長方形のフィンを前方に折り畳んでおいて発射直後に後方に開く形状では、複数弾を一気に発射した時に開いたフィンが相互に接触する可能性があることが判明した。このため、胴体に巻き付けた円弧状断面のフィンを採用した。フィンは開いたときに進行方向に対してわずかに回転力を生ずる形状としておいて、空気力で弾体を毎分百回くらい回転させて、フィンの空力と弾体のジャイロ効果も利用して直進飛行させる。


 兵器部からは私のメモを基にして、この実験と並行して、正田飛行機に噴進弾を収納する格納筒の試作を依頼した。円筒形の胴体に11発の噴進弾を格納して、蓋の役割の頭部を付ける。空気の抵抗も考慮して半球形の魚雷の頭部のような形状にプレス加工した頭部には噴進弾が発射できるように、11個の穴をあけてある。同時に空技廠の試験で使用していた97式2型艦攻の左右の翼下面に格納筒が搭載できるように、取付け用の金具を追加した。


 昭和16年7月からは、艦攻を飛行させて空中試験に移行した。前年から飛行実験部の操縦員となった小福田大尉がこの新兵器に非常に興味を持って、熱心に試験に取り組んでくれた。最後は空技廠所属の金星エンジンの試験用の零戦に噴進弾格納筒を取り付けるように要求した。高速での発射実験のためには戦闘機での試験が必要だとの理由だ。また、噴進弾を装備するように零戦試験機を改修しても他の試験に悪影響はないとの理屈も添えられていた。


 零戦の両翼下面に爆弾搭載架を変更して、小型のパイロンを取り付けた。爆弾投下と同じ要領で空中において使用済みの格納筒は投棄可能だ。零戦を試験機として小福田大尉は噴進弾を空対空戦闘に使用できるかの実験も実施した。ここまで実験するのは、私の想定範囲外だ。吹き流し標的のロープを通常よりも2倍以上も長くして、噴進弾で射撃することで大型爆撃機の攻撃ができるか確認したらしい。


 小福田大尉が、零戦により実験した結果を報告に来た。

「噴進弾は艦艇や地上への攻撃に十分使用可能です。一斉射撃すれば装甲で防御されていない目標ならば十分破壊できます。しかも、空対空の戦いでは、敵の機体を包むように一斉に発射できます。狙いさえしっかりしていれば、敵機を弾幕で包むことが可能です。噴進弾が1発でも命中すれば、どんな大型機でも間違いなく一撃で撃墜できますよ」


 追加試験用の50mm噴進弾が到着すると、小福田大尉は連日試験を繰り返して、あっという間に試験弾を打ち尽くしてしまった。

「わが軍の全戦闘機に噴進弾を装備すべきですね。大型機でも、1,000メートルの距離で両翼から22発を射撃したら間違いなく撃墜できます。敵が編隊飛行していれば、一度に2機や3機の撃墜も不可能じゃない。しかも地上や艦上の目標にも有効だ。誰でもいいから早く実戦でこの兵器の有効性を証明して欲しいくらいですよ。格納筒内の収容筒は、1,000メートルで各々の噴進弾が幅数十メートルの楕円形に広がるように向きを調整してください。全てが直進するのではなく、少しずつ広がるように調整した方が、面を攻撃する兵器として有効です」


 開発した噴進弾は、仮称一式五十粍噴進弾と命名された。三菱や中島では製造中の零戦に対して両翼下に噴進弾格納筒または、小型爆弾を搭載できるように搭載架の追加を実施した。また、製造済みの機体に対しては、同様の改修を行う噴進弾搭載用品が製造されて、現地の整備部隊が工事を行った。


 零戦と並行して九九式艦爆への搭載も進んた。発射実験と搭載工事が並行して突貫工事となった。もともと、九九式艦爆の両翼下には、小型爆弾を搭載するための爆弾架が備わっていた。それで、零戦よりもわずかの変更で噴進弾が搭載可能となった。

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