6.2章 18気筒エンジンの開発
航空機向けエンジン事業をしている中島と三菱の両社は、「18気筒発動機の検討依頼書」をかなり真剣に受け取ったらしい。自らのこれからの事業に直結する顧客要求と解釈したようだ。
1か月後の昭和13年5月になると、さっそく中島社長が海軍航空本部にやってきた。中島の14気筒エンジンの実績をとうとうと述べて、開発中の栄もNAK(後の護)も18気筒化する。そうすれば2,000馬力と2,500馬力が可能になると説明をしたのだ。社長は2年の期間をもらえれば、全ての発動機を完成させると言い切った。
どうやら瓦斯電は様子見のようだ。一応、天風を複列化して18気筒とする案を提示したが、積極的な売り込みは行わなかった。
中島社長の行動を聞いて、翌週には、三菱発動機部門の実力者、深尾所長が航空本部に乗り込んできた。こちらも風呂敷全開で、金星の18気筒版をまず開発し、次に火星を18気筒にするという計画をぶち上げた。これで2,100馬力と2,500馬力の要求に応える大馬力発動機を全部そろえるという計画書だ。さすがに深尾部長は、全部一気に開発しますとは言えなかったらしく、半年ずらして順次開発するという計画を示した。
我々は、この話を聞いて、まあ、お互いライバルだからねぇ、さもありなんと言いあった。もともと中島飛行機は私の知っている歴史でも誉エンジンを開発しているのだから、こちらの世界でも時間軸は多少違っても同じように開発するであろう。三菱についても、開戦前に火星の18気筒化開発を完了したはずだ。これは陸軍の四式重爆「飛龍」に搭載されたエンジンである。つまり三菱もこの時期に新たな18気筒エンジンを開発することは設計力からも製造能力からも可能だったということだ。
両社が積極的なのは喜ばしいが、これで終わりということはないだろうなと思っていると、部長に呼ばれた。
和田少将と花島部長がまたもお出ましだ。私以外は、永野大尉と川田技師が呼ばれている。後から、ぞろぞろと松崎技師と菊地技師、中村技師、三木技師も会議室に入ってくる。
さっそく和田少将が説明を始める。
「さっそくだが、君たちには、三菱と中島から提出された18気筒発動機の開発提案に対して、まず何を開発すべきかの観点で審査をしてもらいたい。両社がともに大言しているとは言わないが、現実的な絞り込みが必要であるということは諸君も感じていると思う。両社から説明を受けて、最初に開発する発動機は何にすべきか。目標性能をどこにするか、実現性や課題の有無を含めて諸君の意見を求めたい。18気筒発動機として絞り込んだ内容が妥当な開発計画であれば、即座に両社に開発要求を行う予定である」
花島部長が続ける。
「短期間で18気筒化の計画を確定させるために、班を分けて並行的に調査・検討することとする。鈴木技師と永野大尉は全体を見てくれ。特に技術については実質的に鈴木技師が統括するのだ。両社からの調査については、三菱側の調査・検討は松崎技師と菊地技師にお願いする。中島については川田技師と中村技師が分担してくれ。三木技師は、発動機の使い勝手について、飛行機屋の観点からチェックしてほしい」
特に、誰からも意見は出ない。私自身は、自分で大丈夫かと自問している。
「それでは、みんな直ちに作業を開始してくれ。諸君からの報告の期限は、1か月後とする」
会議室に取り残された検討チームは、さっそく実行計画の議論を始めた。川田技師が真っ先に自分の意見を述べた。
「この中では、俺がもっとも鈴木との付き合いが長くて、一緒に仕事もしてきたから言わせてもらうのだが、鈴木は、最近になって時々予言のようなことを言うと思っている。その予言はほとんどの場合的中している。しかも、機銃とか防弾装備、プロペラとかの専門外についても、おおむねあたっているのだ。従って、今回の18気筒発動機も鈴木の意見の通りになると思っている。俺には、回りくどい理由の説明はいらない。時間が優先なので、どんどん正しいと思うことを指示してくれ」
永野大尉も同意する。
「川田さんの発言に私も賛成です。和田少将もいつも回り道にならない正しいルートを言ってくる鈴木さんには一目置いていますよ。とにかく指示してください」
周りの全員がうなずいている。
「それでは、18気筒化のこれからの方向性について、私の考えていることを話します」
「まず、中島の候補ですが、正式化間近のNK4Bを18気筒化した発動機となります。ほかには、陸軍で正式化した一回り大きなハ-5がありますが、かなり大きなエンジンになり、候補からははずれます。三菱については、候補のエンジンは、金星と瑞星、加えて開発中の13試へ号(後の火星)となりますが、まだ完成していない13試へ号はまず除外されます。残りの金星と瑞星で、馬力の小さな小型の瑞星を選ぶ人はいないでしょう。1,600馬力の金星を18気筒化すれば、2,100馬力が実現可能です。同様に中島のNK4Bを18気筒化すれば、2,000馬力が可能となります」
話が長くなったので、一息ついた。
「目標値としては、多少下駄をはかせて2,100馬力から2,200馬力ということになるでしょうか。金星50型の開発時と同様に、性能の向上がどこまで可能か、限界値を事前に確認する必要があります。エンジンを冷却するための空冷フィンについても、我々の研究している向上策を採用することが前提になります。次に、プロペラについても開発が必要です。2,000馬力を吸収するプロペラとなると3枚翅では直径が4メートル位になり、これでは無理があるので、4枚翅で3.5メートルくらいが実用的な寸度になるでしょう。ところが、現状では4枚翅の定速プロペラがありません。2,000馬力向けのプロペラについては、プロペラ翅検討チームの三木技師に実現の検討をお願いします」
翌日から我々は直ちに活動を開始した。
私は、今まであまり出向いていなかった中島飛行機の発動機開発班の実地調査に同行することにした。初期から中島の発動設計を担ってきた佐久間技師とNK4Bの技術主任の小谷技師、更に中川技師が我々との打ち合わせに出席して対応してくれた。
単刀直入に、私から質問する。
「18気筒化の検討依頼書でも説明させてもらいましたが、我々は早く確実に2,000馬力級エンジンを実現するために、既存のエンジンを基にして18気筒に発展させることを考えています。事前検討した結果、貴社の発動機では、NK4Bの18気筒化が適切と考えています。2,000馬力級発動機の実現について、何かご意見はありますでしょうか?」
佐久間技師が答える。
「中島社内でもまずはNK4Bを18気筒化して、更にエンジン出力を増加する施策を追加で適用すれば2,000馬力はおろか2,200馬力でも充分可能と考えています。世界でもっとも小型の2,000馬力超のエンジンが実現できると考えています」
川田技師が質問する。
「18気筒発動機に適用する対策については、どのようにお考えでしょうか? NK4Bに適用した水・メタノール噴射はもちろん適用するのでしょうが、シリンダの空冷性能の改善策についてはどうなりますか? エンジンの振動削減についての対策はありますか?」
中川技師がすぐに答えた。検討済みの質問なのだろう。
「もちろん水・メタノール噴射を前提としないと2,000馬力達成は難しくなります。NK4Bを18気筒化するとなると、限られた前面面積の中で18気筒を冷却する必要がありますので、空冷性能の改善が必要になります。2回鋳造によるフィンの植込み方法については、当社も正田飛行機と実験をしていますので、この発動機に採用することが必要だろうと考えています。また、エンジンの回転数をどこまで上げられるかの実験が必要と考えています。上限としては2,900から3,000回転程度までを目標にしたいと思います。この回転数を前提として、振動対策は、NK4Bに引き続きダイナミックダンパーを適用します」
「燃料噴射についてはどうですか? 気筒数が増えてくると、気筒間で燃料が不均一になる問題が顕著になりそうですが。」
再び、中川技師が回答する。
「燃焼不均一の課題については認識しています。重力の影響で下側気筒の燃料が多くなるのを避けるために、気化器内で上方の気筒向けの燃料を多く、下方向けを少なくできるような気化器の構造を検討中です。我々はNK4B開発時から低圧の燃料噴射も開発していますが、まだ実用化には時間を要するので、まずは気化器の使用が前提となります」
私からまとめる。
「開発の方向については理解しました。2,100馬力発動機として、NK4Bを18気筒化する案で開発計画を提示願います。具体的な設計案と共に、事前実験の計画と2,100馬力が達成できる根拠も提示願います」
同様に三菱の発動機部門についても永野大尉、松崎技師と菊地技師が訪問した。三菱側は、佐々木一夫技師が中心となって、他に藤原光男技師と西沢弘技師が対応した。
「三菱さんとしては、18気筒化の対象としてはまずは金星と考えてよろしいですね?」
永野大尉からの質問に対して、佐々木技師の回答はおおむね想定通りだった。
「実は数カ月前から社内で金星に対して18気筒化の検討に着手しています。MK4Aの設計経験者が検討することにより順調に進んでいます。もう少し検討の結果が見えてから海軍さんに提案しようと思っていましたが、今回の依頼に合わせて検討結果を提出しますよ。金星を18気筒化することにより2,000馬力を超えて、おそらく2,200馬力が可能となります」
我々の考えていたことを先取りされてしまったようだ。
「それでは、金星の18気筒化の具体的な設計案と共に、金星50型による事前実験の計画と2,200馬力が達成できる根拠を提示願います」
5月末までに中島と三菱の双方から提出された18気筒化の具体的な計画書に対して、部長から割り当てられたチームがそれぞれの詳細な内容を確認して、実現可能性と開発上の課題を審議した。私と永野大尉は、三菱のチームと中島のチームの双方の打ち合わせに出席して、判定の基準に差異がでないように調整した。
数回の審議を行った結果、三菱も中島も、おおむね記載された性能の実現が可能であることと、短期間での開発日程については、海軍側も相当な協力が必要であるが、不可能ではない旨を意見として付記した。これらの意見書は直ちに航空本部に送付され、中島と三菱から提示された18気筒化の計画書と合わせて、航空本部内で審議が行われた。
既に航空本部も航空廠も、米国のライト社およびP&W社において、空冷の2,000馬力級のエンジン開発が行われており、どうもエンジンの試作機が既に完成して試験を行っているとの情報をつかんでいた。このため、18気筒化については迅速に海軍としての審議を終わらせて、三菱と中島双方に開発計画の要求が発出された。三菱の18気筒発動機は、「MK5A」の試作名称が付与されて、中島の18気筒発動機には、「NK6A」が与えられた。
三菱と中島双方で開発すべき発動機が決定したので、あとはメーカに設計を任せて、私たちの18気筒化の検討チームは仕事が終わったと思っていたが、花島部長からチーム構成はそのままで、三菱と中島の開発が成功するように協力して、試作エンジンの審査を行うように指示があった。
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