6章 18気筒エンジン

6.1章 18気筒エンジンの始まり

 金星50型の開発が完了した昭和13年4月、十二試艦戦の開発が佳境となっていた。我々発動機屋は、機体よりも一足先に次のエンジン開発に着手する必要がある。そのような認識から、発動機部長の招集による会議が開催された。会議室に行くと、またも和田少将が真ん中に座っているではないか。


「それでは、航空機の発動機について、将来の在り方に関する会議を始めます」


 どうやら司会進行は、伴内少佐が行うようだ。

 和田少将が最初に打ち合わせの主旨を説明した。

「我々が扱う航空機向けの発動機は、少し前には1,000馬力には超えられない壁があるなどと言われていたが、それをあっという間に超えてしまった。今や1,500馬力や1,600馬力が当たり前になった。次世代は2,000馬力以上が目標になるだろう。欧州や米国でもそろそろ2,000馬力の発動機開発に着手しているとの話も聞こえてくる。本日は一歩先の発動機はどのようなものにすべきか、諸君から意見を聞きたい」


 花島部長が続けて発言する。

「今日は、技術の観点からの提言をお願いしたい。我々が目指す技術の方向性について聞かせてもらえると有難い」


 真っ先に、永野大尉が手を上げた。

「英国ではすでに2,000馬力級を目指して液冷24気筒エンジンの開発に着手していると聞いています。液冷12気筒で1,000馬力は開発できているので、24気筒で2,000馬力を達成しようという計画です。ドイツでは、もっと単純に1,000馬力のダイムラーのエンジンを2基組み合わせて2,000馬力超のエンジンと称している。大馬力を目指すならば、冷却性能に制限が少ない液冷エンジンが主流になるのではないかと考えます」


 私は心の中で、未来のミリオタ知識を思い出していた。ロールスロイスのバルチャーは開発中止、ネピアのセイバーも成功とはいえないでしょう。ドイツのDB606も結局失敗作だ。He177の足を引っ張った。景雲は飛ぶことさえなかった。我が国はこの方向に進んでは絶対にまずい。時間と労力の壮大な無駄遣いになるだろう。


 次は川田技師が発言した。

「米国では空冷星型で大馬力を目指していると聞いています。9気筒で1,200馬力を発揮しているエンジンを2列合わせれば、2,500馬力の性能は充分狙える範囲に入ってくるはずです。但し、単純に複列化しても内部はかなりの部分が新規設計となります。時間をかけて、いろいろ基礎実験してから開発が必要になるかもしれません」


 実験の話が出たので、次は中田技師が意見を述べた。

「気筒当たりの出力増加を狙って、大径シリンダーを採用する場合は、燃焼の安定化に限度があると考えています。ボアは160ミリ程度が大径の限界じゃないでしょうか。安定化のためにはできれば155ミリくらいにして、それもオクタン価の高いガソリンを使うことが必須でしょう。大径の気筒で苦労するよりも、私はむしろ空冷の多気筒化をする方が、結局早く実用化できるのではないかと思っています。14気筒を4列化して28気筒にすれば、3,500馬力も可能と思います」


 またも脳内でミリオタ知識を呼び出した。P&WのR-4360は、まあ成功したエンジンと言っていいのだろうな。但し、P&Wの技術力全開でも実用化までに結構、開発時間がかかったはずだ。


 松崎技師が反論する。

「さすがに48気筒は空冷が不可能ですよ。むしろ11気筒を複列化して22気筒とするほうが、3,000馬力については実現性があると思います。ボアも150ミリ近辺にすれば開発期間もそれ程長くはないでしょう」


 三菱のハ-50というエンジンがあるな。火星系のシリンダを22気筒化したはずだ。試作機の地上運転はしたようだが、終戦で開発が中断したので結果は不明だ。


 菊地技師も、松崎技師に負けまいとして、持論を展開する。

「11気筒の複列なんて、エンジンの直径が大きくなりすぎて、爆撃機か輸送機しか使えないでしょう。高速機向けには、やはり液冷で機体の表面の冷却法を併用できれば空気抵抗も小さくなります。液冷であれば、エンジン構成は、H型とかX型とか、W型などいろいろな構成が可能になります。大馬力というだけなら空冷でも可能となるでしょうが、高速軍用機向けのエンジンを選定とすれば液冷の大馬力を目指すべきじゃないでしょうか」


 さすがにみんなエンジンの専門家だけあって、持論がある。次第に、議論が白熱化してきた。

「鈴木君は、今日はちょっと静かだね。何か意見はないのか?」


 和田少将が、にやりとしてこっちを見ている。

「私はごく常識的な意見ですよ。欧米の動向については先ほど話がありましたが、これに我が国が追いつくためには、短期間で開発しなければなりません。そのためには我々の手の内にある技術的成果を、最大限活用する必要があります。つまり、結果の出ている14気筒エンジンを18気筒化するのです。我々は14気筒エンジンである程度の高出力化が実現できていますので、そこから気筒数を増加するだけで2,000馬力程度は可能になるでしょう」


 和田少将の目がもっと続けろと言っているようだ。

「我々は、金星の限界値を見定める試験で、回転数やブースト圧にまだ若干は余裕があることを確認しています。中島の発動機にもその程度の伸びしろはあるでしょう。国内各社の14気筒エンジンを18気筒化すれば、2,000馬力は充分実現範囲内に入ってきます。18気筒化しても、発動機の直径は既存の14気筒とそれほど変わりません。重量は増加しますが、今の航空機と同じくらいの大きさの機体に搭載できるはずです。しかも気筒の大きさは既存のエンジンと同じなので、共通化できる部品がいくつもあります。更に燃焼室が変わらなければ、シリンダ内の燃焼などの問題も少ないでしょう。つまり、かなり短期間で開発ができると思います」


 和田少将が納得してくれる。

「なるほど、説得力のある意見だ。私もまずは、既存エンジンの18気筒化という方針に賛成だ。18気筒化して、どこまで性能があげられるかは、さっそくメーカーにも検討してもらおうじゃないか。しかし、君の意見はあくまで近未来の発動機についての方向だね。更にその先のことも今のうちに検討しておくべきじゃないだろうか」


「18気筒の次は、ガソリンエンジンじゃなくなる。諸君には申し訳ないが、噴進式のタービンジェットが大馬力のエンジンにとって代わることになる。我々は一刻も早く、タービンジェットの開発に着手すべきだ」


 大声の方向を振り返ると、そこには、種子島中佐がいた。周りから小声のささやきが聞こえる。

「日本に帰ってきたんだ。相変わらず変わり者だねぇ」


 私はミリタリーオタクの知識から彼の発言が、これから正しいと証明されることを知っている。ここは、種子島中佐の応援をしておこう。ジェットエンジンの将来性に関しては、変わり者だと言っている方々が間違っているのだ。


「液冷でも空冷でも内燃式発動機がどこまでも性能が向上してゆくことはないと思います。技術的にできることが減ってゆくと、改善の余地は少なくなります。性能向上は不可能ではないが、そのためには大きな時間と労力が必要になる時が近づいているのではないでしょうか。私は、種子島中佐のタービンジェットという新しい技術分野を無視すべきではないと考えます。これから大樹になるかもしれない芽をつむべきではないと考えます」


 私の意外な発言に少しざわついたようだ。それでも、一通り意見が出たと考えたのだろう。花島部長が発言をまとめた。


「えっへん。貴重な意見を聞かせてもらった。私も短期で目指すものと、長期で目指すものの2種類があるだろうという意見には賛成だ。それを前提として、次の発動機は、18気筒という方向性にもなるほどと納得した。その次のことはもう少し時間をかけて考えよう。種子島中佐のアイデアも長期の目標のひとつとして、検討してゆくことに反対はしないよ。もう少しあせらずいろいろな案を検討してゆこうじゃないか」


 私はこの言葉に種子島中佐がニヤリとしているのを見逃さなかった。


 会議後に、さっそく種子島中佐と意見交換しておこう。ジェットエンジンこそが未来のゲームチェンジャーなのだ。

「種子島さん、日本に帰ってきたのですね。実は、私もタービンジェットは、これから本格的に開発すべきと思っています」


「おぅ、これから発動機部で本格的に仕事を開始するのでよろしく。どうやら俺は発動機工場の主任になったようだよ。それよりも、先ほどは俺の意見に賛成してくれてありがとう。航空廠にも君のような意見をいう者がいるんだな。すぐにでもタービンジェットの研究を一緒にやろうじゃないか。欧州の駐在で嫌というほど欧米が進んでいるのを目にした。タービンジェットの開発を今から始められれば、それ程出遅れることはないだろう。君には期待しているぞ」


 永野大尉が渋い顔をしながら、やってくる。

「鈴木さんはジェットの賛成派なのですね。発動機部では、もっぱら堅実派と思われていたのに、種子島中佐の意見に賛成するとはびっくりしましたよ。実は、私もタービンジェットを一緒にやろうと誘われているのですよ。鈴木さんが参加するなら私も無視できないなぁ。まぁ種子島さんには協力しますよ」


「君は軍人なのだから、協力するなんてことは言わないで、全てに自主的に全力を出してほしいものだね」


 午後になって、再び花島部長に呼ばれた。

「会議の後で、和田さんとも相談して、すぐにも18気筒化を進めようじゃないかということになったよ。君の言う通り、メーカーにも打診して18気筒でどこまで性能向上が可能なのか、開発期間はどれほどかかるのか検討してもらうこととなった。そこでだ、言い出しっぺの君に18気筒発動機の検討依頼書を作成してもらいたい。今回は、和田さんが自分の名前を出していいと言っていたよ。私と連名で依頼書を出すこにしたよ」


「はぁ、わかりました。まずは、検討依頼書をさっさと書いてもってこいということですよね」

「無論だ。わが軍はいつでも可及的速やかに、だ」


 4日後に18気筒発動機の検討依頼書が発出された。今回は宛先に三菱、中島に加えて、瓦斯電も含まれている。

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