4.3章 プロペラ翅の開発

 住友金属の望月技師と話して改めて認識したのは、エンジンの性能が向上したら、それに見合ったプロペラの翅を準備しないとエンジンの性能は充分に発揮できないということだ。当たり前のことだが、私の未来の知識でも、我が国はその点についてはおろそかだったというイメージがある。米国やドイツのプロペラ翅が進化して形状がどんどん変わってゆくのに対して、日本はほとんど進歩がなかったのではないかと思える。


 雷電が複数種類のプロペラ翅を装備した事例はあるが、推進性能の観点よりも振動の再発の懸念からではないかと疑っている。プロペラの翅をもっと研究しないといけない。しかも住友金属の望月技師に聞いた話では、我が国はもっぱら外国のライセンス導入でやってきているので、プロペラ研究者はほとんどいないとのことだ。


 私は三木技師と、川田技師にプロペラ翅研究について相談した。


 三木技師も問題認識はあるようだ。

「発動機屋のお前たちに比べて、プロペラ翅は空力の分野だから俺の領分だな。多分、この手の話は東大の航空研究所で何か研究しているはずだ。そっちの状況も確認してみるよ。いずれにしても風洞試験をして、じっくりと取り組む必要がありそうだな」


 私は、事前に準備したメモ書きを三木技師に見せる。ミリタリーマニアの知識で、P-51Dのプロペラの翅の形状、カフスなしとカフス付き、特徴的なドイツ空軍の後期のプロペラ、更にはP-3CやE-2Cなどを思い出して、いくつかのプロペラ翅の外形を絵にしてみたものだ。


「俺の直感から、いくつか思い付きでプロペラを書いてみた。エンジンの性能が向上しても、直径は制限されるのでどうしても幅広の方向になると思う。エンジンはこれから2,000馬力級に進歩すると思う。当面の目標として、それに見合うプロペラ翅が必要だ。プロペラ直径の制約条件については三木の方がわかるだろう。主脚をむやみに長くはできないということだ」


 私の絵を興味深そうに三木技師が見ている。

「やはり先端まで幅広になるのだろうな。これは靴ベラみたいだ。いやむしろしゃもじと言った方がいい。この袴みたいのはなんだ、少しでも効率を良くしようという努力を形にしたのかな」


 横から見ていた川田技師が口をはさむ。

「形状の問題もあるが、プロペラ翼の断面もどうするのかの観点もあるぞ。それに枚数はどうするのだ、最近は2枚から3枚の翅が出てきているが、これから4枚、5枚と増えるのか」


 未来の自分の知識が、川田さん、あなたの推測の通りこれからプロペラ枚数は確かに増えますよとつぶやいた。少し穏やかに川田技師の発言を肯定しておく。


「確かに、直径も幅も限度があるので、枚数を増やすことになるだろう。4枚はすぐにでも必要になると思う。三木には翅の枚数は3枚か4枚という条件で検討をでお願いしたい。発動機は、1,000馬力以上で2,500馬力程度が前提になる。翅の材質は軽合金製で当面木材の翅は除外しよう」


 翌日三木技師は、一緒に仕事をしている航空廠科学部の北野技師を連れてきた。北野技師は、私も面識のある技師で空力を専門にしている。更に、翅の強度の計算については強度計算が得意な川田技師にお願いしようということになった。


 昭和12年12月にひそかに航空廠プロペラ翅研究チームの活動が開始された。研究メンバーは、私と三木技師、北野技師、川田技師だ。北野技師も私のメモ書きに興味を持ったらしく、いくつか風洞模型を作成してさっそく試験を開始した。風洞試験でよさそうな結果が出ると、その翅を軽合金で作る前提で、川田技師が強度計算をしてみる。更にその結果を見て、改善するという工程を繰り返す。ちなみにプロペラ翅では、超々ジュラルミンはもろさから使用されない。もっと粘りがあって、型鍛造が可能なアルミ合金を使用するのだ。


 昭和13年2月には、ある程度までの風洞試験と強度の確認は終わり、住友金属にその結果を通知した。彼らも試験用のブレードを作成して飛行試験に進むことに合意した。


 研究の結果はやはり幅広の翅を基本とする方向となった、しかも根元からすぐに幅広になり、中央部まで幅広の形状で、その後前端まで直線的に緩やかに幅が減少するが先端部でも幅広であり、先端は丸く整形される。私のイメージからはF-4UやF6Fのプロペラの根元を更に幅広にした形状に近い。発動機の出力の増減に応じて、幅と翅の長さを変化させるバリエーションで対応できるとのことである。


 3月になると、既存の定速プロペラの翅の形状を三木技師と北野技師の研究した幅広形状に交換した試験プロペラが完成した。なお、油圧によるピッチ変更の仕組みは変更していない。さっそく九六式陸攻を改造したMK3A試験機に取り付けて試験すると、上昇性能の改善は5,000メートルまでの上昇時間で2割程度の改善。速度も1割程度の改善となった。これらのデータから三木技師は1割程度は推進効率が改善したと推定した。これらのプロペラに関する試験情報は設計各社に公開された。各社ともに、自社が保有する試験機に改良版プロペラを取り付けて、実際に推進効率の改善の実験を独自に開始した。


 なお、住友金属では新しい機体や、エンジンで新プロペラが必要となると、このプロペラ翅研究チームに依頼を行って、翅形状を決定するという工程がしばらく実施された。我々は自虐的に自らをプロペラ下請け班と呼んでいた。十二試艦戦が採用したプロペラ翅も当然、プロペラ下請け班が開発したものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る