3-3

「どうした,ルキウス。あんなはっきり敵対心を……。せっかくこの村に来たのに。」

「ああ,そうだな。ちょっと言い過ぎたな。だが,俺が思っていることは言ったとおりだ。やつら,相当帝国の騎士団を殺しているぞ。」

「それは,調べものをしていた時に知ったのか?」

「ああ。周辺の村の記録や住人に聞きこんだりしてな……。エリアが現れてから,騎士団は何度もここに現れているが,一向に制圧できていないようだ。そして,この村は周辺の村を吸収して勢力を拡大している。教会には元の十倍,人が集まり,村に集まる資金もそれに同じ……だ。」

「……救われたい人が多いということだろう。不思議か?」

 ガブリエルの疑問。ルキウスは笑う。

「信者集めて,敵を殺して,金を集めてるんだろう。やばい奴らだろ。そしてお前のお友だちはその中核を担っているのさ。」

「……その言い方。もしかして……君は帝国の関係者なの?」

「さあな。」

 ルキウスははぐらかした。ガブリエルは,声を小さくして言う。

「もしそうなら,今すぐにここから逃げた方が……。」

「俺が逃げる?馬鹿言え。そんなことは世界が終わる日が来ない限りありえない。だが,お前は用心するんだな。」

「一体その自信は何だよ……。」

 ガブリエルはため息をつく。帝国の人間だったら命が危ないのに,天使である自分を心配している場合か。

「エリアはお前に心酔している。心酔は,時として反動で激しい憎しみになる。味方してやれよ,どんなにあくどいことをしていたとしてもな。」

「……エリアはあくどいことなんてしないよ。なんだと思っているんだよ。天使だよ。」

「ふん。俺は,お前を……心配しているんだよ。」

ルキウスはそう言うと,まっすぐガブリエルを見る。

 まるで,本当にガブリエルの心配をしているようだ。

「……そうか,それは……どうも。」


「あ!エリア様のお知り合い!」

 二人に,村の子ども達が近づいて来た。

「エリア様のお知り合い!」

「きっとすごい方々だ!」

「僕達を守ってくれる!」

 五人ほどの子ども達だ。イオの村の子ども達とは身なりが違う。清潔感にあふれ,生き生きとしている。

「……こんにちは。」

 ガブリエルが挨拶をすると,目を輝かせて喜ぶ子ども達。嬉しそうだ。

「……エリアが守って来た子ども達だ。こんなに生き生きとしている。この笑顔を作ったのがエリアなら……それは,嬉しいことだよ。」



***



 エリアは,教会の中の一室をガブリエルに用意した。

「不自由なことがあったら,なんでも言ってください。」

「ありがとう,エリア。」

 エリア自ら,案内して部屋にたどり着いた。やっと二人で話ができる。

「ガブリエル様,どうやって地上に来たのですか?」

「そうだよね,気になるよね。誰にも呼ばれてないんだけど……。」

 ガブリエルはそう言いながら,閉架書庫での不思議な体験を思い出す。自分によく似た,不思議な服装をした青年。そして,現れた銀の羅針盤。

「エリアが消えた後,古代資料館でいろいろ調べてたんだ。そうしたら……。」

 ここでガブリエルは考える。自分の不思議な体験は,おそらくエリアには理解しがたいのではないかと。

「……銀色の羅針盤を見つけて,その羅針盤に従ったら,古い神殿にたどり着いたんだ。すごい眩しい光に包まれて,気付いたら地上にいた。」

「……そんなことがあるのですね。私は,ゼフィ達が召喚するために祈り続けた結果奇跡的に呼ぶことができたらしいです。」

「へえ……エリアが地上に降りた初めての天使ということ?」

「どうやら,そうでもないみたいです。過去に何度か天使は地上に召喚され,人間のためにサタンと戦ったという歴史があるらしいですよ。」

「そうなんだ。全然知らなかったな。」

「私もです。天界にいる天使は誰も知らないのではないでしょうか。」

 エリアはそう言う。だが,おそらくミカエルはすべてを知っていただろう。ガブリエルはそう考えていた。そして,四大天使として特別扱いされていたわけだが,重要なことは何一つ知らされていなかった。自分の知っていた世界は,偽りの世界。本当のことは,何も知らない。その事実が心に重くのしかかった。

「……そっか。何にも,知らなかったんだなあ……俺。」

「……私もです。けれど,今は真実を知り,自分の意志で私はこの村で生きています。そして,村人のためにできることをすべてしています。」

 エリアの表情は,天界で見たものと全く違った。生き生きとし,自信にあふれている。夜,自分を呼ぶ声に怯えていた天界でのエリアはもういない。それは,ガブリエルにとって嬉しいことであった。

「うん。エリア,君が元気に……そして生き生きと過ごしているのはすごく嬉しい。地上に来てよかったって今思っている。」

「ガブリエル様は,このあと,どうするのです?」

「……。」

「私を探しに地上に来てくれたのですよね。この後は,どう考えているのですか?」

「……。」

 ガブリエルは黙る。

 確かに。地上に来たのはエリアを探していたからだ。ミカエルに背を向けて,地上にやって来たのだ。もう天界に戻ることはできないだろう。

(戻り方も分からないしなあ。)

「どうしようかな。まだ分からないよ。」

 ガブリエルは笑った。何一つ,自分で決めたことは無い。今回地上に来たことも,羅針盤の導きがあったからだ。

(あ,でも……。ミカエル様に背いたのは,初めて自分で決めたことかもしれない。)


「もしよければ,この村で私と共に村人のために戦いませんか?」

「……戦う?」

「はい。村人を率いて,悪の帝国と戦うのです。村人の平和のために。それは,今ガブリエル様がいらっしゃる村の住人を助けることにもなると思います。」

「……。」

「今すぐにお返事を下さらなくてもよいです。ご検討ください。」

 エリアはにこりと笑った。そして部屋を出て言った。


(……俺の,これからかぁ……。)

 ガブリエルは,今まで考えたこともない議題に途方に暮れていた。

 ルキウスは隣の部屋にいるらしい。広い教会だ。イオ達も同じ建物の中にいる。

(……明日,ルキウスに相談してみよう。)



 その時,扉をコンコンと叩く音がした。ルキウスの声がする。ガブリエルが声をかけると入って来た。

「お前ら,話長すぎるんだよ。」

 ルキウスの言葉だ。ガブリエルは笑う。

「待っていたのか。それは申し訳ないな。」

「……スカウトされてたな。」

「聞いていたのか。」

 ルキウスは頷く。ガブリエルは,自身の迷いを打ち明けることにした。

「エリアを見つけることが目的だったから。もう目的は果たした。この後のことは,まだ何も考えていないんだ。」

「……お前はどうしたいと考えているんだ。」

「うーん。とりあえず,イオ達のことは心配している。だけど,エリア達と合流するのなら,心配はいらないなと思う。」

「……そうとは限らないと思うぜ。」

 ルキウスが言い放つ。ガブリエルは疑問に思った。

「どうしてだ?ゼフィも強いし,エリアは天使だ。だいたいの問題は解決できるだろう。現に,天使の力でこの村の人たちを守っている。ルキウスは,何に不信感をもっているの?」

「俺は……,」


 その時。

「ぎやああああああ!」

 教会前の広場から聞こえた悲鳴。ガブリエルは急いで駆けつける。教会には人だかりができている。そこをかき分けて,中心に進むガブリエル。信者たちは熱狂していた。

 ガブリエルは中心にたどり着き,わが目を疑った。エリアが,縄で縛られた男の胸に剣を突き刺していた。男は何度も切り付けられたらしく,大量に出血していた。もう一度剣を引き抜き,さらに切り付ける。

「ちょっ……!」

 ガブリエルはエリアに駆け寄る。すると,両腕を信者に捕まえられた。エリアは男を切り付けることに集中しているのか,ガブリエルにまったく気付いていない。さらに口も手でふさがれる。

「静かに……。」

 耳元で聞いたことのある声がした。ゼフィだ。

「エリア様が直々に手を下すことで,信者はさらに祈りの力を高めるのです。恐怖と畏怖,そして美しさが信者をさらにエリア様を慕う気持ちを増加させ,それはすなわち祈りの力が大きくなるのです。」

 信者たちは,怒号のような声で何か言っている。

「エリア様……!」

「エリア様こそ我々を導く天使……!」

 エリアは虫の息の男を見下ろし,とても美しい笑みを浮かべた。男は騎士団の制服を着ていた。いつかの捕虜なのだろうか。わからない。エリアの今の表情は,果たして天使なのだろうか……。ガブリエルは伝説でしか聞いたことのない存在を思い浮かべた。すると,同じタイミングで,男がつぶやいた。

「あ……悪魔……!」

 そういった瞬間,教会のすべての蝋燭の炎が消えた。突然の暗闇に,騒ぐ信者。

「うわっ!」

 エリアの悲鳴。信者が動揺から腕の離し,ゼフィがガブリエルの口から手を離したおかげで,ガブリエルは自由を手にした。

 ゼフィは得意の炎で教会を照らした。すると,男はいなくなっていた。


「……。」

 教会を一瞬にして暗黒の世界にし,その一瞬で誰にも気づかれず男を連れだす。そんなことができる人間がいるのか。

 信者たちも呆気にとられている。

「我々の敵はエリア様に恐れをなして逃げ出したのです。」

 ゼフィの言葉。信者たちは活力を取り戻す。

「そうだっ!エリア様!エリア様万歳っ!」

 異様な光景。ガブリエルは背筋が凍った。今誰かが連れ出さなければ,この熱狂の中,あの男は殺されていたのか。そして,エリアはその行為によって信者から力をもらうのか。

「エリア様はよくやっているでしょう?ガブリエル様。」

 ゼフィが耳元でささやく。ガブリエルはなんの返答もできなかった。無意識にルキウスを探す。だが,周囲に見当たらなかった。

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