13章 決断前夜

13.1章 真珠湾への道

 昭和16年9月になって、空母の改装工事により、一時的に寄港した時間を利用して草鹿少将たちが空技廠にやってきた。ジェット戦闘機の開発状況を見たいという希望により、橘花改の展示飛行を実施した。展示飛行が終わってから、我々は人数を絞って別の会議室に集まった。草鹿少将から、もう少し立ち入った話がしたいとの要望があったためである。


 恐らく、きっかけとなったのは、飛行後の講評の場で、私がジェット戦闘機でも反跳爆撃なら可能だと言ってしまったからだろう。しかも、それが浅海での攻撃にも適しているなどと言ったために、反跳爆弾、いわゆるスキップボミングの実戦使用の可能性について極秘で議論したということに違いない。もちろん、草鹿少将は口には出さないが、この時期には既に検討が始まっていた真珠湾攻撃に使えるのではないかと考えているのだろう。昭和16年夏の時期は、まだ水中でのローリングを抑える安定器を備えた魚雷については実験中ではないだろうか。つまり、浅い湾内で魚雷が確実に使えるという確証はまだないはずだ。湾内に停泊した艦艇を攻撃するために、複数の手段を手の内にしたいと考えているのだろう。


 新兵器の話題ということで、和田廠長も急遽読んできた。全員がそろってから、お茶を持ってきてもらう。会議室の窓際に座って、加来大佐が今までの議論を和田廠長に説明している。


 出席者は、一航艦からは草鹿少将、淵田中佐、嶋崎少佐だ。空技廠からは、和田廠長と総務部の加来大佐、私ということになってしまった。

「今日はいい天気で、飛行日和だったねぇ」


 草鹿少将は世間話をしながら、お茶を一服していた。しばらく様子を見てから、少将から内密の話題を切り出した。


「反跳爆撃の件だが、なんとか3カ月くらいで、爆弾の開発と爆撃法がものにならないだろうか? 3カ月たったら実戦部隊で訓練を開始できるという目標だ」


 空技廠側はしばらく黙っていたが、加来大佐がとりあえず回答する。

「新しい爆弾と爆撃方法の研究なので、空技廠の兵器部の管轄になります。具体的な時期については、担当部門の専門家による検討が必要だと思われます。加えて、現在の兵器部は魚雷の改修と大型徹甲弾の件で大変忙しそうです。本気で着手するとなると、それらが一段落してからになるでしょうね」


 私は、心の中で誰にも聞こえないようにつぶやく。

「九一式魚雷にジャイロによる安定化装置を追加する件と、40センチ九一式徹甲弾を徹甲爆弾に改造する件を話しているのですよね。兵器部で開発中の案件は、真珠湾向けの開発だと思いますが、そこまで言っていいのですかね」


 それでも淵田中佐は引き下がらない。

「短期間で実用化するためには、実際に投弾する実験機が必要だろうから、一航艦から九九式艦爆や九七式艦攻と搭乗員を実験のために貸し出してもよい。ここにいる嶋崎君や江草君を実験隊の指揮官に指名してもいいぞ」


 私と和田廠長は思わず顔を見合わせる。加来大佐は淵田中佐の方をにらんでいる。加来大佐は、遠からず飛龍の艦長となって、戦線に向かうはずだ。この自分の移動をどこまで知っているのだろうか。下手をすると、来月になって自分の艦から人を出すというようなことになりかねない。


 和田廠長が何か説明せよと私の方を見ている。ここは思い切って話してみよう。説明のために会議室に備えられていた黒板の前まで進み出た。

「私が考えている方法について、説明します。まず、爆弾本体は今までの爆弾を基にします。頭部の形状は水面にぶつかっても弾道が横にそれてしまわないように、とがった先端の形状は修正する必要があると思います。魚雷のように丸くするか、もう少し扁平な頭部にするかは、水槽での実験が必要です。もちろんあまり形状は変えなくてもよい可能性もあります。絵にすると爆弾はこんな感じで水面を飛び跳ねて命中します」


 黒板に飛行機から落ちた爆弾が水面を3回飛び跳ねていって、船の舷側に当たる絵を描く。その横に魚雷のようなやや扁平な半球形の弾頭も書いてみる。


 説明しながら、黒板の絵に説明内容を追加してゆく。

「たぶん、信管はあまり敏感だと水面にぶつかっただけで爆発してしまうので、感度の鈍い信管か時間の長い時限信管に変更する必要があります。爆弾の投下実験については、注意しないと危険です。水面で跳ね返った爆弾が、投下した機体の胴体後部にぶつかる可能性があります。飛行中の機体に衝突すれば、爆弾が模擬弾でも墜落の可能性があります。しかも、落下傘が使えない低空です」


 説明しながら、跳ね返った爆弾が爆撃機の後部に衝突する図を追加した。更に、小型の船の上を爆弾が飛び越える絵を書き加える。


「もう一つ注意すべき点は、海面で爆弾が飛び跳ねるので小型艦が目標の時、あるいは目標からの距離が不適切な場合は、飛び越えてしまいます。一方、港湾に横並びで停泊中の艦艇が目標の場合は、手前に停泊している小艦艇を飛び越えて後ろの艦艇に命中させることも可能かもしれません。爆弾だけなら兵器部の専門家がやれば、今の25番(250kg)や50番(500kg)を基にすれば、1カ月もあれば試験用の爆弾ができるでしょう。投下試験は平行していくつかの形状の実験用弾体を準備しておいて、どの形状が望ましいかどんどん試験してゆけば、実験結果も数カ月以内で得られるでしょう。敵艦からの距離と海面からの高度を指定して行う爆撃法は、結果的に雷撃法とあまり変わらないと思います。なお、爆弾を通常の爆撃法で空中から投下して目標に命中させてももちろん爆発しますので、その場の状況でどのような爆撃法をとるのか選択することも可能だと思います」


 和田廠長が引き取って発言する。

「私は、これまで鈴木大尉の言ったことが、見事に実現するのをこの目で何度も見てきた。この件も同様の結果になると信じている。ご依頼の件については、空技廠で何とかやってみますよ。それに80番(800kg)徹甲爆弾の方は、実験にめどがついてきていると聞いているので、わが廠の爆弾屋が担当できると思います」


 草鹿少将が強くうなずいている。

「是非とも開発をお願いします。私から、軍令部と航空本部には話を通しておきます。これは、我が国の運命を左右する極秘の任務に関連するのです。やるからには、絶対に作戦に間に合わせていただきたい」


 ここまで話をしたのだから、もう少し真珠湾攻撃については、作戦の間違いがないように言っておきたい。未来に生きていたミリタリーオタクの私が、何度も読んだ戦記で不徹底だったと書かれていることだ。


「先ほど港湾への攻撃という話が出ましたが、攻撃する目標はやはり戦艦や空母が優先するのでしょうね」


 草鹿少将が答える。

「敵艦船の中でも優先順位が高いのは、大型艦になるだろう。港の中で空母や戦艦、巡洋艦以外に何か攻撃目標でもあるのかね?」


「港湾において、魚雷や爆弾で艦艇を沈めても、実際は浅い海底に着底している状態です。艦艇が動かせるならば、完全に沈下するまでに意図的に船を動かして浅瀬に乗り上げさせることも考えられます。港湾内のドッグやクレーンなどの工廠設備が無事であれば、直ぐに引き上げて修理を開始できます。英軍のタラントの空襲でも、早いものは1週間くらいで戦艦を引き上げて、ドッグで修理を始めているでしょう。港湾の設備を破壊しなければ、すぐにでも復活しますよ。もう一つ重要なのは、石油です。どの軍港でも艦艇への給油のために石油タンクがあります。重油が無くなれば、軍艦も鉄の箱になります。石油タンクも優先して破壊すべき目標です。重油は爆弾の爆発くらいでは、なかなか引火しませんが、工夫して重油火災を発生させることができれば、簡単に消化できません。火のついた重油が広がってゆけば、その場にあった艦艇や港湾の設備が無傷でも、火災により燃え尽きるでしょう」


 草鹿少将がうなずく。

「うむ。君の話は理解した。しかし、港の設備や石油タンクまで破壊するとなると、空母の搭載機では何度も繰り返し爆撃しないと、難しいぞ。その間に空母が反撃されることも考えられるが、危険性を冒してまで繰り返し攻撃する意味はあるのか?」


 剣道の達人である草鹿少将は、鮮やかな一太刀で敵を倒すことが美点だと思っているようだ。現実の戦いは、剣の極意じゃない。

「まず考えるのは、このような軍港を奇襲攻撃する作戦は一度しか成功しないだろうということです。二度目を目指しても敵も港湾の防御を固くしてしまいます。加えて、目標とすべき軍艦が軍港から出港して、移動してしまう可能性もあります。一度のチャンスを徹底的に生かさないと後で手痛い反撃にあいますよ。私には作戦の細かなところはわかりませんが、敵から受けた被害が小さい場合は、積極的に攻撃を繰り返して戦果を拡大すべきです。攻撃を繰り返せば味方の被害も増えるでしょう。しかし、逃がした敵から、将来反撃されることを考えれば、叩けるときに徹底的に攻撃すべきです。まあ、戦力が自滅するような大きな被害が出た時は、戦力がすりつぶされる前に撤退するのは当然でしょうけど」


 淵田中佐はその通りと言わんばかりにニヤリとしている。草鹿少将が発言する。

「士官学校の授業のようになってしまったな。しかし、言われたことは一理ある。よく覚えておこう。淵田君、重油タンクの効果的な攻撃法について検討してくれ。爆弾で破壊した後で、焼夷弾や燃えやすいガソリンで火をつけるようなことが必要だと思う」


「了解しました。石油タンクや軍港の設備に対する効果的な攻撃法についてさっそく検討します。反跳爆撃法についても空技廠の実験に協力できる搭乗員をすぐにも選定します」


 ここまで具体的な話になったのであれば、開戦時の宣戦布告の問題も話しておこう。日本の攻撃はだまし討ちだなんて言われないために、ぜひとも何とかしてほしい。


「軍港への最初の攻撃を成功させるためには、もちろん奇襲ができれば小さな被害で戦果を拡大できます。敵にあらかじめ察知されて、迎撃を受けた状態で強襲になってしまったら、わが軍の被害が大きくなります」


 草鹿少将が語気を強める。

「そんなことは、戦い方のイロハで当然のことだ。何が言いたいのかね?」


「我が国が実際に戦闘を開始する前には、宣戦布告が必要になります。ところが、前もって宣戦を通告すれば、敵は攻撃を警戒するので、攻撃目標を奇襲することは困難になります。それとも、通告もしないでいきなりだまし討ちのように攻撃しますか?」


 草鹿少将がいきり立つ。この人はかなり武人のような発想をする。

「何を言うか。戦いを始めるのであれば当然しっかりと宣戦布告する。そのうえで戦いを始めるのだ。わが軍は、背後からばっさり切りつけるようなことは行わない。あらかじめ時刻を決めて計画通りに外務省が行動して、宣戦布告を行う。その時刻の直後にわが軍が作戦を開始できれば、相手の準備が整う以前に奇襲は可能なはずだ」


「そうは言いますが、宣戦布告文書を外交官が手渡す時刻と、そこから離れたところで時刻を合わせて攻撃を開始するのは容易ではありません。攻撃を開始する時刻を決めても、なかなか予定外の出来事で当初の計画から遅れることがありますよ。そこで時間的に大きな余裕を持たせると奇襲にはなりませんよね。言っておきますが、しっかりした文書を送ろうとすると、暗号の解読や書類の清書で、大使館員が頑張っても予定の時刻に間に合わないことがありますよ。特に予告しておかなければ、事務を担当する大使館員が必要な人数出勤しているとも限りません。海軍の都合でなく、外務省や大使館側の都合もいろいろあるかもしれません」


 草鹿少将が声を荒らげて話す。

「もちろん、そのようなことにならないように、事前に準備を進めるのだ。たとえ極秘の扱いであっても、外務省や大使館の上層部にしっかり理解してもらって伝えておけば、守秘を前提としたうえで、人員をうまく配置してくれるだろう。全て真実を話さなくても、うまく言いくるめることで書類作成の作業員を増やして、きっちりと完成できるだろう」


 和田廠長が、盛んに私に余計なことは言うなと目配せしている。ちょっと強引に会話に割って入ってきた。

「えっへん。草鹿さん。それでは反跳爆弾については空技廠で至急開発を進めます。兵器部の小島中佐が中心となって、鈴木大尉が協力する体制とします。これは新兵器の一種になりますから、開発の進捗については、艦隊の方にも都度報告しますよ」


 草鹿少将もよろしくとうなずく。いささか場の空気が悪くなったが、打ち合わせが終わって、草鹿少将一行は帰っていった。


 草鹿少将は帰り際に、小声で加来大佐を呼んだ。

「あの男、まるで予言者のようだな。連合艦隊司令部で検討している作戦を、細部まで知っていると考えないとつじつまが合わん。しかもその作戦を実施した結果、どこかにほころびが出てくることを、あらかじめ知っているかのような口ぶりだ。何かベールに包んだような話し方だったたが、もっと直接的に話を聞いて確認する必要があるぞ」


 加来大佐は小さくうなずいた。返事を待たずに草鹿少将が続けた。

「知っていると思うが、君は1カ月後には空母の艦長として転任となる。そうすれば艦隊の一員となって、作戦を実行する側だ。転出するまでに、彼の本音を聞いてほしい。いいか、とんでもない話が出てきても否定するな。それに加えて、どうしてお見通しなのかの理由も深く追求するな。彼が考えている内容をしっかりと理解して、頭にある具体的な対策を引き出すのだ。これは我が国の重要な作戦を成功させるために絶対に必要なことだ」


 和田廠長は二人の後ろで黙ってこの会話を聞いていた。

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