第7話 親と子
「ところで拳くん……ここに来てどれくらいになるのかね?」
「二日です」
「ご両親はご健在なのかな?」
「親父は自分が八つの時に戦争で死にました。今は、お袋と二人で暮らしてます」
拳は同情を向けられたくないのか、まるで日常会話のように淡々と答えた。
「そうか……それではお母様も心配なさっているだろう?」
「ハッハハハ……そんな様なんて付けんでもええですよ……なぁ〜に一週間やそこら帰らんでも大丈夫ですよ」
「そ……そうなのかい?」
「あ……あの〜その事でしたら大丈夫だと思います。拳さんの世界では今時間は止まっています」
「? ま〜た訳の分からん事を言ってるのぉ〜」
「まぁ拳さんに説明しても理解していただけないとは思いますが……私が以前暮らしていた聖カルテーヌ大聖堂での転生魔法は、転生者様の役目を果たし終えた後に元の世界に戻られたとしても、いつもの日常に戻れるように転生魔法と併用して時間魔法も掛けられているので、拳さんが帰りたいと思った時はここに来る前の時間、場所に戻れます」
「ほぉ〜成程なじゃあ暫くここに居ても大丈夫っちゅう事じゃな」
拳は意外にもサンディの難解な説明にすんなり理解している様子を見せた。
「あれ? 随分、飲み込みがはやいですね?」
「考えるのを諦めただけじゃ……」
「あ〜やっぱり……」
「ほぉ〜サンディさんは聖カルテーヌ大聖堂のご出身なのですか……」
ボディックが少し驚いた様子でサンディに聞き返した。
「はい、そうです」
「なんですか? そこは?」
「孤児を預かっている宗教施設だよ」
「孤児?」
戦争を経験した拳は孤児こじと言う言葉に、敏感な反応を見せた。
「……はい、私も父を亡くしました……モンスターの討伐のお仕事で、それで拳さんと同じく私も母としばらく暮らしていたのですが……家計が苦しくなり大聖堂に預けられたのです……」
「ほうじゃったんか……まぁきっとサンディの親父さんも立派な最期じゃったんじゃろう」
「……立派な最期ってなんなんですか?」
サンディの声に怒りが入り混じっているのを感じた。
「ん? ……どうしたんじゃ?」
「死んでしまう事に立派も何もないと思います……」
「……まぁな、そう言う考えも当たり前なんかもしれんのぉ……」
もちろん拳には悪気などは全く無かった。しかし、サンディの怒りが混じっているような震えた声に対して拳は悟りの入った独り言の様にポツリとサンディに言葉を発した。
「そうです当たり前です……私はあの泣いている母の背中を見たらそんな風には割り切れません!」
「なぁサンディ……ワシの話も聞いてくれ……確かにサンディの言う事も分かる……ワシも親父が死んだ時は親父を憎んでたよ」
「……当たり前です」
「でもな……ワシはやっぱり心から憎むことなぞ出来んかった……サンディには理解できんかもしれんがワシは親父が誇らしくもあったんじゃ……」
「誇らしい……?」
拳は少し顔を上げて、幻影のような何かを見つめる様にサンディに語り始めた。
「親父を最後に見送った時、親父はワシの頭を撫でながら"母ちゃんを頼んだぞ"と一言だけ言って家を出で行った……その時、親父の背中は震えとったよ……その時ワシは色々悟ったよ……あぁ本当は親父も死ぬのが怖いんじゃとか、言葉には出来んものまで本当に色々と……不思議じゃなぁ〜震えた背中は同じなのにワシはそれを見て、親父を誇らしく思ったんじゃ……」
「拳さん……」
「誇らしく想っていれば、親父はワシの中にいる様な気がするんじゃ……サンディも自分の中にいる親父さんに、いっぱい文句言ったらええ……いっぱい喧嘩したらええ……喧嘩の後はきっと仲直りも出来るじゃろう」
サンディは"人を憎んではいけない"という大聖堂の教えに対し"父を憎んでいる自分"に常日頃から葛藤を抱いていたが、拳の言葉にスーと楽になっていく感覚を感じた。
「拳さん……今は仲直りなんて出来そうにありません……けれど、いっぱい喧嘩をしてみます」
「ヘヘッ……上等、上等」
「拳くんは強いんだな……」
「強い!? ワシがですかい? ヘヘッ喧嘩じゃ負け知らずじゃい」
「い、いやその……心がという意味だよ」
「はぁ……そうですかいのう……」
拳にはボディックの言う事があまりピンと来ていなかった。それは、強く生きねばならぬという事では無く、只々それは拳にとっては大好きだった父を憎みながら生きる選択が嫌だったからという、拳が自然に身につけた、いわゆる処世術であった。
「その歳でその考えは中々出来るものではないよ」
「いや〜そうじゃないんじゃ……何というかその……そう言う生き方が好きなだけですわい」
「好きな生き方か……」
「そうです……それに、そんな考えもしなくちゃ前には進めませんからのぉ」
「そうかぁ……君のお父様はきっと立派な人だったんだな」
「ハハッ立派かどうかは知らんが……ワシは親父の息子に恥じない生き方をしたいだけじゃ……まぁ上手くいかん時の方が多いがのぉ……」
ボディックは嬉々として語る拳を、寂しい眼差しで、じーと見つめていた。
「ん? ワシの顔になんか付いてますかい?」
「なぁ……拳くんに聞きたいんだが、ラングストンはいい奴だと思うか?」
「え〜!? あれのどこが? ……ウッ」
「親御さんの前ですよ……少しは考えて下さい」
サンディのツッコミの肘打ちが拳の腹に突き刺さる。
「ハハッ……いいんだ、アイツは生まれてから自慢ではないが、地位も、勇者としての才覚も、持ち合わせている……そんな環境がアイツを傲慢な男にしてしまった」
「目を覚まさせるとは、ワシになにをしてもらいたいんですか?」
「アイツを……ラングストンを倒して欲しい!」
「はぁ……」
拳はボディックの懇願にまるで生気を感じない、ため息にも似た空返事をした。
「拳くんが初めてなのだ! ラングストンに歯向かっていった人間は、ラングストンの背景を無視してただの一人の人間として接してくれた男は!」
「親父さんよ……悪いんじゃが」
「!?」
「アイツの目を覚まさせるなんざ……クソっ喰らえじゃい」
拳の冷たい視線がボディックの胸に突き刺さった。
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