3-4
次の日。
「この村でお世話になることを決めた。」
イオの決断だ。当然だろう。老人と子供ばかりのイオの村だ。裕福で力のある村に身を寄せたいのは当然のことだ。ルキウスも慣れない笑顔を作っている。
「当然の決断だな。」
「お前達も,その……俺と,一緒にいてくれるか……?」
イオは慎重に,ルキウスとガブリエルに問いかける。
「……考え中だ。」
ルキウスのはっきりとした物言い。イオは予想していた答えとはいえ,肩を落とす。
「俺も……。」
ガブリエルもルキウスの言葉に続く。エリアと再会した今,今後のことをもう一度よく考えたいと思っていた。
「そうか。決断したら,教えてくれ。俺を支えてくれた二人だ。どんな決断でも受け入れるよ。」
イオはとても立派な青年だ。たくましく育っている。正しい道,正しい心のまま育ってほしい。ガブリエルはそう思う。
「ガブリエル様……私と一緒に戦ってくれませんか?せっかく再会できたのに……。」
「あ,うーんと……。」
エリアに声を掛けられ,ぎこちなく返答する。ガブリエルは,昨晩の出来事以来,エリアにどう接すればよいかわからず戸惑っていた。エリアは全く気にしていない。それほどに,あの日の出来事はエリアにとって意外性も何もないことなのだろうか。
「……君に俺は全く必要ないだろう?一人で仲間たちと手を取り合ってやっていける。」
「そんな……。」
エリアは肩を落とした。その様子を見たルキウスが笑う。
「最大の誉め言葉だろ。喜べよ。」
ルキウスの言葉に,エリアは笑みを浮かべた。単純だ。そこは天界時代と同じ。純粋で,認められることを喜び,明るい。
エリア達はこの後村人たちとの集会があるらしく,部屋から出て言った。
「お前は,ここに残ることを悩んでいるんだな?」
二人きりになった。ルキウスはガブリエルに問う。ガブリエルはため息をついた。
「……わからない。けれど不安なんだ。なんだか,俺の知っているエリアではなくなってしまっているようで……。」
「……。」
ルキウスは返答しない。ガブリエルはため息をこぼす。
「こんな説明じゃ意味わからないよな。変なこと言った。忘れてくれ。」
「いや……感覚は,大切なものだ。だが……。」
ルキウスはそこで続きを言うのをためらった。
「だが?」
「お前はエリアを探していた。エリアの側にいると言うと……思っていた。」
「うーん。そうだね。ほんと,その通り。……あ,ルキウス,お前はここに残らないならどこへ行くんだ?」
「……俺か。俺は……そうだな,どこへ行こうかな。俺は有能だからどこへ行ってもどうにか生きていける。」
ルキウスはいたずらっぽく笑った。ガブリエルもつられて笑う。
「そうか。……あれ,ルキウス,ケガしてる?」
「え?」
「血がついている。ほらここ。」
ルキウスの袖についた血。
「……いいや。鼻血出したチビの手当をしてやったからその時ついたんだろ。」
「……鼻血。」
***
結論をはっきりさせないまま,数日の平和な日々を過ごした。エリアは村人に愛と平和を語り,祈りの大切さを説いている。温かい笑顔だ。柔らかい日差し。美しい。
ガブリエルも教会に出入りし,エリアに依頼されるままいろいろな話をした。天界の話,ミカエルの話,リュシフェルの話,そしてイオと出会ってからの地上での日々。いろいろな人に助けてもらって,なんとか過ごしていること,自分の力を村人の幸せのために活かしたいこと。全員で安全かつ幸せな日々を過ごしたいこと。
「天界がよかったとは思わないけれど,誰もお腹を空かすことなく,命が脅かされることのない日々は貴重なものだとわかった。」
教会の庭で,村人たちに話をするガブリエル。遠くで村の子ども達が走り回っている。
ガブリエルは空を見上げる。天界で暮らしていた割には,天界のことを良く知らないガブリエル。思考することなく,ミカエルが言うままに暮らしていたことを痛感する。
「俺はほんの少し特別なことができるから,天界みたいにここの人たちが平和に暮らせるよう,自分にできることをする。今は……地上にいる間は,それが俺のしたいこと……かな。」
「ガブリエル様,そんな素晴らしい日々を作るために我々にできることはありますか。」
村人たちは曇りのない瞳をしていた。ガブリエルは心温まる。
「皆さん毎日熱心に働いて隣人のために尽くしているではないですか。それが何よりも尊いことだし,それがみんなの心を一つにして,一人ではできないことを成し遂げていくんですよ。」
「……我々にそんな力が。」
「僕にも……。」
村人が輝いた瞳で自分の話を聞いてくれることが嬉しくて,たくさん話した。たまにルキウスも聞きに来て,終わった後冷やかしの一言を言って去っていく。平和な日々だ。
「ガブリエル様は変わりませんね。あなたは人に勇気を与える。」
教会の建物から,庭に出てきたエリアが言う。エリアは「今日の分だよ」と言いながら,祈りの言葉を書き記した書物を村人に渡す。村人は受け取り,硬貨や小麦をエリアに渡す。
エリアが渡す物を,これ以上ないほどの喜びの表情で受け取り,エリアと直接話せたことを喜んで去っていく村人たち。
「……勇気を与えているのはエリア,君だろう。村人は君に祈りを捧げているんだ。イオはすっかり教会の管理人みたいになってしまったよ。」
「彼は働き者です。よく私を助けてくれます。」
イオはすっかりエリアに心酔し,よく尽していた。
「今のところ騎士団も現れないし,この日々が続くといいな。」
「そうですね。少し物足りない気もしますが。」
「……え。」
「祈りの強大な力を村人が実感する機会が失われている。祈りをさぼる者も出てくる。どれだけ祈りが重要かを,実感する機会は定期的に必要です。」
「……そんな機会なんて,ないほうがいいだろう。平和が一番じゃないか。」
ガブリエルが言う。エリアはまた何かを言いかけたが……。
「必要なのは,信者の祈りと金だろ,エリア。祈りに来た信者が教会に収める金。」
村人たちが去っていった方向から,ルキウスが現れ,笑みを浮かべながら言う。
「ゼフィがその金を何かに使っているだろう。少なくともこの村のためじゃないよな。」
「……ルキウス。」
エリアの表情が曇る。ルキウスはまだ続けた。
「一生懸命勢力を拡大するのも,そのためだな。村人に少ない賃金で労働させ,その金を教会に収めさせ,金を集めている。なあ,教えてくれよ,エリア。ゼフィは何に使っているんだ?あの金を。」
「ルキウス……そう言い切るには何か知っているのか?」
ガブリエルが言う。ルキウスが何を知っているのか,知りたかった。
「いいや。知らないからご教授いただきたいわけだよ。ゼフィが金をまとめて持って,定期的にどこかへ行っているのは確認したが,まかれてしまうんだよなあ。俺に目をつけられていることに気付いているな,あれは。」
「……。」
エリアの表情が曇る。
「俺はそれなりにイオ達を大切に思っている。今のままじゃ,この村に不安があって任せられない。知っていることを言いな,エリア。」
ルキウスはそう言いながら,笑みを浮かべていない。ガブリエルは息をのんだ。
「エリア……知っていることを教えてくれよ。それを聞いたら安心するから。今の話を聞いてしまったら……俺は不安だよ。」
村人の笑顔や無垢な瞳が脳裏にちらつく。
「……わからないんだ。」
「え?」
「私も知らないんだ。一度聞いたことがある。その時には,心配しなくていいと言われた。それに,何も困ったことは起こっていない。正しく使ってくれているってことだろう。」
エリアは言う。表情から察するに,嘘は言っていないように思う。
「ごまかされている人間の言いそうな言葉を,そんなに並べてくれるなよ,エリア。何も安心できないぜ。」
ルキウスは笑った。ルキウスはすべて知っているのではないだろうか。ガブリエルはふとそう思った。そう思ったところで,絶対にルキウスは教えてくれないと思うが。
「……ゼフィは,信頼に足る人間だ。」
エリアが言う。その言葉は虚空に消えた。
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