6.5章 4枚プロペラの検討

 昭和13年6月に2,000馬力級の発動機の開発が開始されると、高馬力に対応した定速プロペラが必要だということになった。ところが、そもそも1,000馬力級のエンジンに対応した定速プロペラさえ国産化が開始されたばかりで、まだ量産化の途中だ。プロペラ翅については、幸い金星50型の馬力増加に対応させた改良版プロペラ翅があるので、当然、改良版の適用が前提となる。


 昭和13年10月になると、国内生産の定速プロペラに対して、住友金属が社内で動作試験が終わったとのことで、航空廠に試験用の定速プロペラが納入されてきた。すぐに、飛行機部で試験に着手した。三木技師と私は、次のプロペラも可能だろうと思って、住友金属に連絡して、次期の定速プロペラの開発について打診した。航空廠には望月技師が住友金属の部長と共に説明にやってきた。


 まずは、私から説明する。

「先般電話でお話した通り、我が軍では、2,000馬力級の発動機の開発を行う予定です。当然プロペラもそれに対応したものとする必要があります。我々の試算では、現状の3枚プロペラのままでは、直径が4メートル程度になってしまうと考えています。これでは、実際に航空機に取り付けるためには、非常に長い脚が必要となり受け入れられないと思われます。それを4枚プロペラにできれば、直径は3.5メートル前後にできるので、航空機に取り付け可能になります。まずは、4枚翅の定速プロペラの開発について検討をお願いしたいのです」


 私が知っている歴史では、艦偵の彩雲のように3枚プロペラのままで、苦労して航空機として成立させた機体もあるが、かなり長い脚になった。加えて、F4UやFW190のような2,000馬力近い機体でも3枚プロペラの事例もあるのだが、ここでは一般的には、3.5メートルくらいが適切だろうと思って説明した。いずれ時間が経過すれば、VDMプロペラの製造という案が出て来るのだろうが、この時点ではまだVDMはドイツでも完成していない。


「住友金属の岩井です。前提をまずご説明しますと、我が社は現状、米国からライセンスしたハミルトンの定速プロペラの生産を開始したばかりです。地上での試験は既に行っていますが、実際に航空機に取り付けての試験は、これから実施されることになっています。新しいプロペラの必要性はわかりますが、現状のプロペラの試験が完全に終了してからお願いします」


 続けて望月技師が説明を始める。

「もともと我が社は米国で開発が完了したプロペラをライセンス生産しています。図面を受け取り、さらに製造用の治具と加工のための工具も米国のハミルトン社と同一のものをそろえています。それを使って、米国とできる限り同一で高品質のプロペラを製造するために努力しています。つまり、設計をするよりも、いかにしっかりと製造を行うかということに注力してきたのです。従って、技術者も生産技術の分野の者がほとんどで、プロペラピッチ変更の仕掛けや油圧制御部の設計に対する技術者は非常に少ないのです」


 望月技師は、発言が理解されたかを確認するように見回した。

「私は、生産したプロペラの動作に不具合が出た時の解析と調整を行っており、その少ない分野の技術者に該当しますが、それでも油圧で駆動する機構の設計を行えるわけではありません。つまり設計可能な技術者は日本にはいないことになります。しかも、米国の禁輸措置により、ハミルトン社で開発中の最新技術は、導入することが不可能になってきました。そこで将来は、技術導入が可能なドイツのプロペラ技術の導入を考えているのです」


 いきなり、問題にぶち当たってしまった。そもそも日本には定速プロペラの機構部を設計できる人材はいないと言うことか。言われてみれば、私の前世の記憶もそれと矛盾していない。ハミルトンもVDMも陸軍のラチエも他国からのライセンス導入であり、日本では独自の恒速プロペラの設計はできなかったはずだ。


「それは、やむをえませんね。我が方でも検討をしてみます。現状のプロペラの図面の資料の写しを渡してもらうわけにはいきませんか? 治具についての資料も必要と思います」


 これについては、岩井部長が発言する。

「持ち帰り確認させてください。図面については米ハミルトン社の権利関係の確認が必要です。当然ですが、図面の写しを渡すことが万が一できてもプロペラを製造することは許可できません。部品製造もダメです」


 エンジンができてもそれに適したプロペラがないのは困る。航空廠内でどの様に対応すべきか、関係する部長に上げることにする。関係部長は飛行機部長の飯倉大佐と発動機部長の花島少将だ。定速プロペラに関する状況の整理の結果、以下の当面の結論を得た。


・現状の3枚構成の定速プロペラの試験をまず行い、安定動作するプロペラをわが国で入手可能とする。プロペラの試験は飛行機部で実施するが、新規の発動機に取り付けて動作確認する場合は発動機部が実施する。

・2,000馬力級の発動機の定速プロペラを確保することは必須である。現状のハミルトンプロペラの改造により実現する手法と、海外より条件を満たすプロペラのライセンス導入の双方の手段を当面検討する。2つの手段のうちで一方の実行可能性が著しく高まった場合、他方を中止する。

・ハミルトンプロペラの改造は、機械設計の可能な人員を有する発動機部が担当する。

・プロペラ翅の形状の改良は、既に新たなプロペラ翅の開発成果が出ている飛行機部のプロペラ翅開発チームに人員を補強して実行する。

・改造プロペラは航空廠で設計するが、定速プロペラの生産メーカーについては従来から変更しない。


 方針について異論はないが、住友金属でドイツのVDMのプロペラが生産されるのは2~3年くらい先になるはずだ。それではあまりに遅すぎる。しかも小型で強力な電動機が生産できないので、オリジナルから変更して強引に油圧による駆動式にするはずだ。そのおかげもあって、VDMは故障が多発する。


 ハミルトンより、信頼性が劣るVDMは避けたい。消去法で現時点では、ハミルトンプロペラの3枚から4枚プロペラへの改造案が残った。私の頭では、3枚でできることが4枚にできないはずはないと思われる。3セットの部品を4セットに増やして、軸受けなどの角度を120度から90度に変えれば割と容易にできるのじゃないかと思ってしまった。

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