4-2


 体を起こし、支度をして外へ出るガブリエル。とても天気の良い日だ。もう教会の活動は終わり、村人はみな労働に励んでいる。すれ違うと、「ガブリエル様」と笑顔で声をかけてくれる村人たち。あの笑顔を守りたいと思うガブリエル。

「エリアは見ませんでしたか?」

「エリア様は大広間にいらっしゃいましたよ」

「わかりました、ありがとう」

「……ガブリエル様。また我々にお話してくださるのを楽しみにしています」

「……はい」

戸惑った返事。それは、自分の話を楽しみにしてくれている人の存在が信じられず、そしてとても嬉しかったからだ。やはり、力なりたい。エリアが誤った道に進もうとしているのなら、自分の気持ちのためにも村人のためにも、正しい道へ導きたい。そして大広間に行くガブリエル。


「エリア」

「はい。ガブリエル様。……体のほうはいかがですか?」

「もう大丈夫。それよりも、確認したいことと話したいがある」

「……はい」

「あなたはゼフィが何をしているのか、知っているね?」

「……と、いいますと?」

「……ゼフィがこの村の住人から金を集めて、それを大陸に送っていること。この村の住人が重い労働をさせられていること……そして」

「……そして?」

「騎士団の隊員の命を、残酷に奪っていること」

「村の安全のためにやむなく、です。大陸では金は人々の幸せのために使われていると聞いています。」

「その金は、この村の人の幸せのために使えばいいだろう。なぜ……。この村の住人を働かせて、得た金はこの村の物だろう。どうして……」

「ゼフィは頭のいい人間です。すべてはこの村のためにしていること、そして苦しむ弱き人たちのためにしていること。私はそれに協力するのみです」

「俺は、祈りを悪用してはいけないと思う。祈りに多額の金を求めるなんて……そして、教会の力を高めるために人の命を奪うなんて。いけないことだ」

「ガブリエル様……」

「エリア。今ならまだ間に合うよ。天使として、純粋に人々のために力を使うんだ。そして、この村の人たちのためにと思うなら、金を集めて大陸に送るのをやめるんだ。そうすれば騎士団もしつこくこの周辺に現れなくなる。それがこの周辺の村のためにもなる」

「……それはルキウスの入れ知恵ですか」

「……この村で見たものから判断したことだ。人の命を奪う君の姿を見ているのは辛い。天界での優しいエリアに戻ってほしい」

「……」

 エリアは無言だ。ガブリエルは話し続ける。

「俺もできることはなんでもするよ。エリアの考えを聞かせてほしい。どう思っているんだい?」

「……私は、この村に召喚されてから、この村のためにできることをやってきました。わからないことはゼフィに教えてもらいながら……。右も左もわからず夢中で人々に話をしたり、天使の力で村人を助けたりしました。そして、人に喜んでもらえるのが嬉しかった。それはいけないことですか?」

「いいことだと思うよ」

「さっき、あなたは私を否定したではありませんか」

「……エリアが必死にやっていること自体はいいことだし思う。だけど、人の命を奪うのはいけないことだし、エリアがやっていることが結果的に村人を苦しめてはいないだろうか」

「……苦しめている?私が?」

「……俺にはそう見える」

「……そんな、あなたは今まで私がどれだけ……この村のために動いてきたかも知らないで……」

「迎えに来るのが遅くなったのは、悪かった。だけどエリアは地上のことに詳しくないだろう。ゼフィの言っていることに疑問を抱かなくても仕方ない。これからの行動が大切だよ」

「つまり、私が何も考えていなかったからゼフィに利用されたと言いたいのですか」

「そうはいっていない。だけど、地上のことをよく知らないから正しく考えることはできなかったのかもしれないよ」

「……少し、時間をください」

 エリアは暗い表情だ。当然だろう。地上に降りてから今日まで必死に生きてきた日々を否定されたように感じているのだ。それも、自分よりも後から地上に来たガブリエルに。天界では確かにガブリエルが上司だった。だが、地上ではゼフィにお世話になってきたのだろう。そしていろいろ教えてもらい、その通りにして、なんとか生きてきた。そして村人に信頼され、やっと生きがいを感じていたところだった。ガブリエルは、長期戦になるな…と覚悟していた。


***


「説得には失敗したか」

 ルキウスの声掛けに、ため息をこぼすガブリエル。

「時間をくれって言われた。すごく暗い顔をしていたよ」

「そりゃあそうだろう。自分のやり方を否定されたら、面白くないさ。当然だ」

「じゃあどうすればいいんだ。このまま、エリアにあんなことをさせたくない」

「……結局、それはエリアが決めることなんだよ。お前は呼びかけることしかできない」

「そんな……」

「今日まで上手にゼフィが導いてきたんだ。そう簡単に考え方を変えるかよ。しかも、ガブリエルがそう考えていることの原因の一つは俺だと思ってるんだろ、きっと」

「その通りだよ。ルキウスの入れ知恵だろうって言われた」

「ははは。そりゃあ最高に面白くないな、エリアにとって」

「……はあ。とにかく、教会に行ってくるよ。俺の話を楽しみにしてくれている村人もいるからね。」

「ガブリエル、一つ言っておく」

「なんだ?」

「奪われることを恐れるのは、人も天使も同じだ。お前の話は面白いし、人に勇気を与えている。奪ったらだめだぞ、人の物を」

「どういうことだ?」

「そのままの意味だ」

 ガブリエルは、ルキウスの言わんとしていることがよくわからなかった。それは大天使が故のことだ。ルキウスも、どこまで説明してもガブリエルには理解できないだろうと思って細かく言わなかった。だが、細かく言ったほうがよかったのだ。人望を、渇望するのは人間も天使も同じだということを。


***


「……と、いう話があった」

「すごい……私も、その物語のように、最後まで勇気をもって生きたい」

 ガブリエルの話を、目をキラキラさせながら聞く村人たち。ルキウスは少し離れた場所から、見守っている。物を作り出すことに喜びを感じるルキウス。村の建築について調べたり、壊れている部分を補修したりと、それなりに行動していた。だが、そんなことも一段落し、休憩がてらガブリエルのありがたい話を村人と聞いてみる。

「君達の力になるよ。隣人のために生き、働く人こそが人に勇気を与える。隣人のためになることをしよう。隣人が求めている助けは何かを知り、手を差し伸べよう」

「手を差し伸べる……」

「そう。そのためには、読み書きを覚え、いろいろな思想に触れることが大切だよ。読み書きを覚えるまでの間、俺が今日までのように話す。目的があれば、読み書きの学習も進むだろう」

「ありがとうございます……!」

 信者は日に日に増えてきている。もちろん、すべてが教会の信者なのだが、ガブリエルの話を楽しみに通う信者が増えてきている。ガブリエルは、いろいろな人が自分の言葉に耳を傾けてくれることは嬉しかった。だが、それがエリアに与える心理的影響にまでは無頓着であった。



「エリア様。ガブリエル様は、人の心に影響を及ぼす話し方がお上手ですね」

 通りがかったゼフィがエリアに言う。

(ほんと、ぴったり寄り添ってんだな)

 ルキウスは二人をつまらなそうに見る。二人の動向は気になるが、騎士団がいるわけでもない、そしてこんな真昼間、村人たちのいる場所で面白いことはしないだろうと思っている。

エリアの表情は硬い。

(あまり、いい表情じゃないな。こっちには来ないでほしいもんだぜ)


「そうだね。ガブリエル様は……私なんかとは比べ物にならない力をお持ちの……選ばれし天使だからね」

 硬い笑みを浮かべるエリア。

「天界でのお話でしょう。それは」

「……地上にも適応していらっしゃる」

「それは、エリア様もですよ」

「……うん」

「とはいえ……教会に、なくてはならない存在ですね。ガブリエル様は」

 ゼフィの一言。エリアは答えない。黙って、村人に囲まれているガブリエルを見る。



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