椅子、ごめんなさい。 🪑

上月くるを

椅子、ごめんなさい。 🪑





 人への愛着はときに自分でも辟易するが、モノへの執着は淡白な方かな?(^_-)-☆

 ひとり暮らしに生活の匂いが稀薄と言われるヨウコは、自らをそう分析していた。


 家具や電化製品から寝具まで必要最低限があればよく、部屋は広くしておきたい。

 必ず来るそのとき異界へ持って行けるのはせいぜい愛用の小物ぐらいだし。(笑)


 遺された家族にかける負担を思い、これ以上モノを増やさないことに決めていて、つい先ごろも、意外に使用頻度が少ないソファや安楽椅子を処分したばかりである。




      🏠




 けれど、あれだけは取っておけばよかったと後悔している、思い出の椅子が一脚。

 かれこれ六年になろうか、力尽き会社を解散したとき、片づけに何か月も要した。


 まず膨大な商品の在庫を倉庫から外へ運び出し、収集業者に持って行ってもらう。

 重量があるのでそれだけで枯れ枝に痩せ細り、事務所の整理まで余力がなかった。


 事務机も書棚その他も一刻も早く処分して、つぎの企業に引き渡さねばならない。

 で、「この椅子はどうします?」スタッフに訊かれたとき「あ、要らないわ」と。


 持病の腰痛悪化予防に少し奮発し、何十年もお世話になったメッシュの椅子……。

 なのにヨウコはろくにお礼も言わないまま、気づいたら視界から消えていた。💧




      🎞️




 かなり遅れて後悔が押し寄せて来たのは、自宅で残務整理を開始したときだった。

 いまさらだが、社長椅子の処分を決めたとき「邪魔」の二文字が脳裡をよぎった。


 頑丈で疲れにくい構造で、キャスター付きの脚が長くて、部屋の場所取りになる。

 事実、いまその椅子がこの部屋にあったら、かなり鬱陶しく感じたかもしれない。


 けれど……あの椅子こそ、半世紀近くにおよぶヨウコの半生そのものだったのだ。

 湿った表現を自分に許せば、喜怒も哀楽も共にして来た家族や仲間のような……。



 ――もう一度、あの椅子に会いたいよう。(´;ω;`)ウゥゥ



 量販店で買った廉価な事務椅子をきしませながら、ヨウコはときどき呟いてみる。

 収集車から市の処分場に直行し、情け容赦なく放りこまれたであろう、あの椅子。


 ときにモノにも魂魄が宿る、所有者の思いの丈が籠もった……。

 いまにしてヨウコはそう思い、ひそかにあの椅子に詫びている。





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