4-1
天使の力を使うのは体力を消耗する。立っていられないほどの疲労に、ガブリエルが思わず体勢を崩すと、すかさず近くにいたルキウスが支えた。
「……ありがとう」
「……翼をすぐしまうんだ」
ルキウスは険しい顔をしている。
「え」
ガブリエルは、疲労よりもルキウスの険しい顔をうろたえる。ルキウスは畳みかけるように言う。
「放って置いてもそのうち消えるが、早くしまった方がいい」
「しまうって……?」
「意識を背中に集中して、今放出した天使の力をすべて背中に集めて閉じる……そういうイメージをするんだ」
「……」
「早くしろ」
ガブリエルは疲労でルキウスに言い返す気力もなく、言われたとおりにした。すると、純白の翼が消えた。
「……翼は、すぐにしまうんだ。力はできるだけ短時間だけ使う。覚えておいた方がいい」
「……ああ」
ルキウスがなぜそんなに詳しいのか。その疑問をぶつける体力がなかった。その日はそのまま、ルキウスにすべて任せて、眠りについた。
「ルキウスさん。あなたはずいぶん天使の力について詳しいのですね」
ゼフィの言葉。ルキウスは答えない。視線も合わせない。ゼフィは話し続ける。
「あなたは、いったい何者なのです?」
「……俺の名前はルキウス。俺を説明するものは名前だけだ。それ以外特に何もない。なんてことのない、イオの村で世話になっている商人だ」
「……そんな説明で私が納得するとでも?私は騎士団の内通者がいるのではないかと疑問をもっています。あなたは今のところ候補者ナンバーワンですよ」
ゼフィの表情に笑みはない。
「存分に調べ上げてくれよ。ガブリエルを早く休ませたいから、失礼するぜ。お前らの村のために、お前らの天使様のために、俺たちは働いたんだぜ。もういいだろ」
「ガブリエル様には後日改めてお礼を申し上げます」
ゼフィはそう言うと、その場を離れた。ルキウスはその背中を視線で追う。ゼフィは丁寧な物腰で、周囲に安心感を与える。笑顔は天使の系譜に位置付くものらしく、人々を包み込む温かい日差しのような眩しさだ。だが、その裏の顔があるのではないか。ルキウスは確信にも近い仮説をもっている。エリアはゼフィといるべきではない。そしてガブリエルも、この場に長く留まるべきではないだろう。仮説を立証したい。ゼフィが何を企んでいるのか。最終的にこの教会で何をするつもりなのか。もっと明確に知りたい。それが自分の知りたいことの手がかりでもあった。
***
次の日の朝、ガブリエルはゆっくり目を覚ました。温かい日差しの中だ。教会の側にエリアが用意してくれた自室だ。いつまで滞在するかの明確にしていないのに、広く、美しい顔を用意してくれている。そして寝台の横には、水が用意してあった。そして扉が開く。
「お、目が覚めたか」
ルキウスだ。お盆に新しい水をのせている。少しでも冷たいものを用意しようと取りに行っていたのだった。
「面倒をかけた……ここに運んでくれたのは君だね。水も、ありがとう」
「別に、たいしたことじゃない。気分はどうだ」
ガブリエルは驚いた。「たいしたことじゃない」とは。人によっては冷たい印象を受けるルキウスだが、今までの行動を振り返ると、ルキウスは間違いなく自分以外の人のために行動する人間だ。
「気分は……いいよ。俺はどのくらい寝ていたの?」
「一日だ。早く目を覚まして驚いた」
「そうか。エリアは?」
「教会で話している」
「……」
浮かない表情を浮かべるガブリエル。ルキウスは気づく。
「どうした?」
「この村について……ゼフィについて、ルキウスが知っていることを教えてほしい」
「……」
「知りたいんだ。そしてエリアはどこまで知っているのか、どう思っているのかを確かめたい」
ガブリエルは、真実が知りたい。ゼフィのこと、エリアのこと。真実を知って、これからどうするかを決めたい。ルキウスは、ガブリエルの真剣な表情を受け止め、話し始めた。
「……あいつは、ゼフィは、大陸に金を送っている。それはこの村の民の労働で生まれたものだ。教会で祈るためにと高額の金額を要求し、得た金を大陸に送っている」
「金?」
「そうだ。この帝国にある金。俺は先日送っている現場を確認した。セラフの民が大陸で何をしようとしているのかは知らないが……そのためにこの村の人々は働き続けている」
「……金が流出しているから、騎士団がここを捜していたのか」
「……そうらしいな。エリアがこの村でしてきたことと言えば、教会でありがたい話をすることと、周囲に迫った騎士団を殺すこと。そのくらいだな」
「……エリアがそんなことを」
「この村の郊外には、今まで命奪った連中が無残に捨てられていたぜ。天使が、恐れ入るぜ。だが、脅威から村人を守る演出は効果的だったんだろうな。教会の権威は大きい。事実、この村の勢力は拡大している」
「それが本当なら……天界でのエリアと、まるで違う」
ガブリエルは、ルキウスの話を疑ってはいない。だが、天界で共に過ごしてきたエリアとはあまりに違っていた。不安で、優しい、エリア。
「地上で変わったのさ。天界の天使なんて周囲の人間の思想にすぐに染まる」
「……」
「地上は混沌の世界なんだ。天使が自我を保つことは難しい」
「……え」
「特に、ゼフィのような……自分のやりたいこと、ねらいのはっきりしているやつの近くにいると、一瞬で利用されるぜ」
ガブリエルは、今まで全く見えていなかった地上のこと、そしてこの村のこと、そしてこの村の外のことが少しずつわかってきた。帝国の騎士団は、誰彼構わず殺して歩いているのだと思っていたが、追っている者があった、と。そこまで聞いて、ガブリエルの疑問。
「……どうして、そんなに知っている?」
ルキウスは、どうしてそんなに知っているのか。
「……」
「天使の力のことだって……天使である俺よりも詳しい。ほかの村人は何も知らない様子なのに、どうしてお前は……」
「まだお前に打ち明けるつもりはない。俺にも、知りたいことがある。今はまだ、お前に伝えるときじゃない」
ルキウスは真剣な表情をしている。これ以上聞かないほうがいいだろう。ガブリエルはそう思った。
「エリアと話をしてみようと思う。君から事情を聞いたとは言わない。あのように天使の力を人に向けるのはいけないことだと思う。それを伝えようと思う」
「……伝えてみるといい」
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