第5話 筋は通すんじゃ!

「この度は、わたくしのパートナーである転生者、男虎拳がご子息様に大怪我を負わせてしまいました事を心からのお詫び申し上げます……フゥ」


 サンディは帰宅後に翌日のラングストン卿への謝罪を何度も練習し床に就こうとしていた。


「はぁ〜何故あの様な乱暴な人を転生してしまったのかしら……」


(良いですかサンディ……あなたが最初に転生なさる方は貴方が一番心から会いたいと思っている方です。貴方にもきっと素敵な方が転生者になっていただける事でしょう)


(はい! ありがとうございます。司祭様)


「拳さんが私が一番会いたかった人……? そんな事は……」


 サンディにとってはカルチャーショックとも言える、非日常が重なった日であり、肉体的な疲労と精神的な疲労により、すぐに眠りについてしまった。


(お母さん……お父さん、死んじゃったよ……どうしてお父さんが死ななきゃならなかったの?)


(サンディ……お父さんはね……)


「……お母さん……どうして? ……ん?」


 深い眠りから目が覚めたサンディは、懐かしさと、どこか哀愁が心に宿っていた。


「夢……?」


 身支度を整え、テーブルに二人分の朝食を用意し外で寝ている拳を起こしに行った。


 ──昨晩──


「えっ? 外で寝られるのですか?」


「当たり前じゃろうが!? 恋人でも何でもない今日知り合ったばかりの男女が一つ屋根の下で寝れるわけないじゃろが……でもまぁサンディが良いんだったら明日の景気付けに一発……カッカッカッ」


「外で寝てください」


 ──現在──


「ンガーーーァァァピーーー……ンガーーーァァァピーーー」


(緊張感の欠片もない……)


「拳さん! 起きて下さい!」


 今日下手をしたら殺される可能性も十分にあり得るのだが、大の字になりながらヨダレを垂らし道の端で、まるで我が家で寝ている様な拳をサンディは揺すり起こした。


「んあ? ファ〜〜〜よく寝たわい」


「ちょ……朝食を作りました」


「!? ワシの為にか? ヒャッホーーーイ」


 サンディと拳は家の中へと入り朝食を取った。拳にとっては海外で母以外の女性が自分の為に朝食を用意してくれた事に、舞い上がるのも無理はなかった。

 しかし、サンディの方は……


「ハァ〜……」


「どうしたんじゃ? 元気がないのぉ?」


「当たり前です!」


「まぁ心配しなさんな……サンディだけはワシが必ず守っちゃるよ……命がけでもな」


「え?」


「なんじゃ? 何かワシ変なことでも言うたか?」


「い、いえ……何も」


(サンディ……父ちゃんは男だ! 男はな……自分の命を賭けても女や弱い人を守るもんなんだ……だからサンディ……もし父ちゃんに何かあっても)


「サンディ?」


「え!? どうしました?」


「何かボーっとしとったが大丈夫か?」


「あっ、だ、大丈夫です少し考え事をしてました」


「ほーん……」


「そ、それより良いですか? 私が謝罪をラングストン卿にお伝えしますので、拳さんは……」


「分かっちょるよ、ワシは後ろで大人しくしちょるわい」


 朝食を済ませると二人はラングストン卿の屋敷へ向かった。屋敷は都市部より少し離れた、林の中に建てられていた。二人は門番に事情を話しラングストン卿の家長であるボディックへの取り継ぎをお願いした。すると、門番の一人が拳たちに話しかける。


「ほぉーじゃあ、お前が坊ちゃんをやったのか?」


「おぅそうじゃあ……おかげで様でスカッとしたわい……」


「チョット拳さん!」


 どこか門番を挑発するかの様に誇らしげに言い放つ拳に対しサンディは慌てふためきながら拳を制止した。

 すると門番がニヤリとほくそ笑み。


「ここは都市部から離れた林の中……何か事故が起きるかもしれんな……」


「フフ……じゃあ、お互いに《おたがいに》気をつけんといかんなぁ……」


「拳さん!」


「ご案内致します」


 門番と拳がやり取りをしていると間から正装を身に纏った執事の様な初老の男が間に入ってきた。


「おぅ!? びっくりしたわい」


「ハハ……失礼を致しました。私、執事のニールと申します。どうぞコチラへ」


 ラングストン卿に重傷を負わせた張本人が目の前にいる。しかし、この執事からはまるで緊張感というものが感じられないのである。まるでこの日が来る事を分かっていたかの様に……。

 二人は言われるがままこの執事の後に着いて行った。

 屋敷の中は博物館の様な広さで通路の途中には高価な美術品の様な置物が並んであった。


「かぁ〜いい商売しとんなぁ〜」


「コチラでございます」


 二人は応接間の札が付いてある扉の前に案内された。


「ご主人様、お客人を連れて参りました」


「……入ってもらえ」


(あぁ……神よ)


(とりあえず、警戒はしとこうかのぉ)


 執事のニールが扉を開け、まずサンディが神妙な面持ちで中に入ろうとする。


「し、失礼致しま……」


「よぉ! ラングストンどうじゃい怪我の具合は、ん?」


「ちょっと! 拳さん!」


 室内に漂う重苦しい雰囲気にそぐわぬ、拳の軽快な言葉が発せられた。しかし重傷を負わされた当のラングストンは一瞥を投げただけで、反応は無かった。


「君かね? うちの息子の頭をかち割ったというのは?」


「そうです。ワシがやった事です」


 互いに目線を逸さずただ淡々と問答が始まった。サンディは拳の誠実な態度に驚きをかくせずにいた。


「理由は?」


「あ、それについては私から……」


「ワシはまだハッキリと理解はしとらんのですが」


「チョット!? 拳さん?」


「ここに居るサンディに日本という国から転生されてここにやってきたんです。どんな事情があろうとも異国に来たちゅう事……それはすなわちワシは祖国、日本を代表してここにおるっちゅう事です。アンタの息子はそんなワシに対し侮辱とも取れる様な発言をしちょりました。ワシは祖国日本を愛しております……己れの愛するものを侮辱されこの様な対応になったちゅう訳です」


 サンディを遮り真っ直ぐに事の経緯を話す拳に対してラングストンの父ボディックはただ黙って拳の瞳をじっと見つめ毅然とした態度で聞いている。


「たがらワシは、息子さんに対しては謝罪する気持ちは無いという事をここでハッキリと申し上げます」


「う〜ん……」


 ボディックは腕を組み怪訝な表情を見せた。


「けんど、アンタにとっては大切なご子息じゃ……それに対して怪我をさせたと言うんも事実です。これはアンタの息子とワシの喧嘩じゃあ……もし、子供の喧嘩に首を突っ込む言うんじゃったらワシは、アンタに対しては謝らせてもらいますわ……誠に申し訳ない」


 ボッディックは顔を見上げて少しの間考え込み


「子供の喧嘩か……うーん喧嘩両成敗という事でいいかな?」


 強張っていた表情を緩ませ柔らかい声で拳に提案を持ちかけた。


「親父さ〜んやっぱり話がわかる人じゃったんか〜」


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