13.2章 反跳爆弾
草鹿少将の来訪の翌日には、和田廠長はさっそく行動を開始した。私と加来部長に加えて兵器部の小島中佐を呼んで、反跳爆弾の開発を指示した。小島中佐は兵器部で長年爆弾の開発を担当してきたベテランだ。
「小島君、忙しいのに呼びつけて済まなかったな。今日は新しい爆弾について、開発をお願いしたい。鈴木君が作成してくれたメモがここにあるが、要は水上をぴょんぴょんと跳ねていって艦船の側面に命中する爆弾である。これは連合艦隊から依頼された重要な仕事である」
いきなり、仕事をしろと言われて小島中佐はきょとんとしている。
「80番徹甲爆弾の開発にやっとめどがついたと思ったら、今度は新しい爆弾ですか。まずは、鈴木大尉の作成したこのメモをよく読んで、そこに書いてある爆弾を早く作れということですね」
和田廠長がにっこり笑って答える。
「その通りだ。可及的速やかに行動に移してくれ」
……
すぐに小島中佐と反跳爆弾についての打ち合わせが始まった。そもそも自分で蒔いた種だが、時間を3カ月と区切られてしまった。とにかく早く理解してもらって、開発に着手したい。
「小島です。よろしくお願いします。まずはどんなものか教えてください」
どうやらこの人はとても礼儀正しい人のようだ。年齢も階級も下の私に対しても丁寧に接してくれる。
私が書いたメモを用いて説明した。いちいち言葉で解説するよりも、図と文で整理した方が結果的に早い。
小島中佐もすぐに理解してくれて、実験をすることになった。
「大体わかりました。やはり、私が想像していた爆撃方法ですね。実はこの爆撃法は私も聞いたことがあります。数カ月前ですが、イタリア空軍が地中海で輸送船を沈めた時に、とても斬新な爆撃法を使ったとの報告を読んだことがあります。攻撃した側は海面で爆弾を跳躍させたとのことです。攻撃された側は魚雷攻撃と勘違いしたと言いますから、同じ方法ですね。既に実戦で効果が証明されていると言っていいでしょう」
イタリア空軍により、反跳爆撃が実戦で使用されていたとは驚きだ。話を詳しく聞くと、ドイツから供与されたJu-87に搭乗するイタリアの空軍大尉が艦船の攻撃法を研究していて考案したらしい。
「イタリア軍で使用した爆弾はどんなものか不明ですが、従来と同じ爆弾を使用した可能性はあると思います。形状を変更せずとも使える可能性があるでしょう。但し、爆弾をまっすぐ飛び跳ねさせて命中率を上げようとすると、何らかの変更は必要となるのではないでしょうか。まずは、水面でまっすぐに飛び跳ねていってくれる爆弾形状を水槽実験で実験してみましょう」
実験用の機器の準備が一苦労だったが、兵器部長の中島少将の口利きもあって、3日間という短時間で準備できた。水上飛翔実験には空技廠が保有する水上機の模型試験用の縦長のプールを借りて実験することにした。間に合わせで作った鉄製のパイプに爆弾模型を装着して、プールに向かって打ち出すことにより飛び跳ねの実験をすることになった。爆弾模型を打ち出すためには、高圧の圧縮空気を利用する。このあたりの資材は魚雷発射用の高圧空気ボンベとポンプを借りられたおかげで、あっという間に準備ができた。
私自身は本業のエンジンの開発もしないといけないため、終始この実験に付き合うわけにはいかないのだが、小島中佐は部下の部員と共に集中的に実験してくれた。
「想定通り、通常の爆弾の形状でもかなり飛び跳ねますね。しかし、まっすぐに飛んでいくのは頭部を若干丸くした方がいいようです。頭部を平にした形状も実験しましたが、抵抗が大きくて距離が出ません。半球形の頭部を引き延ばしたり、つぶしたり変形させた形状がいいようです。爆弾後部のフィンは空中での軌道を安定させるために必要ですが、着水時の抵抗を減らすために、通常爆弾のフィンより径は小さくして、後方に伸ばした形状が良いようです。私の方で候補の形状をいくつか選定しましたので、実際の飛行機による空中試験に移行しましょう」
2週間後には第1次の飛行試験用の模擬爆弾をいくつか準備できた。試験用の機体は、和田廠長の指示で無線電話の改善実験に使われた固定脚の九七式二号艦攻を2機、使用できるようになった。小島中佐は自分が後部座席に乗ることにした。
「艦攻ですから爆撃装備もついています。25番用の投下器を利用して、模擬爆弾を取り付けて投下します。もう一機は横から実験の様子を観測するために使います。機上撮影の写真機が空技廠にありますので、飛び跳ねる様子を撮影して、帰ってから分析します。3座機ですから記録要員と観測員が2名搭乗できますよ。もちろん爆弾を落とす方の機体にも実験の観測員が搭乗できます」
兵器部で作成した数種類の実験用の模擬爆弾が準備された。もちろん炸薬は内蔵せず、錘の砂が内部に入っている。投下高度のデータがないが、低高度での海面からの高度の計測が正確にできないので目測に頼ることになった。雷撃の訓練では高度50~150メートル程度から目標には1,000メートル程度の距離で訓練を始めて、ベテランは30メートルと20メートルの間の違いを目測して雷撃するという。雷撃と異なり、低空では落下した爆弾が海面で跳ねて機体に衝突する可能性があるので、随伴機から爆弾の跳ね方を観測しながら、投下高度を次第に下げていった。
私からは、投下高度判定法として海面にライトの光を写す方法を提案した。英空軍のダムバスターが攻撃時に使ったというのを読んだ記憶がある。2つのライトを機体の前下方で交差するように取り付けて、2つのライトがメガネ型から一つに重なった時が目的の高度と判定する方法である。しかし、日の光が強い時間帯はライトの光が見えづらいため、実用に適さないことが判明した。
それよりも、ベテラン搭乗員による判定の方が正確だった。高度30メートル以下では、雷撃は可能であるが反跳爆撃では次第に危険になるため、通常の雷撃よりもやや高めの高度から投下することとして、10メートル以下は禁止した。目標からの距離については、1,000メートル程度としたが、爆弾が水面から最も高く上がる位置では、艦船の舷側を飛び越えてしまうことも考えられる。実験データとしては、投下高度と飛び越えが発生する投下距離を表の形式で整理した。実戦部隊ではその表から飛び越えが絶対発生しない高度と距離を割り出して、指定範囲で爆弾を投下する訓練が行われた。結果的に第二跳躍か第三跳躍の終末点あたりで目標に命中することが望ましいと判明した。第二跳躍と第三跳躍の頂点では飛び越しになるので、投下禁止となる距離が存在する。
2週間ほど実験して25番(250kg爆弾)の反跳爆弾について方向性が定まってきた。爆弾の全体形状は、速度維持を優先して弾頭はやや前後に引き延ばした半球状とした、フィンは既存の爆弾フィンから2割ほど半径方向の翼幅を縮小するが、直進安定性を考えて後方に3割ほど伸ばした。爆撃法としては、あまり高く飛び跳ねないように低空から侵入して投下直後に引き起こす方法が考案された。爆弾の信管は私にはまったく専門外だったが、新式の信管を開発する期間もないので、徹甲弾などで使用している遅働信管の時間と感度を調整して利用することとなった。爆弾専門の小島中佐は、どうも魚雷にライバル意識があったのか、この反跳爆弾が気に入ったようで、何度も試験を行い、50番(500kg爆弾)や80番(800kg爆弾)と言った大型の爆弾も設計して試験を進めた。
時間もないので、1カ月後には爆弾の外形を決めて、その形の模擬爆弾で不備がないかの最終確認のために海上に浮かべた標的に対して模擬爆弾を命中させる試験に移行した。それと前後して、一航艦から選抜された九七式艦攻の搭乗員が訓練にやってきた。目的は魚雷で攻撃できない位置に停泊した艦艇への攻撃だ。九七式艦攻では、25番を2発搭載して同時に投下して目標に命中させる爆撃法を訓練した。爆撃の要領は雷撃とそれほど変わらないため、みんなぐんぐん上達してゆく。数回は実際の感覚をつかむために模擬爆弾を海上の標的にあてる訓練を行った。そのために訓練のための模擬爆弾があっという間に無くなってしまったので、あわてて空技廠で追加生産した。やがて10月初旬には、別の場所で訓練を続けると言って搭乗員たちは去っていった。真珠湾を模した錦江湾での訓練だ。
私には、開戦の時期が想定できるので、あわてて実戦用の反跳爆弾を製造する理由がわかっていた。開戦に向けて、生産したのは、25番と50番爆弾だ。25番は、九七式艦攻には2発装備できる。九九式艦爆でももちろん使用が可能だ。50番は改良した新型の九九艦爆で使用する前提だ。製造した爆弾は、輸送船がいったん九州に運んだ。佐世保で、九一式魚雷と同時に受け取りに来た加賀が搭載すると出港していった。加賀だけが遅れて単冠湾に向かって、そこで各空母に乗せ換える予定だった。
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