4.2章 定速プロペラ
昭和12年の冬になってMK3Aとしての飛行試験項目が消化されると、九六式陸攻による飛行試験も頻度が減ってくる。最後は耐久性にかかわる項目が残るが、試験としては同じような飛行の繰り返しになってしまう。その時点で松崎技師から提案があった。
「今回は、あまり問題がでなかったですね。予備審査でいろいろ問題を洗い出したおかげで、厄介なものはなかったので、想定以上に審査も早く進捗しました。そこで、審査の過程で九六式陸攻の両エンジンがMK3Aとなっていますので、新型エンジンに定速プロペラを搭載して飛行試験を実施したいのですがよろしいでしょうか」
ハミルトンの定速プロペラは住友金属でライセンスが購入され、1年後の国内製造を目指して準備が進められていた。国内での製造準備と並行して、米国から購入した定速プロペラに対する試験が開始されたばかりだった。航空廠にも米国から購入した試験用のプロペラが納入された。これまで、プロペラは飛行機部の管轄範囲に含まれていたため、飛行機部で試験が実施されていた。もっとも、実際には工場内での地上試験がほとんどだ。
納入された試験用の定速プロペラは予備も含めて7基あって、まだ倉庫に眠っているものが残っているのを松崎技師が聞きつけたらしい。さすがに黙って、試験するわけにもいかないので、花島部長に相談した。
「プロペラはもちろんだが、エンジンも機体も絶対に壊すんじゃないぞ。約束できるなら少しくらいおまけの試験をしてもいいだろう。加えて、試験の結果は、飛行機部に報告してもらう。輸入品の定速プロペラを借用する件は私から飛行機部長に連絡しておこう。あちらさんの試験をしてあげることにもなるんだから、あまり文句も出ないだろう。そもそも、発動機とプロペラの関係はどんどん密接になってきている。これからは、プロペラも発動機部で審査したほうが合理的ではないかと私も思うが、何か意見はあるか?」
「おっしゃる通り、発動機とプロペラは一緒に試験をする必要があります。私は機体を前進させるための推進力を発生するための手段がプロペラと発動機と考えています。つまり、プロペラは推進機能の一部ということです。我々の部門を推進機能部と定義すればより分かりやすいと思います」
「やはり、発動機部で扱う方がいいという意見だね」
頭の中で、未来の記憶から、プロペラの話を思い出す。これからVDMのプロペラが出てきて苦労させられるのですよ。しかもエンジンの出力が増加すると、プロペラ翼の枚数を増やすのです。二重反転プロペラや6枚プロペラなんてものが出てくるのですよ。
「これから、エンジンの出力が増加するとそれを推進力へと変換するために、プロペラの翼の枚数を、4枚に増やしてプロペラ翼の形状や大きさを変えてゆくことになります。今後はますますエンジンとプロペラの結びつきが強くなるのです」
「うむ、いい話を聞かせてもらった。この件は廠長に話してみよう」
さて、九六式陸攻による定速プロペラの実験であるが、昭和12年10月早々に着手した。実際に飛行してみると明らかに上昇力が改善した。更に巡行時の燃料消費が格段に良くなっている。しかし、急上昇をしようとすると、エンジン回転数が増えたり減ったり脈動する現象が発生した。
さっそく、松崎技師が報告に来る。
「エンジン出力を上げて、急上昇させようとすると、エンジンの回転数が増減して落ち着きません。機体の速度も周期的に変わるので、乗り心地も極めて不快になります。たぶんプロペラに問題ありとは思うのですが、これからどうしましょうか」
「それは、プロペラピッチが大きくなったり小さくなったり、特定の角度に落ち着かずに変動しているのだよ。プロペラピッチが変化するので、エンジン回転数もそれに合わせて変動しているのだ。プロペラによる推進力が変動するので機体の加速度も急激に変動している。確か、ハンチングと呼ばれる現象だ。プロペラピッチを油圧で自動的に制御する調速機の問題だと思う。これは住友さんのプロペラの専門家に見てもらうしかないね」
後日、住友金属の技師が慌ててやってきた。
「初めまして住友金属の望月といいます。さっそく現象を確認させてください。電話で聞いた限りは、ハンチング現象が発生していると思いますが、実際に再発している状態が見られればはっきりします」
「航空廠発動機部の鈴木です。あなたの推定通りハンチングが起きていると、私も思いますよ。新型のエンジンで回転数も馬力も大きくなっているので、プロペラピッチ変動時の回転数増減の応答特性も変わっています。現象の再現については、双発の爆撃機にプロペラを取り付けているので、同乗してもらえば目の前で再現できますよ」
さっそく準備して、実際に飛行して機上で確認した。
「やはり、想定した通りでしたね。新型の発動機で性能も高いので、プロペラピッチの変更に対して応答速度が早いのですね。調整をしてみます。エンジンカウリングを外してください」
類似の問題にこれまでも対応してきたのだろう、望月技師は手慣れた様子で工具を取り出して、カウリングを取り外したエンジンの前方に設置された油圧による制御装置をあれこれいじっている。
「油圧を調整してプロペラのピッチ変更速度を遅くしました。プロペラの応答速度を鈍くして、エンジンとプロペラが同じような応答速度で後追いで変動するのを避けました。これで実験してみてください」
再度試験してみると、一瞬ハンチング的な挙動をするのだが、一定の回転数にすぐに収束する。実用的には問題ない範囲と言えるだろう。
望月技師がコメントした。
「今のところできるのはここまでですね。そもそもプロペラの径がエンジンの出力に合っていないのじゃないですか? このエンジンならばもっと大きな直径のプロペラにした方が推進効率はよくなりますよ」
「今回は、急遽試験を実施しているので、このエンジンに合わせたプロペラではないのです。おっしゃる通り、もっと大きな径にしてもう少しゆっくり回す方が推進効率は良くなりますね」
暫定的な処置であったが、試験を継続できるようになった。松崎技師はさっさと試験を終わらせたいようだ。
「調整の結果、定速プロペラの問題も一応解決しましたので、MK3Aの試験を実施したいと思います」
試験の目的があいまいになってしまったので、定速プロペラ搭載実験は早々に終了した。
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