掌編小説・『ビスケット』

夢美瑠瑠

掌編小説・『ビスケット』

(これは、2019年の「ビスケットの日」にアメブロに投稿したものです)


       掌編小説・『ビスケット』


 おれは菓子メーカーの新製品開発部、部長だ。

 社長から「新しい、売れるビスケットを考案してほしい。これは至上命令だ。3月末までに腹案をまとめろ」というお達しがあった。

 新製品開発部だから、常に新しいアイデアを絞っては、応用して、利益の向上に

貢献しようとしていて、それが日常なのだが、こういう緊急の命令は珍しい。

 大体が発売しているのは洋菓子が多くて、パンケーキやら、バームクーヘンやら、スナック菓子やら、マカロンやら、そういうものをいろいろなバリエーションで品揃いさせているのだが、最近ヒットしたのは、「冷たくないソフトクリーム」である。

 ソフトクリームは好きでもあの冷たいのが却って食べにくい、常温でもふわふわで、溶けないソフトクリームがあればいいのに・・・

 そう思っている人が多いのではないか?そういう発想がドンピシャに当たったのである。

 売れに売れて、会社には超高層の新社屋が立った。

 こういうことがあると、開発者冥利に尽きる、というものだ。


 ところで、社長命令だが、なぜビスケットで、なぜそんなに急を要するのかは分からないし、別に聞いてみてもいいのだが、とにかく命令は履行しなくてはならない。

 会議を招集して、部員全員にパンフレットを配って、「売れるビスケット」のアイデアを募ることにした。

 いわゆる、ブレーンストーミングである。

「塩辛いビスケットというのはどうでしょうか。美味しければ甘くなくてもいいわけです。」

「リッツ、ていうのがあるけどね」

「当たりのくじをビスケットの中に仕込んでおいて、それが出るともうひと箱もらえる、というのはどうでしょうか」

「NOIRという名前にして、チョコレート仕立てのビスケットを作ればどうでしょう」

「ヨーロッパ各国のビスケットの味を調べて、スウェーデンの味、デンマークの味、パリの味、とか銘打って「ヨーロッパ紀行」というシリーズにして売り出したらどうでしょう」

 色々とアイデアが出て、最終的な決断は部長のおれに委ねられた。

「そうだなあ・・・やはり甘利くんの、『特殊な砂糖の抽出加工法で甘み度10倍、夢のように甘い甘いビスケット』というのがいいんじゃないかな?どれくらい甘いんだろう、と興味を引きそうだ。スイーツが好きな人なら甘いお菓子には目がないはずだから・・・購買層の嗜好にマッチしている発想だと思うね」

 全員別に異論もなく、そのアイデアが採用されることになった。

 社長の認可もおりて、4月の下旬にはその、『スイーテストビスケット』というのが、出荷発売された。

 豈はからんや、新しいビスケットは数日をえずして爆発的なブームになった。

 TVCMの、「とことん甘やかしてア・ゲ・ル♡」というコピーも話題をさらった。

 遠からず、また新しいビルが建つかもしれない・・・


「ところで、」

とおれは社長にたずねた。

「なぜそんなに急にビスケットの新製品が必要だったんですか?」

 社長はニヤッと笑ってこう答えた。

「なに、孫娘がビスケットが好きでね、もうすぐ誕生日だから、最新流行の美味しいビスケットをプレゼントしてやりたかっただけさ」


<了>


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