12章 ジェット戦闘機列伝

12.1章 十六試局地戦闘機の始まり

 TJ-20エンジンは試験に基づいて順次改修が行われ、昭和16年1月には、ほとんど量産可能なまでに完成度が高まっていた。推力も800kgに到達したため、ジェットエンジンを搭載した高性能機も実現できると考えられた。但し、この時点ではまだ、ジェットエンジン試験機の橘花は初飛行していない。このような開発状況を察知して、航空本部内の高速戦闘機推進派はジェット戦闘機の検討を内々に開始した。戦闘機にとって速度こそ命だと考える彼らは、大幅な速度の向上をもたらす新型エンジンを、今まで待ち望んでいた回答だと思ったのだ。高速戦闘機の検討を始めると、短期で実現可能な案として、橘花を基礎として、戦闘機への変更を織り込んだ局地戦闘機の開発が最短の候補となる。


 このような動きは空技廠の橘花の設計主務である三木大尉の耳にも入ってきた。このような、航空本部内の動向に対して、三木大尉が私のところに相談に来た。


「航空本部で、ジェットエンジンを搭載した局地戦闘機を検討している。ジェット戦闘機実現の近道として、橘花の戦闘機への改造が有力候補となっているそうだ。この話を中島飛行機にも伝えて、具体的に検討開始してもよいものだろうか? それとも航空本部からの正式な決定を待つべきだろうか? 橘花が飛行して、高性能が実証されれば、いずれ正式に開発要求が出ることになるとは思う」


 これから橘花が成功するのは間違いないだろう。いや、多少の不具合があっても解決して成功させる覚悟だ。それを前提として、ここは開発期間を優先すべきだ。


「TJ-20とTJ-30の成功は、現時点の実験結果からほとんど確実だ。橘花はまだ飛行していないが、ジェットエンジンが想定通りの性能を発揮できるならば、我々が見積もった性能を達成できるだろう。試験飛行で性能が証明されれば、航空本部からジェット戦闘機の早期開発要求が間違いなく出てくると思う」


「それについては、全面的に同意する。その前提で、中島に何か言うことが可能なのかどうかだ」


「航空本部内の情報をそのまま外部に漏らすのは良くないが、我々の個人的な予想として中島に話すのは許されるだろう。その話を聞いて、戦闘機の開発を進めるかどうかは中島飛行機が社として判断することになる。あくまでも中島飛行機が自社の責任において、自主的に橘花を基にしたジェット戦闘機の検討に着手してもらう。開発期間を短縮するための行動なのだから、開発要求書が出たら、結果的には了解されるだろう。いずれ航空本部から要求が出て、ジェット戦闘機として正式に開発着手されるので問題がなくなるはずだ」


 ここは、もう少し、背中を押してやろう。

「何度も言っているが、英国やドイツではジェットエンジンの実験機が既に飛んでいるよ。我々は、全然先行していない。差が広がらないように行動しなければならない。ついでに言っておくと中島だけに話しをするのは不公平だろう。G6実験機として三菱もジェットエンジンの実験に参加しているのだから、彼らにもジェット戦闘機の開発要求の発出の可能性について、我々の想像を話してもよいだろう。但し、情報を漏らしたとして、文句を言われることがあるならば、我々二人が罰を受けることになるだろう。それは覚悟しておく必要がある」


 まもなくジェット局地戦闘機の開発について始まるであろうことを、我々が想像した話として、非公式に中島と三菱に伝えた。


 中島飛行機は三木大尉を相談相手として、橘花の戦闘機への改造についてすぐに検討を開始した。中島飛行機は、橘花の改造なのだから、極めて短期間で開発することが要求されるということを十分理解していた。


 戦闘機への主な変更点は、複座型の試験機として設計されていた橘花を単座に変更して、胴体内燃料タンクを元の後席位置に増設して燃料搭載量を増加する。更に、機首に20mm機関銃4挺を装備した。操縦士の防弾装備及び燃料タンクの防火装備は、十四試局戦に準じた装備が前提になる。発動機はまだ決定できないために、ネ20又は、ネ30双発を装備できるように、双方のエンジンに対応したボルト止めのポイントをエンジンの支持架と主桁と補助桁の間に設けることとした。


 ジェットエンジンの運転可能な寿命を考えると、しばしばエンジンの交換が発生するだろう。そのため、エンジン交換時にはウィンチで支持架のついたエンジンを吊り下げながら、固定用のボルトを取り外して、そのまま下方に降ろして、エンジンを短時間に交換できる方法を考案した。主翼下面にはウィンチのフックをかけて、吊り上げと吊り下げができるの強度を持たせた支持ポイントをあらかじめ準備した。更に、燃料の増加と武装の追加により、全備重量が増加したため、脚の強度を増すように改修した。


 主翼については、重量の増加と戦闘機としての旋回戦闘が可能なように強度の増加が必要と考えられた。しかし、橘花の強度試験機の結果が出てくると、想定以上の強度が確保されていることが分かったため、外板の厚さを増して強度を増加させるにとどめた。


 もともとジェットエンジンを動力とする機体は、低速での加速性が悪いにもかかわらず、翼面荷重が高くなるので離陸は大型機の様に滑走路をいっぱいに使ってしまう。試験飛行を横須賀ではなく、木更津で試験を行うこととしたのも滑走路が長いためだ。このため、離着陸速度の低減のためにフラップの面積を増加させて、更にファウラー式フラップを2段の親子式の張り出しフラップに変更して、ドイツのメッサーシュミットを参考にしたスラットの幅も増加させた。機体の全備重量の増加に対応するために、エンジンよりも内側の内翼部は少しでも翼面積を稼ぐために胴体の付け根から三角形に前方に張り出すように拡大した。これにより、見かけ上は内翼の後退角が増大して、内翼の翼厚比が減少することとなり、結果的により高速向けの主翼の形状となった。


 昭和16年5月になって、木更津飛行場で橘花が飛行試験を開始して、400ノット(741km/h)を超える速度を発揮すると、直ちに航空本部から十六試局地戦闘機として設計計画要求が発出された。橘花の飛行により、ジェットエンジンの実力が実証されたことが、短時間での計画要求の理由とされた。しかし、実際は、山本大将が橘花の試験飛行を視察して感銘を受けたため、トップダウンでジェット戦闘機の開発を強く要求したためだとも言われた。我々の想定通り、十六試局地戦闘機として中島飛行機及び三菱重工に高速戦闘機の開発計画要求が発出された。


 以下に十六試局戦設計計画要求書を示す。


・エンジン:昭和16年9月末までに審査合格のジェットエンジン

・最大速度:高度6,000m において400ノット(741 km/h)以上。可能なれば440ノット(815 km/h)を目標とする。

・上昇力:高度8,000m まで10分以内、上昇限度12,000m 以上。

・航続力:正規 最高速(高度6,000m)で0.5時間以上、加えて巡航速度で1時間、過荷重 巡航速度で3時間以上

・空戦性能:旋回が容易で、特殊飛行ができること

・着陸速度:80ノット(148km/h)以下

・武装:20mm 機銃4挺

・爆装:25番(250kg)爆弾2発

・その他:操縦員の前方に防弾ガラス、背面に防弾鋼板を装備すること。防弾ガラスと防弾鋼板は12.7mm機銃弾が貫通せざること、燃料タンクは防火機能を有すること。

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