第39話 傾向は鵜呑みにしてはいけない

――では、DV対策についていくつかお聞きします。まずはズバリ加害者に共通する傾向などはありますか?


「いくつかありますが、特徴だけで加害者を看破するのは非常に難しいです。加害者の多くは外面が良いものですから」


――目安程度でも構いません。


「そうですね……やはり短気な方でしょうか。短気で感情の起伏が激しいというのは危ない気がします。とはいえ、それだとあまりにも適用範囲が広すぎるので、その方の様々な言動をチェックしてみてください」


――具体的には?


「例えばですが、その人物が自分の想像通りに物事が運ばなかった場合にどう振る舞うかです。悪態を吐いたり、感情がコントロールできずに苛立っているようだと心配ですね。人間ですので感情の振れ幅があるのは当然なのですが、度が過ぎるのはやはり良くないです。普段からそのようだと、ある時に想定外のアンコントローラブルな事態が起きた際に、怒りのタガが外れて、その矛先が最も近しい方へ向くことになりかねません。故に、感情のコントロールが苦手な方はDV性向があると言えると思います」


――なるほど。


「他に、謝れない方や否定的な言葉が多い方もその傾向があります。こういった方は、ある意味では完璧主義というか、繊細で几帳面だったりする方が多いです。しかし、だからと言って手をあげるのはやはり普通ではないです。というか、仮に手をあげるかどうかを別にしても、この性格の人と付き合うのはやめた方がいいと思いますよ。紛う事なきモラハラ気質ですから」


――プライド高そうで、私には無理ですね。私は、私に優しくて、私のことをお姫様のように甘やかしてくれる方がいいです。


「お姫様って、ふふ」


――は? バカにしてます?


「そんな威圧感で凄んでおいてお姫様は無理がありませんか?」


――いいから続き。


「はいはい。あとは……そうですね、先程のモノと少し被るのですが、すぐに他人のミスを責める他罰的な方も良くないです。これは、かなり多くの加害者に共通している特徴だと思います。他者に対して攻撃性が高いというか、支配的なんですよね。そこから派生して、束縛に至るケースも多いと聞いています」


――それは私には耐えられそうにはありません。先にこちらが激怒してしまいそうです。


「それで良いと思います。むしろその方が良いです。日常的にネガティブな言葉をかけられていると、萎縮してしまって能力的にも性格的にも著しく落ち込んでしまいますから。それで、ミスが多くなって、また罵倒されての悪循環に陥ります」


――それ知ってます。〝ゴーレム効果〟というやつですね。周囲からの期待が低いと、実際に能力が落ち込んでしまうという。


「それです。これの厄介なところは、洗脳されたようになってしまって現状の危うさに気づけないところです」


――初期段階で速やかに距離を置かないと危ないですね。


「そうですね。自分に非があるからと反省すると、そこに付け込んでくる輩も多いですから要注意です。非が無くても粗探しをして、難癖を付けてきたりする者もいますし」


――そうですよね。あまり卑屈になりすぎるのは良くないですよね。


「いや、今日の松延さんは真剣に反省してください。仕事のことを忘れて駄弁り耽って、挙げ句の果てに昨日初めて会った他人に仕事を手伝わせているという事実をもう少し重く受け止めてください」


――誠にごめんなさい。


「早くフレンチトーストを食べて帰って寝たいです」


――善処します。……コホン。他に何か見分け方はありますか。今までは性格に関するモノが多かったですが、何か違った視点での意見もいただけると助かります。


「違った視線ですか。いきなり言われても難しいですね……。強いて言えばですが、モノの取り扱いや運転ですかね。その辺は結構性格が出る気がします。日常的に慣れている行動ほど、無意識に普段の行動をしてしまいがちですから。ドアの開け閉め、スマホの取り扱い、喫茶店での椅子の引き方、どれをとっても人柄が出ます」


――……それは個人差があるのでは?


「あくまでも目安ですから。ただ単に大雑把な性格で『ドアバターン、スマホポイー、椅子ギギギギー』な人もいくらでもいます。松延さんもそうですしね。ふふ」


――まるで私がガサツであるかのような言い方は止めてください。


「……まるで? ような?」


――何ですか?


「いえ、別に。まぁ本当に個人差があるのであくまでも目安です」


――分かればいいんです。というか、それで言うなら子供や動物への対応とかはどうですか?


「それは聞いたことがあります。ですが、私は子供も動物も大好きです。父もそうでしたね。他所の子供へは駄々甘でした」


――この意見には否定的であると?


「いえ、そういうわけではないです。動物虐待というのは多くの凶悪犯罪に共通の傾向ですし。暴力衝動と深い関連があると思います」


――では、何が気になっているのですか?


「私が言いたいのはですね、『こんな行動をしたらDV予備軍』みたいな情報を妄信しないでほしいということです。モノの扱いが丁寧で、運転も優しくて、動物も子供も好き。人当たりも良くて優しい。でも、暴力を振るう。そんな人も居ますから」


――ご自分のことをおっしゃっていますか?


「はい」


――……断言されるのですね。臆面も無く、自身のことを『優しい』なんて表現して恥ずかしくはないのですか?


「私の場合は優しいのではなく、そうあろうとしているだけですから。根本から善人なのではなく、意図的にそう見えるように振る舞っているだけなので。そう見えて当然だなとしか思いません」


――冗談のつもりで追及したのに、真面目に返されてしまって困惑しています。何故そのように振る舞われるのですか?


「私にも分かりません。おそらくは、そうしないとボロが出てしまいそうだからじゃないでしょうか」


――良く分かりません。


「それじゃあ過去のDVの罪悪感とか、社会にうまく溶け込むための努力とか、暴力衝動を抑えるための自制故とかそんな感じで」


――はっきりしませんね。とても大事なことな気がするのに。


「そうですか? 印象操作なんて、誰でも多かれ少なかれ行っているものでは? 松延さんだって、それ方言隠しの丁寧語ですよね?」


――な、なんのことやら? 私は洗練されたシティーガールですし? というか、私のことはどうでもいいんですよ。はい、この話はここで終了です。話を戻します。……なんでしたっけ?


「安易なレッテル貼りをしないでほしいと言う話です。『これをしていたから予備軍である』とか『当てはまらないから違うかもしれない』、そういった決めつけは良くないです。いざと言うときの行動余地を大きく狭め、自らの首を締めることになります。そういうのは参考程度に留めるべきです」


――確かにそうですね。やはり専門家に頼るのが一番ですね。


「それが間違いないです。私は被害と加害の両方の経験があるとはいえ、たった二例です。経験者の方とお話をした経験もありますが、それを含めても十に届きません。対してプロの方は毎日のように相談に乗っているわけです。経験値が文字通り桁違いです」


――記事を公にする際には、その点を強調させていただきますね。


「そうしてください。さて、以上で傾向について私が思い当たることは大体語り尽くしたと思います。他に何か気になる点や聞きたいことはありますか?」


――被害に遭わないために最も大事なことはなんだと思いますか?


「〝毅然とした態度〟と〝それを貫き通す意志の強さ〟です。それに尽きます。結局何でもそうなんです。恫喝に暴力、いびり、いじめ。最初に何かが起こった時にしっかりと跳ね返せるだけの胆力が必要なんです。萎縮して何も言い返せなかったなんていうのは最悪です。一度格付けが済んでしまったら、そこから挽回するのはかなり難しくなるからです」


――理解は出来ますが、突然となると実際問題難しいのでは?


「なにも必ず打ち勝てと言っているわけではないのです。キッチリ言い返せれば負けてもいいです。それなら少なくとも舐められることはないので。まぁそれですら難しいんですけどね」


――ですよね。準備期間があるならいざ知らず、何の心構えもない状態でそのように強く心を保つのは難しいと思います。


「まずは何でも良いから声を出すことです。声を出せば緊張は解れますし、場所によっては周囲の目に留まります。そうすれば助けが来るかもしれないし、相手もそれを警戒して気がそぞろになります」


――ふむふむ。


「それから、格付けを先延ばしにするのも有効です。その場ではイエスともノーともハッキリとしたことは明言せずに一旦持ち帰れば、人に頼るなり調べるなり対策は幾らでも練れます。あくまでも毅然とした態度で、ですよ?」


――それならば少しだけ何とかなりそうです。それ怪しい勧誘とかにも使えそうですね。


「そうですね。割と何にでも有効です。結局、世の多くの困難なんて、時間さえかければ何とでもなりますから。警察や弁護士、専門家に相談するなりして理論武装して、可能なら頼れる人に付き添いを頼みましょう。暴力や恫喝が心配なら、ICレコーダーを懐に忍ばせて、薄手で目立たないプロテクター付きのバイク用ジャケットやパーカーでも着込めば良いです。出来ることはいくらでもあります。特に人に頼るというのが大事です。一番は専門家ですが、ネットの掲示板でも良いです。まず客観的な意見を聞くことが大事です」


――なるほど。


「ですが、それらではどうしようもない場合もあります。今日の私のように、加害者に突然何の予兆も無く監禁された場合です」


――……。


「その場合には、相手を刺激しないように顔色を窺いつつ、逃げるチャンスを見計いましょう」


――やはり逃げようとしていたんですね。絶対に逃しませんからね。


「いや、入り口前に陣取られて、トイレ前まで着いてこられたら逃げようがありませんから。スマホも返してくださいよ」


――そんなこと言って、どうせフレンチトーストを食べたら私のことなんか見捨てて逃げるんでしょ?


「私の話を聞いていますか?」


――それでは次の質問です。現在進行形でDVや虐待の影響下にある方に対して、何か対策やメッセージはありますか?


「いきなり真面目になるのやめてくださいよ……」


――フレンチトーストの話をしていたら食べたくなりましたので。急いで終わらせたいです。


「同感です。急ぎましょう」


――はい。


「メッセージ……メッセージね。難しいです。正直被害者は自分のことで精一杯でしょうしね。外からの声がどれだけ届くものか」


――仮に、七篠さん自身の幼少期にメッセージを送れるとします。


「急にSFですか?」


――その場合、幼少期の七篠さんに何を伝えたいですか?


「……」


――何もありませんか?


「いえ、伝えたいことが多すぎて、何から伝えるべきかと」


――思い付くまま好きに語ってもらって構いません。構成は後でこちらの方で整えますので。


「後で? こちらの方で? 本当に? 大丈夫です?」


――……少し休憩にしましょう。コーヒーを淹れるので、その間にじっくり構成を練ってから順序立てて話してください。


「分かりました。ですが、コーヒーは私が淹れます。あなたは作業を続けてください」


――私の休憩は……?


「あると思います?」


――ですよね。

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