3-1

 ゼフィが村にやってきてから半月がたった。イオはまんまと手中に収められ,ゼフィを全面的に信頼している。村人たちもそうだ。そしてゼフィのおかげもあって,騎士団も攻めてきていない。

 ルキウスは一週間,留守にしている。村人には,騎士団が周辺でなにか企んでいないか調査すると言って出ていったが,ガブリエルには別のことを言って出ていった。


「ゼフィの素性が気になる。調べてくる。心当たりがある。」

「……え。」

「セラフの民であるのは間違いない。だが,この帝国にやってきてからどんな行動をしていたのか気になる。ゼフィには気をつけろよ。」

「……わかった。」


 そうして村を離れたルキウス。ガブリエルはその間ゼフィをよく観察していたが,何もおかしなところはない。優しく,慈しみにあふれ,そして知識も多い。村の子どもたちの指導者となって,読み書きや大陸の物語を教えている。

 正しき道を行くこと,そして時に悪と戦うこと。

 そうして,命を失ってきた多くの英雄の話。

 ガブリエルは遠巻きに聞いていたが,いい話だなと聞き惚れていた。

 騎士団の命を奪った時のゼフィの表情は怖かったが,今はとてもそんなことがあったことが現実だったとは思えない。あの柔らかな笑顔で,人を殺めるなどとても信じられない。

(こんなに素敵な話をする人が,悪い存在だとは思えないんだよなあ。)


「ガブリエルさん。いらしていたのですか。」

 ゼフィの話に聞き惚れていたガブリエル。ゼフィはそんなガブリエルに気づき,声をかけてきた。優しく,慈しみのあるゼフィの声,そして表情。天界を思い出す。平和で,安定していて,ミカエルにすべて守られている世界。


「ああ。いい話だね。大陸の話。毎日話しているのに,毎日違う話。すごい。君は物知りだ。」

「子供のころから,ずっと聞かされてきたのです。我々は常に追われていたので,この物語で民の心を一つにする必要があったのでしょうね。」

「なるほど。そして,この国を救うために大陸からやってきたのですか。」

「ええ。まだ志半ばです。この村以外にもたくさんの村を救いたい。」

 ゼフィは遠くを見つめる。

「……なるほど。」


 どうしてルキウスは,ゼフィに気を付けろ,などと言うのだろう。こんなに優しくて,頼もしい存在が他にいるだろうか。ゼフィのこの村のことを託せばすべてうまくいくのではないだろうか。ガブリエルは,帝国騎士団の命を奪っていたゼフィの姿を思い浮かべ,ルキウスには何か考えがあるのかもしれない…と考え直す。

「実は,私と共に戦ってくれている村があるのです。また騎士団が来たときのために,私は今この村に留まっていますが,ゆくゆくはあちらに合流したいと思っています。イオさんも,合流することを了承してくれました。あとはルキウスさんに賛成していただくのみなのですが……。」

 突然の展開。ガブリエルは驚く。イオが賛成したということは,村の賛成だ。だが,どう考えても賛成しないだろう男のことが気になった。

「ルキウスには,もう話したの?」

「いいえ。イオさんはルキウスさんの話も聞いてから最終決定をしたいとのことで。」

「なるほど。」

 イオはルキウスを相当信頼している。ルキウスがこの村で,イオの力になり続けてきたことがよくわかる。ルキウスも,帝国の騎士団と死闘を繰り広げてきたはずだ。それなのに,「騎士団の命を奪うことが,目的ではない」と言い切れるのは,かなりすごいことなのではないかとガブリエルは感じている。守れなかったものがたくさんあるはずだ。その悔しさを晴らそうと思えば,騎士団の命を奪って復讐したいと思ってもおかしくはない。だが,ルキウスはとても合理的な判断をしていた。

聞いていた「人間」というものと違うな,と思った。


――――強欲で,誘惑に弱い。

 ルキウスが言っていた。ガブリエルはルキウスがそんなことを言った真意が気になった。



***



 やがてルキウスが戻ってきた。

 イオとゼフィはすぐに,ほかの村と合流することを提案した。ルキウスはしばらく考え,了承した。ガブリエルは驚き,理由を聞いてみた。

「ゼフィに力を貸している村というのが気になっていた。この目で見られるのなら,大賛成さ。」

「……。」

「ゼフィさんの行動のこと,わかったの?」

「ああ。多少な。その,ゼフィに力を貸している,貸してくれている村とやらのことも少しわかった。そして……俺が知りたかったことが,わかりそうだ。」

 ルキウスは満足そうな笑顔を浮かべていた。

「ルキウス……君は,本当に一人でなんでもできてしまうね。すごいなあ。」

「……。」

 ガブリエルの言葉に,ルキウスは黙り込む。

「どうしたの?」

「いや……不思議だな。俺はずっと半人前だったから,何でも自由に決めて,自分で解決したいって思ってたんだ。だが……。」

「?」

「……今,なんだか不思議な感情になった。」

「……?」

(ルキウスが半人前の様子なんて……想像できないな。)

 ガブリエルは,想像して笑みを浮かべた。



 ルキウスは先に自分の住居に戻った。日が暮れ,村の子どもたちに勉強を教えた後,墓地の前を通ると,イオが立っていた。両親の眠る場所だ。両親の他にも,たくさんの大人が永遠の眠りについている。

「イオ,この場所を離れるのはやっぱり寂しい?」

「ああ。だが,村人を守るためなら……やむを得ないと思う。また,たまに墓の様子を見に来ようと思う。」

「……そうだね。」

 十五歳で,後を託され,亡くなった大切な人の思いを継ぐのは,想像を絶する重責だろう。ガブリエルは,そんな責任を負ったことはない。だからこそ,力になりたいと強く思う。


「今は,正直……仲間が増えるのがありがたいんだ。どんどん周りの大人が死んでいって……。俺に何かを決めろって言われても,正しいのか間違っているのかわからなかった。ルキウスやあなたが来てから,とても心強かった。そしてさらに仲間が増えるなんて。とても嬉しい。今はその嬉しい気持ちが大きい。」

 イオがガブリエルに視線を向けながら言う。ガブリエルは笑顔を浮かべる。

「そうか。イオが安心するなら,それが村人たちの安心につながるよ。私たちもついていくから,力になれそうなことがあったら,いつでも言ってね。」

「ありがとう。」

 親や近しい大人をなくしてどれだけ心細かっただろう。それでも,村人のために恐怖と戦ってきた強さに驚く。

 そのイオに安心できる場所を与えることができるゼフィに,ガブリエルは感謝の思いをもった。悪い人ではないのではないかなと。

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