第44話 自覚こそがスタートライン

――ハフッハフ、美味しいです。詳しいことは全く分からないですが、何だかとても幸せな味がします。


「メープルが濃厚ですし、フルーツの酸味も良いアクセントになっています。ハーゲンダッツが最高なのは言わずもがなですが。知っていますか、松延さん。ハーゲンダッツの生産工場は世界に四つだけなんです。そして、そのうちの一つがなんと……群馬にあります」


――あ、そうなんですか。へー。


「興味無さそうですね」


――ハーゲンダッツは偉大。それだけ知っていれば十分です。あぁ、ハーゲンダッツをバケツいっぱい食べたいです。


「それには同意ですが、もう少し興味を持ってください。ちなみにですね、私がかつて住んでいたアメリカでは、ハーゲンダッツはとても安かったです。正確な値は知りませんが、半値から三分の一くらいの値段だったと思います。留学時代には毎日食べていました。巨大なサイズのものを買って、毎日ちびちび食べていました。今思えば贅沢な生活をしていたものです。ふふ」


――ずるいです。


「一旦スマホ返してください。良いもの見せてあげますから」


――逃げませんか?


「逃げませんから」


――良いですけど、終わったら返してくださいね。


「これ私のですからね? っと、どこだったかな。あぁ、あったあった。ほら、これが当時の写真です。ほらほら、すごいでしょ?」


――なんですか、これ。貴族ですか。こんな贅沢な食べ方許されませんよ。捕まりますよ? ずるいずるい。見るんじゃなかった。通報されたくなければ、今日の夕飯も作ってください。


「どさくさで何言ってるんですか。絶対嫌です」


――そうは言いつつも、美味しいヒレカツを作ってくれる七篠さんなのであった。


「ないですね。無理です。というか、よりにもよって揚げ物を作らせる気ですか。仕事を手伝わせて、挙句手間のかかる揚げ物を? 信じられないくらい図々しいですね」


――ささっと適当にやってくれればいいんですって。


「……あなたは今、全国の家事従事者を敵に回しましたよ」


――いやいやそんな大袈裟な。


「あなたは揚げ物の大変さをちっとも理解してないです。どうせ作り方も知らないんでしょうけどね」


――馬鹿にしてるんですか? それくらい知っています。アレですよね、なんか付けて揚げるんですよね?


「二度と知った風な口を利かないでください。さもないと……」


――さもないとなんですか?


「ばくびょうあいじんしゃ……」


――ちょっと、それ七篠さんが嫌なことに直面した時のキーワードですよね? 私そこまで酷いこと言いました? 


「……こうかんせいさいごく。ふぅー、落ち着きました。さて、それでは、インタビューを終えてしまいましょうか」


――ヒレカツ……。


「他に何か聞きたいことはありますか? 流石にもうそろそろ終わりで良いのでは?


――まだDVの解決法を聞いていないカツ。DVの治し方を教えて欲しいカツよ。


「語尾でアピールしても無駄です。絶対に作りませんからね。それにしても……解決法ですか」


――勿論、昨日最初に言われたことは覚えていますカツ。『DVとは一生付き合っていくべき問題だ』と仰られていましたね……カツ。ただ、それを踏まえた上で、問題にどう向き合っていくべきかを教えて欲しいカツ。


「そういうことなら……分かりました」


――おぉ。ついに、ヒレカツを作ってくれる気になったカツね。良かったですカツ。


「分かったのはそちらではありません。作りませんからね」


――ふふ、分かっています、分かっています。


「全く分かってなさそうですが、面倒なのでチャッチャと進めます」


――お願いします。ついでにカツもチャッチャと揚げてください、なんちゃって。てへ。


「……」


――……ごめんなさい。


「まぁ雰囲気を和ませようとしたってことで許してあげます」


――寛大な処置まこと痛み入ります。


「でも、ここからはちょっと真面目にいきますからね?」


――全神経を総動員して全力傾聴姿勢を取らさせていただきます。


「よろしい。では、始めますね」


――お願いします。

「まずはですね、現在DV癖のある方に伝えたいことがあります」


――それは?


「あなたにはDV完治はまず無理であるということです。不可能です。一生治らないです。あなたは、いずれパートナーを罵るし、暴力も振るいます。家庭を持っても、いずれ必ず子供にも当たり散らします。それで、その子供が成長したら、あなたのDV癖も感染します。負の連鎖はどこまでも続きます。当然です。だって、あなた自身がそうだったじゃないですか。過去にDVをされて嫌だったはずです。あれほどDVを憎んでいたはずです。にも関わらず、今は自分が同じことをしているんですから。仮に過去にDV経験がない場合でも同じです。自分がされて嫌なことを人にしているという点では何も変わりありませんから。ですので、そんなDV癖のあるあなたは結婚も出産も諦めるべきであると私は考えます。今は大丈夫だと思っても、いずれ必ず失敗しますから。最愛の家族にあなたが経験したような辛い思いをさせるだけです。絶対に止めておいた方が良いです。ロクなことにならないので」


――……。


「あぁそうだ。松延さん、先程話した三つの心構えにもう一つ追加しておいてもらえますか? 〝一人で死ね〟と」


――……。


「松延さん?」


――あまりにも自虐的過ぎて絶句してしまいました。


「本心ですから」


――でも、実際にDVを克服した方もいるはずです。


「そうかもしれませんね。でも、私も、他の多くの加害者の方も無理だと思います。さらなる被害者を出さないよう、私に言えるのはこんなことくらいです」


――……とても悲しいです。私はバッドエンドは嫌いです。何とかもう少しハッピー寄りになりませんか? 染み染みフレンチトーストもう一口あげますから。


「仕方ありませんね。そういうことでしたら、もう少しだけ頑張りましょう」


――お願いします。


「まず先程言ったことですが、それに関しては私の主張を曲げることはできません。本心ですから。ですが、それでも尚、それを前提にした上で先に進みたいという方へ向けての話ですね。と言っても、私にとっても未知の領域ですから、人伝に聞いた話になります」


――それは克服したという方から?


「彼は克服したとは言っていませんでしたが、私からはそのように見えました。その方から聞いた話です」


――なるほど。


「まずですね、最も大事なのは〝自覚〟です。そこがスタートラインとなります」


――自覚ですか?


「はい。自分がDVをしているという自覚。それを悔いて悩んで、改善したいという自覚。自身がクズであるという自覚。まずそれらありきです。そこを認めないことには治すも何もありませんから。私の父や、過去の私のように自覚が無いようでは無理です。『それDVだよ』と伝えても、『そんな大袈裟な。少し喧嘩になったくらいで』となりますし、下手したら激昂してさらなる諍いに発展します。そんな状況でメンタルクリニックへの通院を勧めても絶対に荒れますし、さりとて大の大人を連行するなんて物理的に不可能です」


――なるほど、確かにそうですね。では、もし仮に自覚が無い場合にはどうすれば良いと思いますか?


「出来るのならば全力で距離をおくべきです。ストーカーになるかもしれないので、逃げる時は全力です。あらゆるセーフティネットを利用して、事前に必要なことを全て調べて徹底的に逃げましょう。逃げるなら都会がお勧めです。都会人は良い意味で無関心ですし、都会には選択肢が多いです。部屋も仕事も相談窓口も、頼れる制度も何もかもが多くて充実しています。それから、田舎と違って足となる手段がなくても生活できるのも大きいですね」


――加害者に自覚を芽生えさせるというのは難しいですか?


「難しいですね。人は歳を取れば取るほど考えが凝り固まりますから。ましてや被害者は侮られている立場です。自分より下位と見做している者に諭されて考えを変えるようなら、端からDVなんてしません。それでも可能性はゼロでは無いと思いますが、一生を棒に振る覚悟で臨むべきだと思います。根本から性格を変えるようなものですから。最低でもその人物が生きてきた時間と同じだけの時間を費やす覚悟が要ると思います」


――基本的にはお勧めしない?


「基本的にどころか、絶対に勧めたくないです。まぁ自分の人生ですから、相手にそれほどの価値があると思うなら試せばいいと思います。でも、どちらにせよ一旦クールタイムを設けて、周囲の意見も聞いた方が良いですね。洗脳に近い状態で視野が狭まっているだけの場合もあり得ますし、冷静に考えてみたら相手が単なるクズだったなんてこともあると思います」


――恋は盲目ですもんね。


「そうですね。ですので、友人の意見も参考にするといいですよ。特に女性の言う『あの人は止めておいた方がいいよ』はとても信憑性があると思います。あれは一種の超能力の域ですよ、ふふ」


――何ででしょうね、女性の方が観察力に優れているとか?


「そうだと思います。コミュニケーション能力が高いんでしょうね」


――なるほど。もしもの時は参考にします。では、話を戻しましょうか。えーと、DVの自覚が無い場合は『長丁場になることを覚悟すべき、基本的には関わるべからず』で、『自覚があって初めてスタートライン』でしたね。


「はい。それで間違いないです。そこで、自身の悪癖をしっかり自覚し、立ち向かう覚悟ができた時。その場合に取るべき手段についてお話しします」


――お願いします。

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