3-2
歩いて十日ほどの道のり。
その村には,中心に大きな教会があり,老若男女たくさんの村人が暮らしていた。
一行を迎えてくれた人たちは,みな優しい笑顔を浮かべていた。ガブリエルはその優しい笑みがゼフィにとてもよく似ていると感じた。
「お待ちしておりました。」
「イオです。」
名乗るイオ。笑顔で出迎えてくれた老人と握手を交わす。若者ばかりだったイオの村とは,ずいぶん異なる。老人以外にも,働き盛りの大人達が数多くいる。
「我々の村には,守護してくれる天使様がいます。ぜひお会いしてください。」
「……天使?」
ガブリエルは驚く。ルキウスは笑う。イオは疑問を投げかける。ゼフィは解説をした。
「驚くかもしれないけれど,大陸とこの村の知識を結合して召喚術を作りあげて,天使を呼ぶことができたの。信じられないかもしれないけど,会ってみてほしいの。」
「……天使を呼ぶ?」
ガブリエルは茫然と呟いた。
「へええ。召喚術ねえ。」
ルキウスは興味深そうに呟いた。
村の中央の教会は,天使のための場所であったようだ。イオとルキウスとガブリエルのみ面会を許され,謁見することになった。
「ようこそいらっしゃいました。この村へ。長い旅でお疲れでしょう。ゆっくり休んでください。」
天使と呼ばれている人の顔を見て,ガブリエルは心底驚いた。
「……え。」
「……ガブリエル様?」
それは本当の天使だったのだ。ガブリエルが地上に現れるきっかけとなった出来事。それはエリアが急に姿を消したことだ。そして,その手がかりを求めて地上にやってきたのだ。天使は地上のことを何も知らない。だから,どこかで命を落としているのではと不安に思うこともあった。だが,再び会うことができた。
「……エリア。ここにいたのか……。」
ガブリエルは涙をこぼしている。今日まで,手がかりすらつかめずにいたのだ。エリアも二度と会えないと思っていた同族に会えたことに喜びを感じ,涙を流していた。
「生きていてよかった……元気そうで……。」
「ガブリエル様も……。しかしなぜここに……。」
エリアが抱いて当然の疑問だ。地上である。ここは。
「君を捜して地上にきて,そしてイオの村にお世話になっていた。まさか,こういう形で会えるとは……よかった……。」
この村に来て,エリアと再会するなど夢にも思っていなかった。ガブリエルはまだ信じられないといった表情をしている。
「あなたはやはり天使でしたか。」
ゼフィが言う。エリアはゼフィに視線を向け,熱い口調で語る。
「ガブリエル様は,私などとは比べ物にならない大天使様です。ガブリエル様がいらっしゃれば,この村は安泰です。ガブリエル様……旅でお疲れでしょう。明日,今までどのように過ごしてきたか……お互い話をしましょう。」
「ああ。今日までどのように過ごしていたか,教えてくれ。」
その様子を見つめるルキウス。どちらかというと,エリアのことをじっと見ている。まるで,探していたものを見つけたかのような視線だ。エリアもその視線に気づく。
「こちらの方は……。」
「ああ,彼はルキウス。私の命の恩人だよ。彼がいなければ,イオの村で助けてもらうこともなかったし,今日こうしてあなたと再会することもできなかった。」
「そうですか。ルキウスさん。……あなたと,どこかでお会いしたことがあるような気がしますが。けれど……どこで会ったのかわかりません……。どこかで感じたことがあるような気がしますが。どこででしょう……。」
エリアは言いながら困惑しているようだった。
「いいや。初めましてだよ,エリア様。俺はルキウス。イオの村で世話になっている,ただの商人だ。」
「……そうですか。わかりました。では,皆様に宿を用意してあります。もちろん村人の皆様にもご用意しております。旅の疲れを癒してください。」
「ああ,ありがとうエリア。」
「では後ほど。」
エリアの部下に案内され,宿へと向かうガブリエルとルキウス。ガブリエルは話しかける。
「ルキウス。探していたのって,もしかしてエリアなのか?」
「エリアを探していたって……そりゃお前だろう。見つかってよかったな。」
「はぐらかすな。お前が探しているのって,エリアだったのか?この村の場所だったのではないか?」
ガブリエルはとても気になっているのだ。ルキウスの考えが,そして知りたがっていることが。
「……。」
「何のために……。」
「どうして俺が天使様を探すんだ。別に助けてほしいことなんかないぜ。」
「それがわからないから……聞いている。」
「……答えたくないな。」
ガブリエルは,ルキウスはある程度誠実だと思っている。
(ルキウスは,嘘は言わない。)
だから,本当に答えたくないが,エリアやこの村のことを捜していたのだろう。いつから?イオの村にいたのは,エリアを捜すためだったのか。聞きたいが,ルキウスは答えないだろう。ガブリエルに話すべきことではないと判断しているのだろう。それならば,しつこく聞くべきではない。そういうことだろうか。
ガブリエルにいろんなことを隠しているようだが,不思議なことに,ルキウスに対して不信感を抱いてはいない。
(どうしてだろう……。)
***
大きな客間に通され,とても長い食卓に案内されたガブリエル達。出てくる料理には海の幸,山の幸がバランスよく使用されている。とても豊かな暮らしをしているように感じる。ガブリエルは地上の料理に疎いため,見たことのない料理ばかり。驚いている。
「これは……なんだろう。」
「鶏肉だな。オリーブオイルがかかっている。」
「こっちは……?」
「こりゃ,パンだ。小麦から作られているんだぜ。」
「……初めて見る。」
「イオの村では小麦が手に入らなかったからな……。そして,この技術……白くてこんなにふんわりとしたパンは帝都で高価にやり取りされている物だ。」
「ふわふわで美味しい。」
ガブリエルは食べながら,目を輝かせて言う。
「そうか。」
ルキウスはそう言いながら笑っていた。
実のところ,ガブリエルには食事がほとんど必要ない。全く食事をしないのは不自然だと,ルキウスが言うので,たまに食事を口に運ぶようにしていた。
そのうちに,ガブリエルにはなんとなく好物が出来て来たのだ。
「私はここの村の民に召喚され,地上に来ました。初めは戸惑いましたが,ゼフィをはじめ,この村の人たちに温かく迎えられ,楽しく過ごしています。」
エリアは,今日までの出来事を,柔らかな笑みを浮かべて話す。
「帝国の騎士団が攻めてきたときに,エリア様は我々を守ってくださいました。それ以降,ずっと守ってくださっているのです。」
ゼフィが補足の説明をする。ガブリエルは驚く。
「天使の力を使って,人間と戦ったの?」
「はい。この力を,虐げられている人たちのために使いました。この村の人たちの熱心な祈りで,どんどん力が満ちています。」
「……祈り。」
「ええ。この村の人たちは教会で熱心に祈りをささげてくれます。それは私の力となります。その力でこの村の人たちや虐げられている人たちを救うことができます。今,私はそれができることがとてもうれしいのです。」
エリアの満面の笑み。天使は祈りでその力を倍増させる。それは知っていたが,天界への祈りはミカエルがすべての天使に対して良き配分で配っていた。
「……そうだったか。困っている人々を助けている……それは良いことだ。」
「ありがとうございます。」
エリアの笑み。ルキウスは鼻で笑った。
「ふん。困っている人を助けると言って,人を殺しているだけだろう。」
「……。」
エリアの笑みが消える。
「天使の力を使って,人殺しをしたのだろう。」
ガブリエルがルキウスを制する。
「そんな言い方をするな。エリアは自分にできることをしているだけだろう。」
「自分にできることが人殺しだけだったのに,なんかすごくありがたいことをしているかのように話すから,少し気になっただけだ。気分を害したのなら謝るよ。すみませんでした。」
「その心のこもっていない謝罪……!エリア,ごめんね。ルキウス,どういうつもりなんだ。」
ガブリエルは,心配性で不安症のエリアに配慮し,ルキウスを責めた。ゼフィが騎士団の命を奪った様子が脳内に浮かんだ。
(エリアはあんな風に人間を殺してなんていないはず……きっと違う感じで,仕方なく……。)
「ガブ。見たくないものから,目をそらすべきじゃないと思うぜ。」
「……。」
ルキウスの物言いは,鋭い刃のように相手を切り裂いてしまう。ガブリエルはエリアの表情を見る。どう思っているだろう。すると,エリアは無表情だった。ガブリエルは驚く。
「俺は気分を害した。退席させていただく。」
ルキウスは席を離れた。ガブリエルはその背中を追っていく。
「エリア,ごめんね。みんなと食べていて……!イオ,あとのことは頼むよ。」
「……はい。」
イオは驚いている。
無表情だったエリアは,ルキウスの背中を追うガブリエルに驚いた表情を浮かべている。
「久しぶりにお会いできたのに……。」
「話している最中に,エリア様を放って退室するなんて……ガブリエル様……。」
ゼフィが,そう呟く。エリアの表情は暗い。
「……。」
「ルキウスさんは,面白いことをいいますね。エリア様。」
ゼフィが不敵に笑っていた。
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