第3話 拳……勇者に吼えろ!!!

 おそらく貴族かそれ相応の身分なのであろう。

 高価そうな衣服を身に纏い、金や銀に装飾された大剣を背中に背負い、金髪の髪をなびかせ、傍にガールフレンドと思しき女性、後ろには配下らしき人物と共にいわゆるナルシスト的な雰囲気を醸し出した男が店の中に入ってくるなり嫌味を吐いた。

 そして、先程まで明るい雰囲気に包まれていた店内は重苦しい雰囲気になってしまった。


「誰じゃありゃ?」


「シーッ彼は、ラングストンと言って、この街一帯の大地主のご子息なんです。彼はお父様の権力を笠にいつも威張っているんです」


「嫌だったら帰っておくれ」


 女将がラングストンの嫌味に対して、毅然とした態度で接する


「フッ……そんな態度でいいのかな? 親父に行ってここの店の土地代を、こんなウサギ小屋のような店の売り上げじゃ払えない額にしてもいいんだがな……」


「クッ……」


「その場合、体で払ってもらっても……」


 ラングストンが女将の体をいやらしく触った。


「チッ……」


 女将はラングストンの手を振り払い、厨房へと入って行った。


「下衆が……」


「ちょっ! シッー」


「? おぉ〜サンディこんな所で会うなんて」


「ど……どうも」


「美しい君にはこんな小汚い店は似合わないよ……どうだい? 僕達とこれからもっとオシャレな店に移動しないかい」


「お……お断りします」


「つれないことをいうなよ……君もこれからギルドで働くんだろ? 僕と仲良くしてればいろいろとメリットが……」


 ラングストンがサンディの顎を持ちながら顔を近づける、サンディも拒絶の反応を見せると……


「おぅ……」


 拳がラングストンの手首をガシッと掴みサンディから引き離した。


「あんちゃんよ……ええ加減にせんかい、嫌がっとんが分からんのか?」


「何かな君は? 男女の仲に横槍を入れるのは無粋じゃないかな?」


「ほうか……ワシにゃそんな風にはみえんかったがのぉ……」


「君はサンディとはどう言う仲かな?」


「ワシはサンディに、転生……? されて此処におるんじゃ」


「転生!? もしかして君はサンディの、勇者候補かい? プッハハハハハハハハ」


 ラングストンが笑い出すと仲間達も一斉に笑い出した。


「ハハハハハハッおっかしい〜」


「コラ、失礼だぞ……若様も……プッハハハハハハ」


「クックック……失礼、君はどこの国出身なのかな?」

 

 拳は胸を張って答えた。


「ワシか? ワシはなぁ……日出る国! 日本じゃい!!!」


「プッ何処の国〜? 聞いた事無いんだけど〜」  


「コラよさ無いかエレナ……クックック……悪いけど君には勇者は務まらないと思うなぁ……勇者というのはそう……生まれも育ちも完璧な僕みたいな人間に相応しいのさ……だか君のような、にっぽんだっけ? そんな僻地の生まれで、しかも君は見たところ庶民じゃないかな?」


 ラングストンの話を冷ややかな表情で聞いていた拳が口を開く


「ほうか……何故おどれらに笑われにゃならんのかワシにはサッパリ分からんけどなぁ……確かにわしゃ庶民じゃ、日本ちゅう国も戦争でメチャメチャにされて今は貧乏じゃ……もう一度言うちゃる……今はじゃ! ワシは必ずもっといい国になるとそう信じとるわい……おどれが何を喚こうが《わめこうが》わしゃわしが日本人ちゅう事を誇りに思っとる!」


「グッ……」


 鋭い眼光を放っていた。それは単なる愛国心か……それとも……武器も所持せず、転生という言葉もよくわかっていないという事は、この男が住んでいる世界では魔法も恐らく存在していないであろう……ラングストンからすれば、取るに足りないただの庶民である。

 しかし、この男から発する気迫にたじろいでしまった。


「さっきから、勇者、勇者言うとるが勇者言うんはおどれみたいな奴の事か?」


「あ、あぁ……そうさ」


 ラングストンも引いている所を見せれば示しがつかぬと誇らしげに答えた。


「おどれみたいに、立場や地位を笠に着てよぉ……威張り散らかす人間が勇者言うんじゃったらそんなもんクソ食らえじゃ……わしゃ死んでもならん」


「ならないんじゃなくて、なれないのさ君にはね」


「ラ……ラングストン、あまり現実を突きつけたらかわいそうよ」


 エレナが何かを察知したかのように場の収拾を計った。


「……そうだな、まぁせいぜい頑張りたまえ、あぁそうだ、剣が欲しければいつでも僕の屋敷に来るといい……おーい! いつものやつを持って来てくれ、もちろん最優先で……」


 ラングストン達は拳の後ろの席に座った。サンディは拳の怒りがいつ爆発するかと、生きた心地がしなかったが何事もなく終わり安堵した。


「フゥ〜拳さん、助けていただきありがとうございました。ここにいる皆さんはあまりラングストンに対して強く言えないんです。でも拳さんとラングストンのやり取りを聞いて元修道士の私が言うのは憚られるのですが……少しスッキリしちゃいました。フフ……」 


「あぁ〜チッ、ダメだなぁ〜……チッやっぱりダメだなぁ〜」


「え……?」


 拳は首をかしげながら、ブツブツと独り言を言っている。その様子を見てサンディに不安がよぎる


「サンディよぉ……先に謝っとくわ、スマン」


「な、なぜ拳さんが謝られるのですか?」


「ここ……サンディの行きつけの店なんじゃろ? サンディの顔立てて暴れんように抑えてたんじゃが……やっぱり、わしゃ無理じゃ」


「えっ? ちょっと!?」


 そう言うと拳はおもむろに立ち上がり隣の席で呑んでいた客に、話しかける


「すまんが……その瓶は空ですかい?」


「え? あ、あぁ……」


「じゃったら、わしに譲ってくれませんかのぉ……」


「い、いいけど……そんな物どうするんだ?」


「おおきに」


 拳は空の瓶を片手に握りしめラングストンの背後に立った。


「おい!」


「!? 何かな?」


 ──パリン──


「…………………………」


 ──ピュ〜ルルル ピュ〜ルルル──


 ──ドタッ──


「キ……キャャャャャャャャャャャャャャャャャャ」


「若様〜〜〜〜」


「ヘヘッ……剣なんていらなかったのぉ〜」






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