第31話 幕間

「それでは、また。日程が決まったら連絡ください」


――……。


「松延さん?」


――…………。


「……それではお先に失礼しますね」


――待ってください。


「何でしょうか?」


――……。


「……はいはい、分かりました。家はどちらですか? 車で近くまでお送りしますから。聞きたいことがあるなら着くまでにどうぞ。これでいいですか?」


――よろしいのですか?


「全くよろしくないです」


――では、行きましょうか。お車はどちらに? いやぁ、なんだか強請ってしまったみたいですみませんねぇ、へへっ。


「〝みたい〟ではなく、事実そうです」


――私の家かなり遠いので本当に助かります。


「……ちなみに、電車でどのくらい掛かりますか?」


――ここから二時間位です。


「あの、やっぱり……」


――あ、ちょうど終電出ちゃったみたいです。いやぁ、七篠さんに送っていただけて本当に助かりました。危うく帰れなくなるところでした。……それで? 今何か言いかけていませんでしたか?


「……いえ、何も」


――そうですか? では、よろしくお願いしますね。


「ナビに入れるので大まかな住所をお願いします。あぁ近くの目立つ建物やコンビニで結構ですから。私だったら見ず知らずの相手に家を知られたくはないので」


――七篠さんのことは信頼していますので大丈夫ですよ?


「今日初めて会ったばかりのあなたに私の何が分かるんですか?」


――何故そんな他人事のような言い方をするのですか? これだけ色々語り合ったのですから、それはもう色々分かります。


「色々語ったのは私だけです。それに話したのはあくまでも私視点での言い分だけですから。いくらでも捏造出来ます」


――見た目や言動をいくら取り繕おうとも、そこから滲み出てくるものは何かしらあるんです。そして、人はそれを個性と呼ぶのですよ。


「ライター様ともあろうものが、人の発言をパクるんですね」


――引用元さえ明記すればセーフです。


「はいはい。分かりましたから、遊んでいないで早く住所を入力してください。それと、録音するなら機材も必要なのでは?」


――そうでした。


「はぁ。それじゃあ、そこのコンビニで飲み物を買ってきますので、それまでに準備しておいてください」


――分かりました。でも、もう甘いものは駄目ですよ?


「では、松延さんもお酒は必要ありませんね?」


――




――っぷはぁー、仕事終わりにドライブがてらのビールは最高です。あ、お団子貰いますね。


「松延さん、あなた一応まだ仕事中でしょう? そして、ドライブではなく、パシリです」


――固いことは言いっこなしです。花金でプレミアムフライデーです。飲まなきゃやっていられません。


「運転を強いられている私の前でよくもそんなことが言えますね」


――安全運転でお願いします。あ、七篠さんもお団子どうぞ?


「その団子は私が買ってきたものです。あなた、さっき『三つしかないものの一つを強請るなんて強欲だ』って言っていませんでしたか? それを断りも無く強奪するなんて、やはり〝姉〟という人種はいつだって傲慢ですね。あまりにも自然で注意する間もなかったです。さぞ日常的に弟さんから搾取しているんでしょうね」


――私のお団子が食べられないって言うんですか? ほら、あーんしてください。


「自分で食べるんで置いといてください。というか、さっき甘いものは駄目って言っていませんでしたか?」


――あ、ビールこぼしちゃいました。


「ちょっと、何してるんですか。そこのウェットティッシュで早く拭いてください。はぁ……。もうこのまま静かにしていてくださいよ……」


――そうはいきません。インタビューを再開します。


「団子とビールを持った状態で意気込まれても締まりませんが、まぁいいです。運転中なんで少し返事は滞るかもしれませんが、それで良ければどうぞ」


――分かりました。では、まずは……まずは何から聞きましょう?


「もう酔っているんですか? 私に聞かれても……」


――うーん、それじゃあ、病院に通って、進学を諦めてから、その後暫くどう生活されていましたか?


「数ヶ月は変わりなく生活していました。ただ、進学を諦めて勉強を止めたことと、彼女との関係が途絶えたことで、最初のうちは時間を大分持て余していました」


――最初は?


「どうせ家に居てもやることもないので、すぐにバイトを入れるようになりました。この辺りの時期は朝から現場仕事をして、帰ってシャワーを浴びて、深夜に書店バイトってパターンが多かったです。勿論並行して住むバイトもやっていました。勉強ではなく読書に励むようになりましたけどね」


――ちゃんと寝ていましたか?


「睡眠薬がありましたので、ちゃんと寝ていました」


――それはちゃんとと言えるのでしょうか? 少し不健全では?


「まぁ、そうですね」


――その間、息抜きや休息はどうしていましたか?


「読書くらいです。貯金は結構あったんですけど、散財する気にはなりませんでしたし。本を読むか、寝ているか、働いているかです」


――他に趣味を作ろうとはしなかったのですか?


「いえ、特に。強いて言うなら断捨離でしょうか。この時期あたりから断捨離にハマりました」


――断捨離に……ハマる? それは、結果的にますます楽しみから遠ざかっていっているように感じます。


「そうですね。そうとも言えると思います。ほら、さっき話したじゃないですか。『生きていくには必要が無いものばかり』と。それで、不要なモノを片付け始めたんです」


――その結果が断捨離?


「そうです。やってみたら思いの外快適でした」


――短絡的に極端から極端に走る七篠さんのことです。どうなったのか容易に想像が付きます。


「分かります? 部屋にベッドと冷蔵庫くらいしか無くなりました」


――そんなことをしているから、反動で甘い物の暴食に走るんですよ。本当に駄目な人ですね。でも、お金は溜まりそうです。


「そうですね。全然使わなかったのでガッポガポでした」


――……あの、七篠さん。ちなみに、今は彼女さんの方は?


「あ、お金ならもう無いですよ。全部使いました」


――はぁ、本当に使えない人ですね。ぬか喜びさせないでください。


「はは、残念でしたね」


――そのお金は何に使ったのですか?


「先の話のネタバレになっちゃうけど大丈夫ですか?」


――それなら、まだ聞かないでおきます。……あ、七篠さん、満月ですよ。月が綺麗です。ちなみに、今のは告白とかではありませんので。もし期待させてしまったようなら罪な女ですみません。


「言われなくても分かっています。鬱陶しいので、その得意げな表情は引っ込めてください」


――そうだ。折角なので少し寄り道してお月見しましょう。


「えぇ、嫌ですよ。早く帰りたいです」


――いいじゃないですか。お団子もあるし。


「それ私のなんで。絶対に食べないでくださいね。フリとかじゃなく絶対に。もし食べたら、松延さんを道端に置いて帰りますからね」


――このを返して欲しければ言うことを聞いてください。それとも、この可愛い団子ちゃんが無惨に食い散らかされる所が見たいんですか? げへへ。


「それ録音されているけどいいんですか? 後で素面の時に聞き返して死にたくなりませんか?」


――七篠さんの癖に生意気です。いいから言う通りにしてください。


「はいはい」

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