7.3章 十四試局地戦闘機の開発
十四試局地戦闘機の開発についての物語に戻そう。360ノット試験機の成功により、十四試局戦のエンジンは、誰もがMK5Aを使用することに納得した。三菱の堀越技師は、速度試験の結果について試験当日に空技廠から報告を受けた。360ノット試験機の成功を聞くや否や海軍側の決定に先駆けて、堀越技師はMK5Aの使用を前提に十四試局戦の基本設計を開始した。開発中のMK5Aエンジンを前提として、性能試算や機体規模の計算を実施した。なお、既にこの時点でMK5Aに強制空冷ファンを付加して、前面抵抗を縮小させることを有望な案としていた。
昭和14年10月には、十四試局戦設計計画要求書が海軍で審議され、三菱に公布された。私のような空技廠の関係者にも、海軍側の要求条件を示すこの文書が開示された。以下に十四試局戦設計計画要求書の一部を示す。
・エンジン:昭和15年9月末までに審査合格のエンジン
・最大速度:高度6,000m において340kt(629.7km/h)以上。可能なれば360kt(666.7km/h)を目標とする。
・上昇力:高度6,000m まで5分30秒以内、上昇限度11,000m 以上。
・航続力:正規 最高速(高度6,000m)で0.7時間以
:過荷重 公称出力40%以上(増槽付き)で、4.5時間以上
・着陸速度:70ノット(130km/h)以下
・空戦性能:旋回及び切り返しが容易で、特殊飛行ができること
・武装:20mm 機銃4挺
・その他:操縦員の前方に防弾ガラス、操縦員の背面に防弾鋼板。防弾ガラスと防弾鋼板は7.7mm機銃弾が貫通せざること、燃料タンクは消火機能を有すること。
十二試艦戦に比べて、速度性能の要求が非常に高くなっている。これは、私たちが360ノット超えの実証実験を成功させた影響も大きい。特殊な改造をした実験機といえども、既に開発された機体と発動機をもとにして、360ノットが実現できるならば、これから開発する戦闘機はこの程度は可能であろうという数値になってしまったのだ。上昇力も向上させることが要求されているが、既に正式化が間近となっている十二試艦戦が6,000mまで、6分25秒の記録を出しており、新規設計ならば1分程度の改善は困難ではないと考えられた。また、当初の想定通り、空戦性能の要求は艦戦に比べて抑えられている。武装については、4挺の20mm機銃が要求されて十二試艦戦よりもかなり強化された。
十四試局戦では、機首の太さに影響のある空冷エンジンの搭載を前提として、胴体の抵抗削減を両立させるために、どのような胴体形状が適切であるか、空技廠でも重大な課題となっていた。当初空技廠では、カウリング前面をできる限り絞り込んで、胴体全体の40パーセントの位置を最も太くする紡錘形の胴体が、空力抵抗の少ない形状として提案された。考え方としては最大厚さの位置を翼中央部近くとして、前端から最大太さまでの区間で、胴体表面上に層流を保つことで抵抗を低下させるという層流翼の考え方に近いと思う。この胴体形状は、空技廠の風洞実験データに基づいて導き出したとされている。
しかし、私と三木技師はこの見解に異議を唱えた。三木技師は独自に風洞試験を繰り返し、より細い胴体形状が実際には低抵抗であるということを検証しようとした。未来のミリタリー知識のある私は、明らかにあの雷電の太くなった胴体は必要性がなかったということが判明したと思っている。雷電は、同じような性格の戦闘機として陸軍の鍾馗と比較されるが、ミリタリー本では鍾馗の胴体、あるいはクルトタンクのFw190の胴体が成功と記述されている。私自身もその意見に全面的に賛成だ。
堀越技師が、十四試局戦の性能試算と機体の一次報告に空技廠を訪れた際に、胴体形状の議論となった。飛行機部の山名技師は、空技廠のデータと東京帝大の航空研究所のデータも示して、涙滴型に整形された中央部が膨らんだ形状の胴体の空気抵抗が小さいことを示した。
「……以上説明したように、複数の風洞実験で得られたデータから、胴体の最大の太さを40パーセント位置とする流線形が最も抵抗値の小さくなる胴体形状と考えます」
あの太った雷電の胴体に至る道のりの始まりだ。これは阻止したい。
同じ飛行機部でも三木技師は私と同じ考え方をしていた。但し、この考えは飛行機部では少数派であり、かなり旗色が悪い。
「私の見解は異なります。先に提示された模型による風洞データは実際の機体の空力的抵抗を必ずしも正確に示していないと考えます。そもそも模型と実物の機体では大きさが異なり、レイノルズ数が大きく違います。表面の平滑度に関しても模型ではほとんど凹凸のないきれいな表面であるのに比べて、実際の機体では凹凸が存在しており、表面の層流は直ぐに乱流となります。これらの差異により、風洞の実験結果が示すほどは、中央の膨らんだ胴体形状の抵抗値は小さくはなりません。機体表面の摩擦抵抗を考えると、むしろ胴体の太さを細くして、機体の表面積を縮小する方が抵抗減少に効果があると考えます」
山名技師が反論する。
「定性的な議論で反論しているが、それを実証する具体的な数値は示せていないでしょう。私は少なくとも、風洞試験データとして私の理論を証明している数値を示しています。それがなければ単なる推定でしかない」
「風洞実験については、我々が保有する風洞では、レイノルズ数を実際の機体に近づけた正確な実験を行うことは不可能なのです。米国の風洞のような実物大の試験ができる風洞があれば可能なのですが、今はまだ概略のデータだけしか示せません。風洞の空気温度を下げた試験をすれば、レイノルズ数をある程度近づける効果があります。可能な範囲で低温にした風洞試験の結果は資料に示す通りです。本来はもっと有意差があると考えますが、このデータでも山名さんの主張のような紡錘型の胴体でも抵抗が改善されていないことが示されています。更に、摩擦抵抗が速度に及ぼす影響については、十二試艦戦の試作機において、5号機以降の機体でエンジンを変えていないのに、速度が10ノット程度増加するという出来事がありました。これは、主翼の強度増加のために翼の外板の厚さを増しましたが、厚板化により翼の表面が平滑となることにより速度が向上したと考えられます」
私も空力の専門家ではないが、反論してみる。半分はオタクの未来の知識だ。
「胴体の周りを流れる気流は、プロペラの圧縮により周りの大気よりも圧力が高められた状態となります。つまりプロペラ後流は、単純に後方に流れるだけでなく、圧力の影響で圧縮された気流が胴体の外側に向けて拡散してゆきます。このような拡散して流れる気流を前提として考えると山名技師が示した形状ではなく、むしろやせた胴体形状の方が抵抗値を少なくできると考えます。細い胴体の形状を整えて、表面をできる限り平滑化することにより、現実的にはかなり抵抗を削減できるのではないかと考えます」
「そのような形状の実績はあるのですか?」
「実は、昭和14年の夏に類似の胴体の形状の戦闘機が飛行しています。ドイツのクルトタンク博士が設計したFW190です。この戦闘機は成功して、傑作機になりますよ。加えて我々が、速度試験を行った十二試艦戦の改造機が360ノットを超えたという事実がとても重いと思います。少なくとも、十二試艦戦の胴体は山名技師が示した理想的な胴体形状ではないが、十四試局戦の要求速度に匹敵する速度を達成しています」
この日の会議は空技廠が主催しているので花島廠長が最高意思決定者となっている。
「堀越さん、互いに異なる両者の意見の根拠は理解したと思う。私自身はどちらの意見が正しいと判定を示すことはできないが、十二試艦戦の速度試験機が示した速度は誰も否定できない現実だ。そのことも勘案して設計主務者として、海軍の要求条件を満たす方針を決定してほしい」
堀越技師もこの件はさすがに悩んでいるようだ。
「わかりました。私の方でも検討させてもらいます。それと、ドイツのFW190については私も注目していませんでした。これからよく調べてみます。それとは別に私の方から依頼があります。エンジンについてですが、機首の空気抵抗を考えると強制空冷ファンを前方に備えて冷却することとしたいのです。エンジンの変更になりますがよろしいですか」
花島廠長が私に会話を振ってくる。
「私は、問題ないと思うがMK5Aの担当はどのような意見か?」
「空冷ファンを付けることには賛成します。但し、エンジンの出力軸をあまり長く延長して空冷ファンを取り付けるのは、エンジンの振動特性の悪化の観点から避けた方がよいと考えます」
堀越技師が答えた。
「了解しました。あまり、出力軸を延長しない範囲で機首の形状を考えましょう」
打合せ後に、個別に堀越技師と話すことにする。360ノット試験機の結果が出たことから、私の話は実現可能な話としてしっかりと聞いてくれる。
この際、雷電で問題視されたことをあらかじめ話しておこう。最初から問題を避けられれば、開発はかなりスムーズになるはずだ。
「胴体の太さについては、先ほど説明したように十二試艦戦の胴体と同程度がいいと思いますよ。飛行機部のいう紡錘形にしたら、操縦席で宴会ができそうだなどと操縦士から馬鹿にされるだけです。加えて、今日の議論では出ませんでしたが、胴体を太くすると前下方の視界が悪くなります。視界が十二試艦戦から劣ると離着陸が困難であるとか、空戦時に不利だとか、後になって実戦部隊から問題視されますよ。また後方の視界も十二試艦戦のように風防を水滴型にして視界確保しないと改善要求が出ます。速度を優先すると主翼は小さくしたいが、これもやり過ぎると着陸速度が早くて難しいと文句が出ます。フラップをファウラー式にして、できるだけ面積を大きくすることで着陸速度を下げることが必要と思います」
堀越技師が慌ててメモを取り始める。
「なるほど、操縦士の視界の点でも配慮が必要なのですね。ファウラー式フラップは、私も今回は必要と考えていました。電動式で動かそうと思っています」
「電動は、あまりお勧めしません。前線で整備する部隊のことを考えると、今までのわが軍の軍用機は油圧で動かしていましたから、電動機には慣れていません。しかも我が国には小型で性能のよい電動機がないので、重量も想定ほどには低減しないと思います。十二試艦戦と同じ仕掛けで動作可能な部分は、脚の動作を含めて変えるべきではありません。それと、生産性のことですが、十二試艦戦は要求条件が高かったので性能優先でしたが、今回は製造の容易化を考える必要があります。この機体は海軍のかなりの部隊が装備することになります。作りやすく、整備しやすく、更に部品と鋲の数を減らすことが必要です。アルミ溶接なども考える必要がありそうです」
「かなり難しいご意見ですね。アルミ溶接については、実は私も外板の工作の一部に使おうと考えていました。胴体などの表面を平滑にできるという効果もありますので。貴重な意見をありがとうございます。でも、私も三木さんなどと同じで、鈴木さんの言うことは結構当たると信じていますよ。誰が何といっても360ノット実験機の成功は事実ですから。加えて、金星馬力向上対策などもうまくいっていますからね。わが社の発動機部門では前から、鈴木さんの予言は当たると話題になっていますよ」
昭和15年2月になると、三菱の設計がかなり進んで、第一次木型審査が行われた。零戦の木型審査と同様に、空力や機体の担当だけでなく、発動機部も艤装などの確認のために呼ばれた。さっそく胴体が零戦並みの太さになっているのを確認して安心する。三木技師も自分の意見が取り入れられて、にやにやしている。風防はファストバック式ではなく、水滴型となって、未来の私の知識からは烈風をやや小型にした機体の様に見える。いつもの永野、三木、川田、北野と私の空技廠からのメンツがうろうろしていると、曾根技師が説明用の資料を渡してくれる。
「この度はありがとうございます。鈴木さん、三木さん、川田さん、北野さん、昇進おめでとうございます。皆さん軍服がお似合いですね。馬子にも衣装という言葉がぴったりですね」
横で永野大尉がその通りと言いながら大笑いしている。三木大尉は、恥ずかしいようでその話題は早く変えたいようだ。
「あの~、にわか軍人をからかうのはそこまでにして、仕事しましょうよ」
挨拶もそこそこに、曾根技師から機体の概要を説明してくれる。
機首は強制空冷ファンを装備して、エンジンの主軸の延長は十数㎝として、カウリングの先端部を絞り込んだ外形としている。スピナは零戦より大きく先端がとがった形状となっており、高速機を意識している。もちろん360ノット実験機の影響だ。
エンジン直径ぎりぎりに設計したカウリング後方に、推力排気管を配置して排気流の推力を推進力として利用するとともに、排気によるカウリング内の空気流の吸出し効果を利用する点は零戦と同様だ。推力排気管は左右の胴体側面に沿ってきれいに整列させて配置して、排気が流れる胴体側面にへこみを付けたため、五式戦と類似の形状になった。
MK5Aの装備が前提となったことにより、零戦に比べてエンジン直径がやや大きくなったが、胴体全体の外形はほぼ零戦と類似の形態となった。但し、胴体のサイズは若干大きい。風防も零戦よりも枠の少ない水滴型となっていて、未来の知識のある私の感覚からは、小型化した烈風のように見える。
主翼については、高速化を狙って、零戦より小面積としたが、離着陸性能と高空での運動性の確保の観点から、1次検討案の20平方メートルから最終案では21.5平方メートルに増加されたとのこと。生産の容易性や機銃の翼内搭載を考慮して内部は一本桁構造になった。主翼の翼型は層流翼を胴体側に、外翼側を従来翼型とした。層流翼は失速特性が良くないため、外翼をより失速特性の良好な従来翼型とすることで翼端失速を防ぐ意図とのことだ。13.2mm機銃と20mm機銃の武装は全て翼内に配置している。
フラップは、小面積の主翼でもできる限り着陸速度を下げるために、ファウラー式とされ面積もできる限り大きくされた。補助翼はフラップの拡大の影響もあり零戦よりやや小面積となっているが、金属張りで高剛性化している。フラップは、空戦時も後方に張り出して空戦機動が容易になるとのことだ。主脚やフラップの動作については、油圧式とすることに決定した。油圧機構は零戦の構成をほぼ踏襲し、一部は同じ部品の使用を予定していると説明された。
プロペラは、4枚プロペラが装着されていた。プロペラ翅の形状は、先端部までブレード幅を広げたしゃもじに近い形状となっている。直径は、明らかに零戦よりも大きい。プロペラ直径は3.5mを予定しているとのことだ。
あちこちを見学していると、私のところに堀越技師がやってくる。
「今日はありがとうございます。いろいろご意見をいただきましたが、私たちで検証して、これは正しいと納得した指摘は採用させてもらいました。ご意見に加えて、設計の参考にすべき見本があるといって、三菱の若手技師に360ノット試験機を見学させました」
私からも感謝を示しておこう。発動機担当としての意見もここで話しておく。
「私の意見もいろいろ取り入れてもらってうれしいです。エンジンの艤装ですが、過給機への空気取り入れ口はカウリング内部に開口して、吸気していますね。零戦のようにカウリング上部の開口部から、エンジン冷却空気とは別に取り入れる方法もあります。この方法では形状抵抗は増えますが、高速時に空気のラム圧を利用できる効果があります。現状、私にはどちらの方法が優れているかの判断材料がありません。一つ言えるのは、MK5Aは審査終了間近ですが、恐らく海軍から高空性能の向上のために過給機を2段化する要求が出ます。その場合は、過給機への吸入空気と圧力を増した空気の冷却用空気の双方を取り入れる必要が出てきます」
「更に潤滑油の冷却もカウリング内におさめていますが、こちらもエンジンの都合で潤滑量を増やすこともあります。その場合は、別に開口したほうが対応が容易でしょう。別案として、潤滑油の冷却と過給器への吸気をそれぞれ主翼付け根の左右に吸気口を開口する案もあり得ます。この場合、カウンリングには余計な張り出しはなくなります」
「う〜ん、ちょっと悩みますね。私としては機首に極力余分な突起は設けたくないと考えています。現状の配置のままでもエンジン前面の開口部をもう少し大きくすれば、過給器への空気量や、潤滑量が増えても対策は可能ですがどうでしょうか」
堀越技師がFW190の機首を見ることができれば、参考になるだろうなと思ってしまう。
「私は、エンジンを冷却して温度上昇した空気が吸入されることを懸念しています。そうなれば、エンジン自身の効率も潤滑油の冷却性能も低下しますからね」
遅れて、三木大尉と北野大尉がやってくる。
「何とか定速4枚プロペラが間に合ってよかった。我々空技廠のプロペラ研究班の成果も活用してくれているようでうれしいです。空力の面での指摘はあまりないですが、やはり層流翼の効果が気になりますね。かなり翼表面を平滑にしないと効果が出ないですよ」
曾根技師が答える。
「おっしゃる通りの懸念点があります。翼の外板の厚さを増して平滑度を上げるように考えています。但し脚の収容とか、機銃の装備とか平滑度を妨げるものが結構あって悩んでいます」
一つだけ思い出したことを曾根技師に話しておこう。
「エンジンの出力が大きくなったので、プロペラ回転の反作用で機首の回頭が顕著になります。これは360ノット試験機でも問題になりました。対策として垂直尾翼を左に偏向させておくことが考えられます。上から見て垂直尾翼を気流に対して、左に2度か3度迎え角をとらせるということですね」
「なるほど、離陸時の回頭が操縦を難しくしそうだなとは思っていましたが、それで解決できそうですね」
「2,000馬力が頭の向きを変えさせるときの離陸の難しさは、360ノット試験機で経験済みだよ。新米だと滑走路からはみ出てしまうかもしれないねぇ。それにしてもこの機体はなかなか、格好がいいねぇ。零戦に比べて力強さがあると思う」
振り向くと、下川大尉と小福田大尉だ。そうだ、雷電で問題になった視界の件を質問してみよう。あとから問題があると言われたらたまらない。
「操縦席からの視界はどうですか? 離着陸時は、ななめ下側も見えないと困りますよね」
何故か敬礼して、小福田大尉が答える。私も、さまにならない答礼をする。
「実際に座って確認しましだが、零戦とほぼ同じような視界になっていると思います。わずかに胴体が零戦より太いように思いますが、ほとんど差はないので、前線パイロットも気にしないでしょう」
下川大尉も同じ意見のようだ。
「私も視界は大丈夫だと思います。それよりも今回もまたやるんでしょ? その時は私がまた一番乗りですよ」
「え? 何をやると言っているのですか……あっ! 速度試験機ですか。いやいや速度試験の計画なんて全くないですよ。あてにしないでください」
「すぐには、あきらめませんから。まぁその前に十四試の開発が成功する必要がありますので、それにまず全力で取り組みます」
零戦開発の経験も生かされており、今回の木型審査は順調に進んだ。
昭和15年4月には、第二次の木型審査が行われて、実機の設計がすすめられた。結局、私が指摘した潤滑油冷却空気口はカウンリングの下に開口する案になった。過給器への吸入口はカウリング内に設けたようだ。
昭和15年10月には、構造試験用の0号機が完成して、強度試験が空技廠で開始された。もちろんフラッターの分析による強化はされており、翼の強度は十分だ。
私は、どうしても確認したいことがあり、強度試験場を松崎技師と共に訪れた。強度試験機なので、強度に関係ない動翼や武装、それに発動機も外している。名目上の確認項目は、発動機架について確認するとしている。0号機には、脚が取り付けられている。脚の強度試験が必要だからだ。私は、発動機架の確認は短時間ですませて、胴体尾部のところに移動する。尾輪は引き出し状態で、しかも胴体の最尾端のあの堀越技師の設計特有の尾部がとがった整流用のカバーは取り外してある。このため尾輪の引き込み機構が一目でわかる。そこを覗き込むとやはり問題がありそうだ。この十四試局戦は未来の私の記憶にある雷電とは随分形状が異なっているが、何故か同様の問題点はそのままそこに存在していた。歴史は繰り返すということなのか。
私は、大げさにその場で発見したという演技をする。
「大変だ。尾輪の引き込み機構だが、このまま引き込むと昇降舵の操作管とほとんど余裕がないぞ。操作管が押されて、昇降舵の操作が不可能になる可能性がある。そうなれば、墜落だ。尾輪の引き込み機構と昇降舵の操縦系統の間隔をもっと広げるように設計変更の必要がある」
史実の帆足大尉は、雷電試験機に振動試験のために搭乗して、離陸直後に突然機首が下がって、そのまま機首を引き起こすことができずに墜落して殉職した。原因は脚引き込みを行うと、胴体内に引き込んだ尾輪が昇降舵の操縦系統を圧迫して無理に下げ舵として機首上げを不可能にしたことだと判明した。ミリタリーオタクとしてこの事故を知識として知っていた私は、それを防止するために強度試験機を見学したのだ。
私の指摘はすぐに三菱に伝えられ、設計変更が行われた。未来の私から見ると過去の事実だが、この世界ではこれから起こる可能性の一つだ。これで、雷電試験時の墜落事故を防ぐことができたのだろう。
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