2-3
「異なる存在……とは。お前は何者なんだ。」
ガブリエルが言う。相手はもちろんルキウスだ。
「さあ。あんな怪しい男のいうこと放っておけばいいさ。」
「なんだか,彼より君のほうが怪しいなあ。」
素直な気持ちだ。ルキウスの存在は訳が分からない。
「……お前も異なる存在って言われていたぜ?」
「……私は,そうだろう。彼が本当にウリエルの子孫ならわかるはずだ。」
「ふうん。」
「だが,お前はなぜ……。」
ガブリエルの問いに,ルキウスは表情を硬くして答える。
「言うつもりはない。お前は知らないほうがいいと思う。このままこの村で,生きていけばいいさ。」
「……どういうことだ?」
「イオを助けて,村人を助けて,力を合わせてここで生きていく。それでいい。」
「……。」
「悪くないって思っているだろう?」
ガブリエルは言い当てられて,驚いた。もちろん,エリアを捜すという本来の目的を忘れているわけではない。だが,この村を拠点として活動し,見つけることができるのではないかと思っている。特にセラフの民と今回繋がりを持つことができれば,天使であるエリアを見つけることができるのではないだろうか。
「俺の正体を知ったら,ここにはいられなくなる。それはお前の望むところではないだろう。」
「……お前の正体はそんなに知ってはならないことなのか。」
「そうだ。絶対に知らないほうがいい。」
「……。お前も言いたくないのか?」
「そうだな。あまり言いたくないな。お前に知ってほしくない。」
「……わかった。」
ガブリエルはルキウスの望まないことをするつもりはない。だが,ルキウスの知っていることには興味がある。ルキウスは何を知っていて,何ができるのか。どんな世界を見てきたのかを知りたい。この世界のことを自分よりも知っているのなら,教えてほしいと思うが……ルキウスの望まないことをするのはガブリエルの望むところではなかった。
***
「さて,村の皆さんこんにちは。帝都にくる決意は固まったかな。」
翌日笑顔で現れたクロード。クロードは心から,村人が帝国に下らない理由が理解できないので,昨晩で論理的な話し合いがなされ,正しい道を選んでいることを期待していた。アルロは不安な表情を浮かべている。譲れない思想があることの強固さは今まで戦い,奴隷としてきた様々な民族の抵抗で実感していた。どうして同じ経験をしているのに,とらえ方がこれほどまでに違うのか。人間とは面白い。ルキウスは笑った。
「なんだ。」
「いや,面白いと思ってな。」
「……?」
ルキウスの愉快な笑みの意味を理解できないクロード。そして表情を曇らせるアルロ。
「我々とともに来てくれますか。悪いようにはしません。」
アルロの言葉。イオの表情は変わる。心が揺れている。当然だ。イオは恐怖を感じているし,村人に被害をこれ以上出したくなかった。だが,ルキウスは笑った。
「悪人は,みんなそう言うんだぜ。」
「……。」
「俺はお前たちのやり口はよく知っている。俺は俺なりに村人を守りたいからな。」
「……。」
「俺なりにイオの力になる。な,ゼフィ。」
ルキウスの後ろからゼフィが現れる。愁いを帯びた表情をしている。クロードとアルロはその顔に見覚えがあるようだ。
「お前,生きていたのか。」
クロードの驚き。そしてその横でアルロが息をのむ。
「……。」
そして,アルロの表情が曇る。自分たちの劣勢を感じている。村人を守るよりも,クロードと自分の部下を守ることに意識を向けている。ガブリエルはそれだけゼフィの存在が騎士団にとって脅威だということに驚く。ゼフィはこんなに,穏やかそうなのに。
「セラフの民がついているのなら,容赦はしない。」
アルロの言葉。クロードが覚悟を決めた表情をし,ルキウスは笑った。
「話し合うのではなかったのか?」
「……セラフの民がいるのなら,話し合いなどしている余裕はない。我らの命が危ない。」
「俺たちからは何もしない。」
ルキウスの言葉に,アルロは笑った。
「その者が,我々の仲間をどれだけ殺めたか。」
「……。」
ルキウスの驚いた表情。
「命を狙われ続けているのです。抵抗するのは当然のこと。」
ゼフィが悲痛な表情を浮かべる。
「お前達セラフの民には,とてもよい条件を出しているはずだ。それなのに抵抗し,我々の仲間を殺め,やつらと結託し皇帝にたてつこうとしている。」
クロードが言う。深く頷くアルロ。ガブリエルは問う。
「やつら?」
「私の協力者のことです。」
ゼフィが答える。
「お前達は怪しげな術を使い,多くの仲間を殺めた。そしてこの帝国を手に入れようとしている。」
クロードがゼフィに向けて言い放った。ゼフィは笑う。
「表現が偏見に満ちている。我々はこの帝国を正しい方向に導こうとしている。」
「帝国にとって何が正しいか,決めるのは皇帝陛下だ。お前達ではない。」
そしてクロードは剣を抜き,構える。ほかの騎士団も同じく,戦闘態勢だ。騎士団は三十人程度である。村を手に入れることに,難しさを感じていなかったことがよくわかる。ゼフィに脅威を感じているが,撤退は選択肢にない。ゼフィの脅威は三十人でどうにかなるかもしれないという程度であると騎士団は感じているということか。
ガブリエルは,天使の力をどの程度使うべきかを悩んでいる。だが,もともと人を殺傷するような力は持っていない。傷を治したり,体力を回復したりすることでしか天使の力を使ったことがない。使ったことがないだけで,自分にはもっといろいろな力があるのだろうか。ガブリエルは今まで思ったことのない発想に自分で驚いた。
ゼフィは息を吸って,吐く。そして両手を前に出し,手のひらを自分へと向ける。なにか大陸の言葉らしきものを呟くと,手のひらの上に炎が現れた。そして,それを自在に操る。
村人は驚き,怯えているが,ゼフィはそれもお見通しである。
「大丈夫です。あなた方に危害を加えるつもりはありません。私の標的は帝国の騎士のみです。」
天使のような笑顔である。天使のガブリエルがため息をつくほどだ。
「ゼフィ一人では,命を奪うほどの炎ではないと聞いている。驚いて剣先が狂うことがないよう気をつけろ。」
クロードの言葉の中の「ゼフィ一人では」という物言いに,ルキウスは表情を変えた。ガブリエルは問う。
「何か知っているのか?」
「……いや。知らなかったからこそ,知りたかったことが近づいてきて,喜んでいるのさ。」
「……?」
「とにかく。ゼフィに人殺しをさせるのは村人の心境的にもあまりよくないだろ。俺も戦って騎士団を驚かせ,退かせ……。」
「ぎゃあ!」
騎士団の一員の声が鈍く響く。首から血を流し,倒れている。そしてそれは一人ではない。
「トロル!ティーナ!」
アルロの声が響く。すでに四人ほどが血を流して地面に倒れている。いつの間に……。
ゼフィの持つ剣からは血が滴っている。表情一つ変えていないゼフィ。あまりに速い動き,そして戦いに慣れている優秀な戦士だ。イオは,今まで騎士団に怯え続けた反動だろうか,興奮した表情でゼフィを見つめている。
「よくも……。」
クロードはゼフィに怒りの視線を向ける。
「あなた方が帝国各地でしていることに比べたら,かわいいものです。被害者になると残忍さへの憎しみは募りますね。加害者のうちは気づかないのです。」
ゼフィは剣先を見つめながら無表情で呟く。
「クロード,撤退すべきです。我々は今日,ほぼ非武装の村の制圧をする体制でやってきた。だが,ゼフィがいるとなると話は違うだろう。皇帝陛下に指示を仰がなければならない。」
「そうだな。お前は正しい。よし,けが人と遺体を運べ!」
「……そんな余裕をもって撤退できるとでも?」
ゼフィはすでにクロードに剣を振り下ろしている。ルキウスとガブリエルも声を聞いてから気づいたという速さだ。
クロードは寸でのところで受け止める。重い。おしとやかな顔をしている剣の主,だが帝国の軍隊で巨漢の剣を受けた時のような重みを感じている。
「くそ……!ゴリラかよ。」
「それほどでも。」
「ほら!速く!お前ら今のうちに撤退しろ!」
「クロードっ!」
「俺は一応隊長だぜ!危機の時にはだれよりも働かなきゃ!」
「お前は指示を出すんだよっっ!」
アルロはゼフィに切りかかる。
「おい。たまには隊長にかっこつけさせろよ。」
「ない袖は振れないだろ。」
二人がゼフィの相手をしているうちに,素早く撤退する騎士団。指示系統は真っ当で,ある程度有能な部隊だとわかる。二人は相当な使い手だが,ゼフィは余裕の表情だ。炎で驚かせたり,火傷を負わせたりしながら,二人を追い詰めていく。
「私から逃げきれると?」
ゼフィの言葉。
いく場所からも出血しながら,クロードは笑顔を浮かべて言い返す。
「ああ。お前が現れたこと,俺らから皇帝陛下にお伝えしなきゃな!」
クロードはアルロと撤退体制に入る。イオが叫んだ。
「家族の仇だ!そいつらを殺してくれ!」
ルキウスとガブリエルはお互いの顔を見合わせた後,イオに視線を向けた。すると,ほかの村人も続いた。
「そうだ!殺せっ!」
「殺してしまえ!」
ゼフィは笑みを浮かべた。
「……そうでしょう。仇の存在は憎いものです。私は彼らのため,あなた方を逃がすわけにはいかないのです。」
そして剣を構える。
「……ずいぶん,嬉しそうだな。お前。」
つんと響き渡るルキウスの言葉。ゼフィは不満そうな顔をする。
「いけませんか?」
ゼフィの言葉に,ルキウスは笑う。
「人を殺すことに喜びを覚える……まるで悪魔じゃないか。」
「……心外ですね。村人たちを苦しめた悪を成敗しようとしているだけですよ。ほら,あなたが邪魔をしたから,奴らが逃げていく……。村人たちはがっかりしたことでしょう。」
騎士団は迅速に,美しく撤退していた。
「……やつらを殺すことが目的じゃない。村人の命を守ることが目的だ。それに奴ら二人,いや今回来た三十人を始末したところで,村人のこの先の無事を保障できるわけでもない。」
「あなたは,人の心情というものがわかっていないのですよ。そんな合理的な考えに村人たちが納得することはない。奪われた分だけ,奪いたいのですよ。」
ゼフィは笑った。ガブリエルは背筋が凍るような恐怖を感じた。理屈はわかる。わかるが,優しく,慈しみを体現したようなゼフィのこれまでの姿からは想像もできない残忍な表情をしていた。
そして,なぜだろう。村人たちの表情も,ゼフィによく似た表情に見えた。
ガブリエルは,ふと,ルキウスの表情を見た。
ルキウスは無表情だった。ガブリエルが想像したすべての表情と違った。
「どうした?」
ルキウスが視線に気づき,ガブリエルに問う。
「いや,その表情は……どういう表情?」
「……。」
ルキウスは視線を空に移してから,口を開いた。
「俺がどんな顔していたか自分では分からないが……探していたものを,半分見つけたっていう表情だな。」
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