12.6章 川西航空機のジェット戦闘機開発

 昭和15年になって、三菱や中島以外にジェットエンジンの可能性に早期に着目して、社内で検討を開始した会社がもう1社あった。川西航空機である。


 もともと川西航空機は、海軍向けの水上機の生産をもっぱら行う会社として一定の地位を築いてきた。昭和15年9月には、十五試水上戦闘機(N1K1)の開発を海軍から受注して、戦闘機の開発にも着手していた。しかし、川西航空機の経営陣は、水上機のみを生産するだけでは、生産機数も多くなく、会社としてはじり貧だと予想して危機感を持っていた。このため、海軍から移籍した元航空廠長の前原副社長が中心となって、陸上機分野への進出について検討が行われた。当初は、艦攻や艦爆が有望視されたが、十五試水上戦闘機の開発主任である菊原技師が提示した陸上戦闘機の開発案が現実的だとして採用された。菊原技師は、開発中の十五試水上戦闘機を元にして、18気筒エンジンを搭載して陸上機化することにより、局地戦闘機が短期間で実現可能なことを提示した。


 昭和11年まで航空廠の廠長まで勤めて中将として退官した前原副社長は、再就職先の川西航空機でのんびりと過ごすことをよしとしなかった。海軍の航空技術に携わっていたころの人脈をフルに生かして、精力的に動き回ることにより、日頃から情報の収集を怠らなかった。空技廠を中心として、今までのガソリンエンジンとは全く異なる原理のジェットエンジンが開発されていることも、彼が収集した情報に含まれていた。更に、ジェットエンジンを搭載した高速試験機が中島で製作されていることもすぐにつかんだ。その結果、川西は早い時期でジェットエンジンの将来性について知ることができた。その情報に基づいて、菊原技師が検討していた局地戦闘機はジェットエンジンの搭載を候補とすることとなった。


 ……


 昭和15年11月のある日、種子島中佐から永野大尉と三木大尉、私が打ち合わせに呼ばれた。

「空技廠長から我々への要請だ。川西航空機から技術者が来るので、ジェットエンジンを説明してほしいとのことだ。ある程度は資料なども見せて説明することは、許可をもらった。どうやら、新型機の開発を検討中で、その機体にジェットエンジンを使用することも考えているらしい。まあ、どんな機体を考えているのかは、話を聞いてみないとわからない。先般審査をしたジェットエンジン試験機のこともある程度知っているようだ。何しろ川西には前原さんが就職したからね。海軍内の情報もある程度はつかんでいるだろう」


 川西という名を聞いてピンときた。水上戦闘機強風を基にして、局地戦闘機を開発するはすだ。未来の私の知っている歴史ではプロペラ機として開発されたのだが、この世界では既にジェットエンジンが存在しているので、それを候補として考えたということだろう。強風から局地戦闘機への開発物語は数々のミリタリー本にも登場する。私の未来のオタク知識によれば、機体の設計者は菊原技師という名前だったはずだ。


 私の想像を先取りして、永野大尉が質問する。

「川西というと、生産しているのは水上機ばかりですよね。まさか水上機にジェットエンジンを付けるということはないと思うので、これからは新たに陸上機を開発したいということなのですかね?」


 種子島中佐が肯定する。

「そうだな、俺も水上機は考えていないと思う。どんなに頑張って水上機を開発しても、生産される数は知れているからな。戦闘機か爆撃機かはわからないが、陸上機や艦上機に進出したいと考えているのだと思う」


 私の知っているミリタリー知識で少し補っておこう。

「川西は十五試水上戦闘機の開発を開始していますが、フロートを取り払って、脚を付けて陸上機にすれば局地戦闘機にできると考えていると思います。まあ、プロペラ付きの水上機なので簡単にジェット戦闘機にはできないかもしれませんが、水上戦闘機からでも主翼や尾翼くらいは利用できそうに思います」


 三木大尉が賛成してくれる。

「それもありそうな話だね。ジェットエンジンと言っているので、局地戦闘機を前提としている可能性が高そうに思える。ところで、種子島さん、ジェットエンジンの試験機の情報もある程度見せてよいのですよね。モックアップがあるのは中島ですが、簡単な模型くらいならば見せることが可能です」


「我々の協力会社の一つなのだから、高速試験機について説明することも大丈夫だと廠長から言われている。高性能の航空機が開発できるように協力せよとのことだ」


 1週間後、さっそく川西飛行機の前原副社長と技術課長の菊原技師が我々の面談にやってきた。


 まずは、前原副社長が挨拶した。

「今日はありがとうございます。実は先般、空技廠を訪問した折に、空技廠さんで、昨年から開発していたジェットエンジンの実用化が、かなり近づいてきたという話を聞きました。ジェットエンジンの飛行試験のために高速試験機の設計もしているようですね。実は、わが社もいろいろ社内では検討をしていまして、ジェットエンジンを利用した戦闘機も対象の一つになっております。本日は、そのような高速戦闘機を開発するために知っておくべきことを、いろいろ勉強させてもらいたいと思い、わが社の主任技師の菊原と訪問させていただきました」


 事前に想像した通りの依頼だ。よろしくお願いしますと我々からも挨拶する。戦闘機の設計担当として、菊原技師が登場したことも私にとっては想定範囲内だ。


 お互いの紹介も終わって、あらかじめ準備しておいた資料で、まずは私からジェットエンジンについて簡単に説明する。

「お手元の資料に簡単に示してありますが、現在、TJ-20というジェットエンジンとそれよりも出力の大きなTJ-30という2種類のジェットエンジンの開発をしています。TJ-20は推力が1トン弱のエンジンで、既に十二試陸攻を改造した試験機で空中試験を実施しています。恐らく数カ月以内に審査が完了する見込みです。TJ-30は1.3トン程度の推力で、TJ-20よりも若干遅れて開発が進捗しています。このエンジンも十二試陸攻を改造した試験機で空中試験を行いますが、これから飛行試験を行うところです」


 続いて、三木大尉が高速試験機について簡単に説明した。

「我々は中島飛行機さんとジェットエンジン試験機を開発中です。その図にあるように、両翼下にジェットエンジンを備えた双発の試験機になります。まずは、先ほど説明したTJ-20を使用して飛行させることを計画しています。試験機なので、飛行中にいろいろな試験するために、操縦員のほかにエンジンの試験要員が搭乗できる複座となっています。最大速度は400ノット以上の速度は可能だと考えています」


 菊地技師がジェットエンジンの状況を問いただした。

「ジェットエンジンについてですが、もしもわが社でそのエンジンを使用した航空機をこれから開発するとして、エンジンは実用可能な程度に完成しているのですか? また、開発されたエンジンの生産体制は決まっているのですか?」


 種子島中佐が回答する。

「生産体制については、TJ-20は三菱が中心となって住友金属や日立タービンが協力して、試作機の開発をしており、今後の量産もこの体制で生産してゆくことが決まっています。同様にTJ-30は中島飛行機が中心になって、瓦斯電や石川島が協力会社となっています。開発の状況については、先ほど鈴木が説明したように、TJ-20は試作エンジンを飛行させて高空での性能確認をしています。TJ-30についても間もなく同様の飛行試験を開始する見込みになっています。どちらのエンジンも来年の中ごろには制式化されるでしょう。高速試験機は、既に木型が完成して我々が審査をしています。来年には、間違いなく機体が完成して飛行しますよ」


 私は、海軍内の状況をちょっと言い過ぎじゃないかと思ったが、元海軍中将でしかも航空廠のトップであった前原副社長を種子島中佐も信頼しているのだろう。種子島中佐の上司として前原副社長が廠長であった時期もあるはずだ。


 菊地技師はまだ疑問があるようだ。

「なるほどよくわかりました。我々はまずは局地戦闘機として検討しているので、ある程度格闘戦もこなせるような単発機が候補とまります。現状のエンジンの出力などを考慮すると、単発の高速戦闘機は成立するのでしょうか?」


 随分ずばりと質問するな、と思ったが、この質問については私が答えることにした。

「TJ-30の目標推力が達成できれば、単発機として成立できると考えています。これは、私が以前作った模型ですが、単発のジェットエンジンを胴体後部に搭載しています。ここの翼の付け根に開口した空気取り入れ口からジェットエンジンへの空気を吸入します。うまくすれば、1.3トン程度の推力で450ノット(833km/h)程度の速度が可能ではないかと考えています」


 P-80シューティングスターを思い出しながら、それをモデルとした単発機の小型模型を、菊地技師はしげしげと見つめている。

「なかなか空気抵抗の少なそうな機体ですね。なるほどこれならば、高速飛行ができそうだ。胴体内のエンジンの取り外しはどうするのですか?」


「胴体の後半部がボルト止めされていて、ボルトを外して胴体の後半部を切り離します。切り離した胴体の開口部からエンジンを後方に引き出して取り外します。胴体内にレールを設けてエンジンをレール上で前後に滑らせる必要があるでしょう。必要でしたら、この小型模型は差し上げますよ。但し、模型を見て設計したが、低性能になったじゃないか、なんて言わないでくださいね。あくまでも、私の空想の産物ですから」


「ありがとうございます。この模型は是非参考にさせてください。個人的にもこの形態は大変興味があるので、じっくりと検討させてください」


 菊原技師は社に戻ると、さっそくジェット戦闘機の検討に着手した。空技廠で入手した模型も参考にして、風洞模型を作成して基礎実験をしてみた。実際に風洞試験をしてみると、なかなか空気抵抗も小さく成績は悪くないことがわかった。菊原技師がもともと戦闘機の主翼として考えていた、層流翼型を模型にも使ってみたが悪い感触ではなかった。風洞試験の結果と想定されるTJ-30の出力を勘案して、簡単な性能計算をしてみると、最低でも420ノット(796km/h)を超える戦闘機が実現できそうなことがわかってきた。


 川西社内では菊地技師の検討に基づいて、次期の局地戦闘機のエンジンに対して、新たに情報入手したジェットエンジンを採用してよいかの議論が行われた。副社長の前原元中将は自分の海軍内の人脈から、三菱の十四試局戦がうまく行っている状況を知っていた。


 前畑副社長がまず自分の考えを述べた。

「知人から聞いたところによると、十四試局戦はかなり出来が良いようだ。これと似たような18気筒エンジンを前提としては、それを大きく引き離す機体の実現は困難だろう。これから開発するならば、ジェットエンジンでなければ採用される可能性は大きくないと思う。加えて、中島が開発しているジェットエンジン双発の高速実験機は近い将来必ず戦闘機に発展するだろう。つまり、我々が現在参入可能な領域としては、単発のジェット戦闘機以外の道は残されていないということだ。但し、三菱もいろいろ動いているようだから、単発ジェット戦闘機もまもなくライバルが登場するだろう。それまでに我々は、先行しておく必要がある」


 もともと単発ジェット機は菊地技師にとっても有力だと考えてきた候補だ。

「単発機とすれば、戦闘機としての空戦性能は中島の双発機よりも有利となります。更に単発機であれば、生産の工数が小さいなど、戦時の急速生産にも適しています」


 最終的に川西飛行機の川西社長は、菊地技師の検討結果から単発のジェットエンジンを備えた小型の局地戦闘機の可能性を信じて、ジェット戦闘機の開発を自社の責任で実行することを決断した。


 ……


 昭和15年12月になって、菊原技師と配下の技師たちが、ジェットエンジンを使用した航空機設計に関する質疑のために空技廠を再度訪問した。この面会も前原副社長の根回しにより、ジェットエンジンをよく知っている技術者が対応するように要請されていた。それで、私の配下の菊地中尉が対応を行うこととなった。菊原技師からは、主にエンジンの取り付け方法や始動方法の確認、運転状態による燃料の消費量の変化や発電機や油圧機構などの機体として必要な機能についての確認を行った。


 航続距離について議論となり、菊地中尉から対策を説明した。

「機体の空気抵抗を削減して、高度8,000mくらいの高高度の飛行をすると、エンジン推力は絞っても330(611km/h)から350ノット(648km/h)くらいの速度は可能と思われます。それである程度は航続距離を稼げますよ。もちろん、作戦を実施するためには、増槽が必須になります。我々は風洞試験から、このように翼端に魚雷のような細長い増槽を取り付けることを推奨しています。主翼端の誘導抵抗が減少するので、従来の増槽に比べて機体全体の抵抗を減らすことができます」


 菊原技師から最後に質問が出た。

「いただいた模型の胴体の下部に、2枚の四角い扉のような線図が書かれていますがこれはどのような用途なのですか? いろいろ考えてもこれだけでははっきりしなくて、悩んでいたんですよ」


 この質問は、模型製作者でない菊地中尉も答えられなくて、私のところに電話が来た。

「それは、エアブレーキです。急降下で音速を超えそうになった時や急減速して旋回する時や着陸時の減速に使います。機体の空気抵抗をどんどん減らしてゆくと、減速したいときに短時間で減速するための仕掛けが必要になります。加えて、音速に近づいて主翼に衝撃波が発生すると、主翼揚力の空力中心が後退して機首下げになります。つまり水平飛行に戻れなくて、更に降下により加速して最悪は墜落することになります。従って、急降下爆撃機ではないですが、エアブレーキが必要になるのです」


 菊原技師一行は丁寧な回答を得て満足して、川西の鳴尾製作所へと帰っていった。


 早くも、昭和16年1月15日には、川西社内で検討した単発ジェット戦闘機の説明資料が、海軍航空本部に提出された。当時の航空本部長の多田少将には、前原副社長が菊原技師を伴って訪問して、いかに川西が高性能の局地戦闘機を実現可能であるかを説明した。


 海軍航空本部も実戦では水上機よりも多数の戦闘機が必要になることを想定していた。従って、川西飛行機が局地戦闘機を開発して製造することは、望ましい提案であると考えた。但し、本音としては、わざわざ開発までしなくても、川西の工場で三菱や中島が開発した機体を製造してもよいと思っていた。


 しかし、川西が検討した単発のジェットエンジンを備えた高速の戦闘機は、双発の中島や三菱のジェット戦闘機と同等の魅力を持つ内容であった。航空本部は提案を受けて、局地戦闘機開発を仮称1号局地戦闘機の名称で開発審査をすることとした。以前の航空廠の廠長で、軍人として大先輩の前原副社長からの依頼だということが、大きく影響していると言われている。かといって、提案内容が良くなければ、受け入れられない。川西からの提案が海軍にとって受け入れ可能な内容だったということは間違いない。


 ……


 1号局地戦闘機の計画書案の審議会は、1月末に実施されてその内容が了承された。単発機としてできるだけ大きな推力が必要であるため、川西は開発が先行していたTJ-20の使用は当初からあてにせず、推力の大きなTJ-30使用を前提としていた。昭和16年1月末には、航空本部から川西にN1K1-Jという試作名で試作指示が発出された。次いで昭和16年2月中旬には実物大木型が完成して、N1K1-Jの実大模型審査が実施された。


 私は、単発ジェット戦闘機の模型を作成した者としてそれを多少なりとも参考にして設計された機体への興味もあったので、審査に参加することとした。なお空技廠からの審査官にはパイロットもいたので、時間の節約のために横須賀から兵庫まで空技廠所属の九六陸攻に乗って飛んでゆくことができた。


 私は、未来のオタクとしての知識から、川西の機体についてあまり信頼していない。史実の紫電は、水戦「強風」から引き継いだずんぐりした胴体に取り付けた中翼形式の主翼が原因となって、主脚が長くなった。そのため、二段引き込み式にした長い主脚に起因する破損や故障が着陸時に頻発したことが大きな欠点として有名である。しかし、それ以外にも強風の試験で、主翼が中翼でありながら、主翼付け根で発生する乱流の影響で尾翼に振動が発生するという理由で、他の日本機では見られないような巨大なフィレットを主翼付け根に追加した。これは紫電にも引き継がれるのだが、川西の小型機に対する空力的な設計は、三菱や中島に一歩引けをとっているように思えてならない。


 加えて、信頼度を落としている要因に、史実の紫電の失速ときりもみ特性の悪さがある。実際に搭乗した海軍パイロットは、紫電に対して急な機動により不意自転に陥りやすいとか、水平きりもみに入ると助からないとかの発言を残している。捕獲した紫電の評価をした米軍も、機動時に突発的に発生する失速とフラットスピンを劣悪な特性と評価している。このような問題は、三菱の堀越二郎は、零戦開発で風洞試験により飛行前に検出して、1号機では間に合わなかったが3号機からは尾部を変更してあっさりと解決している。それ以降、雷電でも烈風でも同様の問題はない。中島でも垂直尾翼を後方に伸ばした形状を採用して、このような特性の戦闘機は設計していないはずだ。これは、菊原技師の空力設計の力が劣っていたというよりも、三菱や中島と比較して川西が風洞などの開発のための設備が不十分だったためではないかと考えている。


 空技廠からの一行は、川西飛行機の鳴尾工場に到着してさっそく審査を始めた。未来の私の記憶では、本来は紫電となるはずの機体が、ジェットエンジン開発の影響でジェット戦闘機に変わったわけだ。しかもこの世界ではジェットエンジンが既に開発されており、条件が早期に整ったために、紫電の開発開始時期が1年半以上も前倒しになっている。


 審査対象の機体は、中翼の単葉でジェットエンジンは胴体後部に収容されている。機首は縦長の楕円形断面で空気抵抗の少ないペンのキャップのような形状に整形されている。操縦席は主翼上に位置しており、水滴型の風防は零戦よりも小型にまとめられ、まさに私の知っている紫電の風防に類似している。恐らく大容量の燃料タンクを胴体に格納して、しかも胴体側面から取り入れた空気を胴体内のダクトによりジェットエンジンに供給するために、胴体はやや太めとなっている。胴体後部も遠心圧縮式のジェットエンジンを搭載することを前提にやや太めのテールコーン状に整形して、垂直尾翼とその下に水平尾翼がついている。主翼は直線的な前後縁のテーパー翼で、この部分のみに強風の面影が残っている。機首の下面にはジェットエンジンに対応するため、尾輪式ではなく首脚が設けられている。しかも胴体下面には、斜め下方に開くエアブレーキが取り付けられていた。ムクの板でなく前面からの空気を部分的に逃すために、縦長のスリットが開けられている。

 飛行実験部パイロットの帆足大尉には、単発のジェットエンジンを胴体内に搭載した機体がまだ珍しいらしい。事前にいろいろ資料は見てきたものの、やはり木型といえども実物大の機体の迫力は違う。さっそく、操縦席に乗り込んで、川西の技術者から説明を聞いていろいろ審査している。

 我々空技廠からの審議官は一度あちこち見まわった後で指摘事項を確認するために、菊原技師の座った会議卓へと集まった。


 まず帆足大尉が発言する。

「艤装については、操縦席内の配置は十五試水戦の操縦席配置を引き継いでおり、計器や操作スイッチ類の配置についてはあまり問題がない。風防も十五試水戦のものと類似した形態と思うが、外部への視界は良好である。但し、着陸時の前下方の視界が不良である。操縦席前方の胴体が太くなっているため、着陸時に滑走路を視認しようとする場合に支障がある。もう一つ、この機体は前部に車輪があるが、離陸時と着陸時に機首を持ち上げると胴体尾部が地面に接触する可能性がある。尾部に小さな車輪かそりが必要と思う」


 私の横に座った、三木大尉が解決案を発言する。

「操縦席を思い切って、もう少し前方に移動したらどうでしょうか。機首に機銃や無線機を配置することを前提にすると、操縦席はこの位置になるのかもしれないが、機銃本体を胴体下面に収容することを考えれば、操縦席はもう少し前方に移動できると思います。胴体前部の断面は単純な楕円形ではなく、もっと肩の部分をそぎ落とした形状にして、胴体の下側の断面は膨らませる形状とすれば視界の確保と容積の問題も解決できると思います。ちょうど断面の形状が楕円形とおむすび型の中間的な形状が良いのではないでしょうか」


 私からも指摘しておこう。空気取り入れ口の形状がまずは気になる。それと太い胴体と尾翼の関係が、水平きりもみ、すなわちフラットスピンの危険性を連想させる。

「主翼付け根のジェットエンジンの空気取り入れ口は、胴体表面の境界層を取り込まないように空気取り入れ口に境界層の分離板を備えることが必要です。図に書くとこんな感じの空気取り入れ口になります。それと垂直尾翼ですが、このままでは、前下方からの気流に対して、胴体と水平尾翼が邪魔して水平きりもみに陥る可能性があるように思います。垂直尾翼をもっと後ろに移動して、垂直尾翼ももっと背を高くして、前縁も九九式艦爆のようにフィレット付きとして方がよいようのではないでしょうか」


 三木大尉が私に続けて意見を述べる。

「水平きりもみ特性が悪そうに見えるというのは私も同じ意見です。十二試艦戦でも似た問題がありましたが、水平尾翼の位置と垂直尾翼の形状を変更して直ぐに解決しています。この機体はきりもみ特性に着眼した風洞試験が必要と思います。次に、離着陸時の速度をできるだけ下げるために、ファウラーフラップに前縁スラットを追加することを推奨します。もう一つ主翼についてですが、この主翼は層流翼型ですよね。余計なお世話かもしれませんが、表面を相当平滑にしないと層流翼の効果は出ません。中島などでは外板を厚板にして内部のリブを減らすとともに表面を平滑化することが考えられています。これは工作の手間を減らす観点からも有効ですよ。図面をもらえれば空技廠の風洞でも試験をしてみますが、風洞模型を作成できる図面をもらえますか?」


 直ぐに菊原技師が答える。

「もちろん、必要な図面は提供します。ぜひ、空技廠さんでも風洞試験をお願いします。今日の意見を聞かせてもらって、胴体の形状についてはほとんど再設計となると思いますが、今の時点でいろいろ意見を聞かせてもらって助かりました。私からの質問ですが、この機体は我々としても初めてのジェット戦闘機ですので直線翼として開発することとしました。一方、それとは別に空技廠で原理を聞かせてもらった後退翼については、我々も社内でこれから本格的に検討します。東大の航空研究所などからも意見を聞いているのです。そこでこの機体にも改良型として後退翼を取り付けることを考えています。今日は、後退角を15度とした簡単な図面をお持ちしたのですが、この程度の翼でも効果はあるでしょうか?」


 この質問は私から回答しておこう。

「現状、目標としている機体の速度性能からは、今日の木型の直線翼で対応できると思います。しかし、ジェットエンジンは、すぐに高性能化されるので、音速の80%制度の速度になった場合は後退翼が必要となります。その時でも、この図面にあるような15度の後退角で十分と思います。空力特性が変わりますので、なるべく早く後退翼の風洞試験に着手することをお勧めしますよ」


 我々からの指摘を受けて、川西では全力で開発がすすめられた。設計方針が決まると、どうやら川西は設計者の数に対して開発機種が少なかったらしく、設計は三菱や中島以上に早かった。ちなみに層流翼断面の主翼構造は十五試水戦の主翼構造を踏襲することにより、設計期間を短縮しているとのことだ。しかし、元々前原副社長が強調していた十五試水戦で川西が蓄積した資産を利用して局地戦闘機を短期間で開発できるというのは、ほとんどお題目だけになって、主翼の一部以外は全部新規設計になったと言っていいだろう。

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