第41話 出来るものならそうしたい

「一つ目は以上です。綺麗な身のままで何とか生きて耐え切れば、後は自由です。今までたまたま目にすることが無かっただけで、世の中には楽しいコトも綺麗なモノも溢れていますから。それを知らずに逝くのは勿体無い。だから死ぬのも殺すのもまだ止めておけって話です」


――〝まだ〟というのは?


「自由を謳歌できても、理解者を見つけても、それでもどうにもならないこともあります」


――それは例えば?


「それだけ苦労して耐え忍んで、やっとの思いで手に入れた掛け替えの無いモノ。それを生まれた時から、労せずして手に入れている方がいることを知った時、そしてそれが世間一般では〝当たり前〟であると知った時には落ち込むモノです。どうやっても埋められない、変えられないモノは確かに存在しますから。若い頃の私はそれらを目の当たりにすると、内心で憎悪や嫉妬を感じていました。人によっては、それで死にたくなるほどの虚しさを感じるそうです」


――……手を握っても良いですか?


「私の中では既に過去のことですから大丈夫です。でも、心配してくれてありがとうございます」


――そうですか。


「後述しますが、自身と誰かを比較するのは本当に良くないです。これを止めるだけで生きるのがかなり楽になります」


――……分かる気がします。それと、最後に一つ質問があります。


「何ですか?」


――先程、七篠さんは『嫌だけど命に別状は無く何とか耐えられるレベル』と仰っていましたね。もしそれ以上の、生命が脅かされるレベルの場合にはどうしたら良いでしょうか?


「『逃げろ』ですね。それでも無理なら『殺られる前に殺れ』です」


――それは……、ちょっと記事に載せられないですね。殺人教唆になってしまいます。


「まぁそうですよね。でも、逃げられない状況で、命に関わるならもうそれしか手がないのでは? まぁ正直『逃げろ』っていうのも個人的には好きではないですけどね」


――何故ですか?


「勿論逃げられるなら逃げたほうが良いんですけど。言われなくてもわかっているんですよ、そんなことは。誰だって逃げた方がいいって分かります。でも、逃げろって言われてもどうしようもないんですよ」


――?


「どこに、どうやって逃げればいいのか。お金はどうするのか。逃げた先で仕事はどうするのか。誰かが生活の保証をしてくれるのか」


――なるほど。逃げろというだけでは何の解決にもならないと。


「そういうと物凄く感じ悪く聞こえてしまいますね、はは。でも、実際にそうなっちゃいますよね。『簡単に言うけどさぁ、その後のことはどうすればいいの?』って」


――それを外野からの無責任な発言だと思いますか?


「昔はそう思っていましたが、今はそうは思いません。それらは善意からの言葉であることは間違いありませんし、実際にそうした方がいいのも事実です。ただそう簡単にはいかないのもまた事実ではあります。実際の手段をはじめとして、金銭面での負担や、ストーカー問題もありますし」


――ストーカー?


「そりゃ逃げたら追いかけられますから。父がそうでしたし。近くのアパートに越した際に、しょっちゅう怒鳴り込んできていましたから。その際に『どこに引っ越しても必ず見つけ出してやるからな。タダじゃおかないからな』なんてよく言っていましたし。包丁とか持ってくるんですよ? DVが日常的な家庭では、こんな脅しも日常茶飯事です。ですので、ある種の洗脳状態にあるんです。頭では分かっていてもそう簡単に『よし、逃げるか』とはならないんです」


――恐ろしいです。


「そういうわけで、分かっていても中々難しいんです。それと、ここは再度強調しておきたいのですが、私は逃げろと言ってくださる方々の言葉を決して無責任だとは思いません。というか、そもそもの話、彼らに面倒を看る責任なんて端っからありませんから。そこまで求めるのは違うと思います」


――そう思われますか?


「はい。例えばですが、救命行為について、『ミスがあったら罰則』なんて法律が設けられたらどうなると思います?」


――見て見ぬふりをするようになるでしょうね。


「ですよね。同じことです。善意の第三者に対して、『介入するなら覚悟を決めろ』『その後の人生まで責任を持つべき』なんて風潮であってはならないんです。過分な要求は却って被害者の首を絞めることになります。『できれば助けてね、無理そうなら専門家を呼んでね』くらいが丁度良いと思います」


――七篠さんの留学していたアメリカでは、その辺りはどうでしたか? アメリカはDVや子供の権利に関して、随分進んでいると聞いたことがあります。


「そうですね。やはり進んでいました。街中、例えばカフェとかでカップルが少し強い調子で口喧嘩をしていたら、大抵は見知らぬ年配の方が『どうしたの?』って声を掛けていました。わらわら集まってきて、一瞬で彼氏彼女を分断して、話を別個に聞くことでクールダウンをさせたり。他には、カップルカウンセリングや夫婦カウンセリングも一般的でしたね。地域、宗教、人種、所属を問わず、あらゆる場所に相談窓口は存在していて、またそれらを利用するのも普通でした」


――社会的に非常に関心が高いのですね。


「はい。私の住んでいたアパートで隣人夫婦が激しい喧嘩を始めた際には、私のハウスメイトが即座に通報していましたし、警察もすぐに来ました。DVが事実なら令状無しでの逮捕が可能だそうです。大学でもオリエンテーションでその辺に関する説明も受けました」


――大変参考になりました。


「それなら良かったです。まぁ大きな意識改革が必要なので日本ではまだまだ難しそうですけどね。さて、一つ目から長くなってしまいましたが、まぁこんなところです」

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