3-5
その日は,いつもと同じように平和に過ぎていた。ガブリエルはいつものように教会にいた。エリアは教会の仕事で忙しい。そのため,ガブリエルは主に子どもたちに向けて,天使と悪魔の話や働くこと,人を大切にすること,そして読み書きを教えていた。ガブリエルもその仕事を気に入っていて,日々充実感をもって働いていた。ルキウスは新しい家の建設や材料の選定など,物を作る場所で指示を出したり,素材についてあれこれ指導したりすることをしていた。
「新しいものを作るのが好きなんだよな。」
そう話している時のルキウスの表情は,良かった。ガブリエルはそう思った。ルキウスは頭がきれる。村人たちの自警団に入ってほしいと言われていたが,意外にもそこへは参加しなかった。有事の際には協力する,と約束だけして。
ますます,ルキウスは何者なのかわからない。まったくわからない。それでもガブリエルは,ルキウスのことを悪人だとは思えなかった。
「エリア様!村の東口に騎士団が現れ,自警団が対峙しています!」
教会に一報が入る。エリアとガブリエルは表情を硬くし,東口へ向かった。平和すぎて忘れていた。騎士団は,帝国の勢力を拡大するため常にこの周辺の村を狙っているのだった。
東口までは三十分ほど。二人が到着すると,まだ争いは始まっていなかった。ゼフィが騎士団と話している。
「わざわざこんなところまで。ここを見つけてしまったからには,生きて帰せませんよ。」
「この場所はずいぶん前からわかっていた。それ相応の準備をしている。」
久しぶりに現れたクロード。以前よりも多くの部下を連れている。ガブリエルはクロードに悪い印象を抱いていない。論理的で,熱くなりやすいが話は通じる男だと感じている。それは,前回共にいたアルロとの信頼関係が生み出している雰囲気だとガブリエルは感じていた。
「……わかっていた?」
ゼフィは怪訝な顔をする。まるでこの場所が帝国にわかるわけがないと言いたげである。
「今回,俺たちも手ぶらで帰るつもりはない。そして,エリア,お前を悪魔として帝都に連行する。」
「……悪魔?」
「村人を煽動し,金銭を集め,帝国に仇をなす存在。危険すぎるだろ。ゼフィももちろん同罪だ。」
「……怖いですねえ,悪魔だなんて。」
ゼフィは恐れずに笑った。不敵な笑みだ。動揺しているのはガブリエルだ。自警団はゼフィを悪く言われ,怒りに震えている。
「なんてことを言うんだ!」
「教会では何も怪しいことはしていない!」
「お前達が悪い!」
危険だ。自警団は今にも手に持っている剣を振り上げそうだ。
「……クロードさん。エリアは村人に知恵を授けたりしているだけだよ。煽動だなんて……。金銭だって,必要以上に集めたりしてないと思う。」
ガブリエルが言う。クロードは笑いながら訪ねる。
「集めた金は,何に使っているんだ?」
その問いに,ゼフィは笑った。
「なぜ,わが村のお金の使い道をあなたに報告する必要が?そもそも帝国の一部ではないのだし,納税の義務もないわけですが。」
「だが,国土周辺に悪魔がいるのは我々も穏やかじゃないからな。」
騎士団は今回百人ほどいる。ゼフィは自警団五十人を連れてきている。そしてエリアとガブリエルとルキウス。村の自警団はあと三十人いるが,いつ頃東口に何人くらいくるかはわからない。イオは危険だから来るなとルキウスは伝えていた。
「何度でも聞きますよ。我々と帝都に来る気はありませんか。」
アルロが後ろから出てくる。神妙な面持ちをしている。話せば分かり合えるとガブリエルは思っている。特にアルロは冷静で,温厚だ。
だが,ゼフィは笑う。
「そんな気はない。」
ゼフィは両手を前に出し,いつでも騎士団に放てるよう,炎を出す。臨戦態勢だ。
「……そうですか。それでは我々の仲間をたくさん殺めた罪を贖ってもらいましょう。」
アルロが剣を構える。ゼフィは不敵な笑みを崩さない。
「あなたたちも,大分と我々の仲間を殺めていると思いますが?あなたたちが撤退すれば,無用な争いが起こらないのですけど。」
「教会に人を集めて,信者と金を集める。そして,お前はそれを大陸へ送っているだろう。それは帝国の貧困を生む。許しがたいことだ。拠点がどこなのか,ずっと探していたが……やっと見つけた。そしてゼフィ,お前の拠点でもあったとは。」
(この村と,ゼフィのことを別々に追っていて,一緒に見つけた……のかな。)
騎士団は,帝国の生活水準のためにこの村を,そして帝国の治安のためにゼフィを追っていたようだ。
「どうして足がついたのかな。そのあたりは慎重に行動していたけれど。目撃者はみんな消した。もしかして,村に内通者がいる……?」
ゼフィのつぶやき。アルロは怒りの表情を浮かべる。
「我々の仲間は……お前達に何人も捕らえられ,残忍に殺された。我々は目的のために戦うことはあれ,見世物として人の命を奪うことはない。」
ガブリエルはアルロの言葉を聞き,驚いた表情をゼフィへと向ける。
「……詭弁ですね。無駄話はもういいでしょう。」
ガブリエルはエリアに詰め寄る。
「そんなことをしていたのか?あの日のようなことを何度も?エリア,そうなのか?」
「……ガブリエル様。」
エリアは言葉を失っている。
「あんな残酷なことを……何度も?」
「ガブリエル様,エリア様は信者たちを守るために仕方なくしているのですよ。騎士団が来なければ,ただ教会とともに生きるのみ。騎士団が攻めてくるから仕方がないのです。」
ゼフィが言う。ガブリエルは戸惑っている。あの日は何者かの活躍で,おそらくあの捕虜は助け出されたのだろう。だが,助けられなかった命が他にたくさんあるということか。そしてその命を奪ったのが,おそらくエリア。人を集めるため,人々の祈りとお金を集めるために……。
「騎士団を始末してから,ゆっくり説明させていただきますよ。」
ゼフィが炎と剣を騎士団に向ける。ゼフィは手練れだ。前回もあっという間に四人の命を奪った。クロードやアルロを守るのもおかしな話だ……自分はいったいどうすればよいのか,ガブリエルはわからずにいた。
ゼフィはクロードとアルロに向かっていく。そして自警団も騎士団もそれぞれ向かっていく。クロードとアルロは軽やかな身のこなしで,ゼフィの炎や剣を鮮やかにかわしている。自警団は人数が劣っていて,何人かが負傷している。
自分が何のために行動するべきかわからないガブリエル。それなのに周囲では激しい戦いが繰り広げられている。横にいるエリアは言う。
「ガブリエル様。こんなに村人が困っているのに,私は黙っていられません。天使の力を使わせていただきます。」
「えっ。」
エリアは呼吸の整え,大地との対話を始める。それが天使としてのエリアの力。周囲の物に脳波で語り掛け,回路をつなぐ。すると,エリアの体が輝き始め,懐かしい,天使の翼が背中に現れた。すると,騎士団の戦士たちの持つ剣が動きを止めた。
「なっ!」
「ぎゃあ!」
戸惑ったその隙に,切り付けられるものが多数。クロードとアルロはとっさに剣を手放し,ゼフィと距離を取った。
「……あれが天使の力か。」
エリアの支配下におかれた多数の剣が,騎士団に向かって飛んでくる。それぞれが意志をもっているかのようだ。
「ぎゃ!」
その隙に攻撃する自警団。いっきに優勢となった。致命傷をおい,倒れる騎士団に容赦なく剣が突き刺さる。クロードとアルロも全く余裕のない戦いをしている。そこにゼフィが攻撃しようと近づいたところで,木陰から何者かによって衝撃波が放たれた。まさかの攻撃にゼフィはその場から離れたところに転がった。
「……なんだ,今のは。」
ゼフィは受けたことのない攻撃に驚いていた。
「エリア……!もういいだろ!もうやめろ!」
ガブリエルの叫び。まったくエリアには響かない。エリアの表情は笑っていた。
「……どうしてだ……。そんな,人の命を奪って笑うような存在じゃなかっただろう……。」
だが,ここで黙っているだけではいられない。とにかくこの場にいる人たちの命を守らなければ。ガブリエルは立ち上がる。自分の力を地上で使うのは初めてだが……やるしかない。
呼吸を整え,偉大なる神への祈りを捧げる。そして,手を合わせ,集中する。すると,地上に降りて以来広げることのなかった翼が現れた。そして,エリアよりも位の高い天使であることを証明するように,エリアの力のすべてを無効にした。そして,その場にいた全員の傷を癒した。
「……できた。」
天界でも訓練でしか使ったことがない。そして地上で使うのは初めてであった。そして,このような用途で力を使うのも初めてだった。だが,思っていた結果を得られた。
ゼフィはいくらかでも主戦力を削いでおきたいと思い,クロードとアルロに狙いを定めた。だが,二人の動きは早く,見事に撤退した。
「……早すぎる。あの邪魔の入り方といい,内通者がいるのは,間違いない。」
ゼフィは自警団を見渡した。信者の中に,帝国の騎士団と内通するなど,そんな気骨のあるものがいるものか。
「……。」
続いてガブリエルを見る。そしてルキウスを見る。
「……。」
二人に疑惑に満ちた視線を送るゼフィ。その視線を感じ,ルキウスは笑った。
「なんだよ。お前たちの天使を大量殺戮者にしない手伝いをしてくれたんだろ,ガブリエルは。」
「……ふん。」
エリアは翼を開いたまま,茫然と立ち尽くしている。ガブリエルはエリアに近づき,優しく声をかけた。
「ゆっくり休め。お前は疲れているんだ……。そして命を慈しむ,自分の本質を思い出すんだ。」
「……。」
ルキウスのほうへ向かっていくガブリエル。エリアは返事をしなかった。エリア自身,自分の心の中に芽生えた,制御ではない感情に茫然としていた。これは何だ。
自分の力が認められ,信者に愛され,ゼフィに求められ,天使の力を使った。今まで使ってきたのだ。それを,否定され,砕かれた。不安そうにエリアを見つめる自警団。
「エリア様……。」
ゼフィが近づく。そしてエリアの翼に視線を送る。エリアは消耗し,とても息が荒かった。その瞳は,妙に艶めかしく,いつものエリアの様子と異なっているようにゼフィは感じた。その翼は,出会った頃は純白の美しい輝きを放っていたのだが,よく見ると,一部灰色になってきている。ゼフィは目を見開く。
「……へえ。」
ゼフィは,言い伝えに聞いていたことが実際に起こっているという現実に,強い興味を抱いていた。
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