4-3

 教会の仕事がないときは、基本的にすることは何もない。ガブリエルは、村の防衛線で警護する村人たちに食物を届ける役割を進んで引き受けた。

「ガブリエル様がそんな……!」

 村人たちは当然断ったのだが、ルキウスの説得もあり、ガブリエルの役割として定着していた。ガブリエルから見れば、ルキウスの説得力こそ教会に必要なのではないかと感じる。


「よし。これで大丈夫」

 警護の村人たちが戻ってきたらすぐ食事できるよう、食卓に食事をセッティングする。パンとチーズ、そして周辺でとれた果実だ。ガブリエルには食事の必要も好みもないが、葡萄は気に入っていた。


仕事を終えたガブリエルは森の様子を見ていた。ここは少し開けている場所だ。防衛する村人たちのベースキャンプ。周りは深い森だ。キャンプの明かりは十分だが、明かりの届かない奥を見つめると、あまりの深淵にガブリエルも恐怖を感じる。

 するとその時、ガブリエルの頭上に何か当たった。

「いてて……」

 よく見ると、木箱だ。開けてみると、中に紙が入っている。紙は、高価なものである。村でも教会で少しずつ使用しているほどのものだ。開くと何か書いてある。

『明かりをつけず、そのまままっすぐ進み、石碑の横に付いたら止まってください。伝えたいことがあります。アルロ』

 アルロとは騎士団の一員だ。冷静で、知的なあの男だろう。少なくとも、ガブリエルはそう感じている。そして仲間を、命を大切にしているように感じる。信頼に足ると判断した。ガブリエルは素直に従う。


 自警団の目を盗み、森の奥へと進む。途中、広場があり、空を見上げると満天の星空があった。

「うわあ……」

 天界の森から見た空と全然違う。禍々しいほどの宇宙の輝き。幾千万の星の息吹をそこに感じた。ガブリエルは、天界の森の神殿を思い出す。羅針盤に導かれ、たどり着いた朽ちた神殿。

 この満天の星空の下で、どんな人間たちが暮らしているのだろう。各々が、それぞれの自我をもち、思惑を持ち、何かを求めている世界。


 どうして、地上に来ることができたのだろう。改めてガブリエルは思う。エリアが助けを求めていたのかとも思ったが、そんなことはなさそうだ。

 ミカエルが望んでいたわけでもなさそうだ。

 地上で誰かが待っていた様子もない。

(人間や天使ではない……何か、もっと想像を超えた大きな存在が関わっている、とか?)

 そこまで考えて、否定するガブリエル。

 そんな大きな存在が、ガブリエルにどんな用があるというのか。この地上で。

 ガブリエルは先を急いだ。




 まっすぐ二百メートルほど進むと、石碑があった。そこに立つと、暗闇からアルロが現れた。

「私を信頼してくださって、感謝します。ガブリエル様」

 丁寧で柔らかな物腰だ。

「……どうも。伝えたいこととは?」

「実は、私たちは先日の村人たちとの衝突のあと、怪我人が多くて撤退に時間がかかっています。村人の警護団は、少しずつ村の警備範囲を広げているのです。このままでは負傷者達が見つかってしまう。私たちは、もうむやみに命を奪われたくないのです。私やクロード、一部のものは戦えますが、それを望んではいません。どうか手を出さないでいただきたいのです」

「なぜ俺に言う……。俺に村人をどうこうする力はない」

「エリアやゼフィに伝えたところで、理解してもらえるとは思えない。なので、一番理解してくれそうなあなたに。あなたなら、良きに計らってくれるのではないかと」

「……それは」

 ガブリエルが何かを言いかけた時、草影から物音がした。

「誰だ!」

 アルロが言う。ここ数日の身を隠している生活のせいで、温和な性格だというのに緊張感のある声をしている。

「……俺だよ、アルロ」

「クロード!何しに来たんだ。お前ケガしてるんだから動くなよ!」

 アルロの声色から、心から心配していることが伝わってくる。

「……お前だけに任せられるか。お前まで負傷したら、誰が騎士団を……」

 そう言いながら、クロードはふらりとよろける。クロードは足を負傷していた。アルロはクロードの肩を支える。

「とても戦える状態ではないだろう」

「……」

「思っている以上に、騎士団は打撃を受けているのだね」

 ガブリエルはクロードに近づく。

「近づくな!」

 アルロが言う。ガブリエルにとって、アルロの反応は意外だった。見た目以上に追い詰められているのだろう。まだ若いのに、現在おそらくアルロが中心となって騎士団を動かしているのだろう。

「何もしないよ。少し、力を分けるから。治るのが早くなるはずだよ」

 クロードの足にそっと触れ、力を分けるガブリエル。白い粒子が周囲に満ちた。

「場所がばれる……!」

 アルロが言う。警戒心が強い。相当悩んで、あの木箱をガブリエルにぶつけてきたのだろうと思いをはせる。

「大丈夫。ここにいる我々にしか見えない。近くで、俺の姿を見ることができるものだけが見ることのできる輝きだ」

「……これが、大天使の力……」

「本来、地上にあるべきものではない光。だから、俺の姿を見ている者にしか見えない」

「痛みが……引いていく……」

「クロード……よかった……」

 クロードの足のケガからは細菌が入り込み、炎症を起こしていた。医療品は部下に優先的に使ったのだろう。アルロはそれを止めそうなものだが、クロードは全く言うことが聞かなかったのだろう。


「……心配したんだよ、クロード……」

 安心した途端、アルロは涙を浮かべていた。クロードはバツが悪そうに森の暗闇に視線を移す。

「……そりゃあ、すまないな」

 ガブリエルは二人のやり取りを見て微笑んだ。敵や味方という概念はガブリエルには無い。


「ガブリエル様。あなたは村人やゼフィたちとは異なる存在であり、思想をお持ちだ。力を貸していただけないだろうか。まだエリアの勢力はそれほど大きくない。それなのに、こんなに討伐に手間取っている。皇帝陛下はこの村、そして教会に対して大きな危機感を抱いています。あなたが力を貸してくだされば……余計な血が流れることなく事態を解決できるのではないでしょうか」

「……俺にできることなど、そんなに多くないよ」

「いいえ。あなたはこの村に現れてから日が浅いのに、村人の支持を得ている。あなたが導けば、この村は正しい道に進むのではないでしょうか」

「正しい道……」

 ガブリエルは正しい道とは何かをアルロに問うた。


「大陸とのつながりを裁ち、村人は労働で得たものを正当に受け取り、今よりも豊かな暮らしをする。そして我々がこの村を管理する。すべての村を管理することで、村同士の垣根を無くす」

「……」

「皇帝陛下は、国土を広げ、安全で平和な国を作ろうと尽力なさっています。我々はその思想の忠実な部下です。ガブリエル様、一度皇帝陛下にお会いしてくださいませんか?」

「……え」

「驚きますよね。実は、そんなこと私が決められることではありません。元々、皇帝陛下はあなたに会いたがっています。あなたがどのような考えを持っているのか、帝国の敵なのか味方なのかを知りたがっています。あなた自身の目で、耳で皇帝陛下の話を聞いていただき、判断していただきたいのです」

「皇帝陛下に……」

 ガブリエルはまさかそんな機会があると思っていなかったので驚いている。だが、自分の目で確認し、話を聞いて判断したいという思いはある。この村でエリアやゼフィがやっていることは間違っていると思うが、だからと言って帝国が正しいとは限らない。自分はどこで、なにをするべきか。地上にいる以上、判断しなければならない。そのために、皇帝に会えるというのは幸運でありチャンスだ。

「……本当に会えるなら、会ってみたい」


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鉄塔のカンパネルラ「ガブリエルと姿なき神の民」 菜藤そまつ @napazuru

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