5.6章 九九式艦上爆撃機

 金星50型として、高馬力が達成されると、最も容易にそのエンジンを利用して高性能化できるのは、最初から金星エンジンを使用していた航空機である。昭和13年12月には、金星44型を搭載して試験飛行を開始していた十一試艦爆にも、性能向上の検討要請が発出された。しかし、愛知航空機は十一試艦爆の不意自転問題の解決に手間取っていて、検討作業がなかなか進まなかった。


 昭和14年5月頃になって、やっと不意自転問題も解決して、正式化のための審査も進捗していった。10月には審査も終盤となり、性能向上のための検討が行える状態となった。ある日、愛知航空機の技術者が金星50型について、教えを請いたいと航空廠を訪問してきた。私は金星50型の担当者として部下の菊地技師と一緒に面談した。


「初めまして。私は愛知航空機の尾崎紀男と言います。制式化間近の十一試艦爆の設計を担当している者です。十一試艦爆において、金星50型への換装を行うことになりまして、エンジンの艤装など注意すべき事項を確認させていただきに来ました」


 菊地技師があらかじめ準備した金星50型の取扱説明書を渡して、ぱらぱらとめくりながら説明を始めた。

「基本的には、著しく金星40型から寸法が大きくなったとか、外形が変わったというところはないですが、前後の長さが延長されています。前列のシリンダと後列のシリンダの間隔をあけたのと、後部の過給器が大きくなったこと、更に後部に燃料噴射器が追加されたことが原因です。金星40型からの変更であるならば、重心位置の調整が必要なので、防火壁を若干後退させる必要があると思います」


「燃料消費は変わっていませんか? 馬力が増えるのはいいのですが、燃料消費が増えることを心配しています。もともと、十一試艦爆は十二試艦戦に比べて航続距離が短いので、次の変更時にはできる範囲で翼内タンクの容量を増加するつもりですが、これ以上航続距離が短くなるは困るのです」


 この質問には、私から回答した。

「燃料消費量の変化はほとんどないですよ。もちろん最大馬力の運転時はブーストも上げているので消費量は大きくなりますが、それ以外の巡航時には燃費はむしろ良くなっています。燃料噴射のおかげで、従来の過給機に比べて燃料の濃度を薄くしても異常燃焼が出にくいのです。操縦員が、巡航時は燃料濃度を希薄にして運転することに留意すれば、むしろ航続距離は伸びると思います。ちょうど、追浜には試験中の十二試艦戦が何機か置いてあるはずです。金星50型の艤装方法などを実機で見学していくといいですよ」


「それはありがたいです。十二試艦戦については、大いに興味があります。是非とも見学をお願いします」


 少し、私からも質問しておこう。

「アメリカの急降下爆撃機は既に1,000ポンド(454kg)爆弾を装備しています。わが軍もそれに負けないで、50番(500kg)くらいは装備可能としないと負けていますよ。米軍では装甲板として2インチ(51mm)や3インチ(76mm)装甲板がよく使われています。25番(250kg)の通常弾ではこれを貫通できませんが、50番ならば貫通できます。航空本部でも一部の部員は問題視していると聞きましたが、要求はないのですか?」


「今回の性能向上については、こちらから提案をするということになっています。機首と後部座席の7.7mm機銃は威力が小さいので、13.2mmにしてほしいというのはありますが、それ以外はどこまで性能が向上するのかという聞き方をされています。1,600馬力のエンジンとなれば、50番の搭載も主翼と脚を補強すれば可能だと思いますので、報告書に入れることにしています。不要であれば、25番にすればいいだけですから」


 尾崎技師は、会議の後に菊地技師に案内されて、十二試艦戦や18気筒エンジンを見学して帰っていった。幸運だったのは、ちょうど十二艦戦の試験機が滑走路で整備中だったことだ。菊地技師の話によると、十二試艦戦のエンジン艤装については、根掘り葉掘り聞いていったとのことだ。この影響なのか、十一試艦爆の性能向上型の機首は、推力排気管の配置やスピナーが零戦によく似た形状になった。50番爆弾の搭載については、航空本部からも要求が出て正式採用が決まった。


 昭和15年1月となり、金星50型を装備した性能向上型は、D3A2として海軍航空本部から開発要求が行われた。愛知航空機からの検討結果に基づいて、爆弾搭載量を500kgに増加すること、および機首と後方旋回機銃を13.2mmとすることが要求された。愛知の検討結果に加えて、十二試艦戦と同等の防弾装備の追加が要求された。愛知航空機は防弾装備についての検討を開始して、翼内燃料タンクの防弾は消火器のみとなるが、胴体内の操縦席は防弾装備の追加が可能と報告した。


 昭和15年11月には、機体と脚を強化した構造試験機が完成した。昭和15年12月には、D3A2の試作1号機が完成した。減速比をD3A2の使用条件に合わせた金星54型を装備して、プロペラも幅広の航空廠が開発したプロペラ翅としていた。なお排気管の処理は、胴体側面に推力排気管並べる形式として、プロペラスピナーも先端がとがった大きめのものを採用した。完成後に地上での滑走試験を行い、直ちに飛行試験に移行した。2号機の簡易計測では、最大速度が250kt(463km/h)を記録して、2割程度改善していることを確認した。昭和16年に入って、前年に竣工した飛龍を利用して、空母での運用試験が実施された。更に、50番爆弾を使用した急降下爆撃の評価も開始された。その結果、実弾を使用した急降下爆撃の試験も問題なく終了した。審査が無事に終了した結果、九九式艦上爆撃機22型として正式採用された。

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