第29話 ついに判明した病名

――話が逸れてしまいました。診察の結果はどうなりました?


「おばちゃん先生は結果を伝えてはくれませんでした。代わりに、最寄りの大病院への紹介状を書いて渡してくれました。念のために設備の整った場所で調べてもらいましょうと」


――今度こそはすぐに行きましたか?


「行きました」


――本当ですか?


「一週間後に」


――まぁいいでしょう。詳細をお願いします。


「その大病院は、〝THE・ホスピタル〟という感じでした。薄暗い照明に、リノリウムの床、無機質で機械的な受付の対応。少しだけ不気味でした。受付が済んだら、すぐに呼ばれて別室に連れていかれました。脳波測定による精密検査だそうです」


――具体的にはどのようなものでしたか?


「頭にペタペタと器具を取り付けられました。マッドサイエンティストが改造実験をする際に取り付けるようなあれです。頭の色んな場所にペタペタと貼る感じの」


――不本意ではありますが何となく分かってしまいました。


「それで、測定をするわけですが、『何も考えないでください』と言われるんです。でも、つい何か考えちゃう。すると、測定に異常が出るみたいで、すぐに注意されます。数回注意されました」


――それから?


「結果が出たら診察室に連れてかれて、いくつか質問をされました」


――また泣きました?


「……今度は大丈夫でした。割と機械的にとんとん拍子で進みましたから。それで、『脳波には異常は無かったよ。うん、離人症だね。薬出すからそれで暫く様子見ようか。カウンセリングもするからちゃんと来てね』と」


――それで?


「終わりです」


――え、症状の説明とかは?


「詳しくはこの冊子見てねって渡されました」


――何というか……。


「はは、まぁそうですよね。あっさりです。まぁでも、先に行ったクリニックのおばちゃん先生が親身になってくれただけで、実際そんなものだろうなとは思っていたので特にショックではなかったです。毎日掃いて捨てるほどの患者さんの対応をしているのであれば、しょうがないことですよ。他の接客業ですらそう感じるんです。お医者さんなら尚更でしょう」


――そういうものでしょうか?


「きっとそういうものです。まぁそれでも十分ありがたかったですけどね。ずっと謎だった不思議な現象は、精神疾患であるとしっかり判明したわけですし。薬も良く効いて症状は改善されましたし」


――なるほど。断定されることである種の安心感が芽生えたと。


「はい」


――薬はどういったものを処方されましたか?


「元気になる薬と寝つきがよくなる薬だったと思います」


――表現に問題があります。精神安定剤や抗不安薬ということでしょうか? 薬の名前は覚えていますか?


「デパートコスメ?みたいな名前の薬です。それと、ペキポキ?みたいな小気味良い感じの名前のものもあったような……。後は良く寝付けそうな名前の薬でした。ぐっすり?みたいな」


――もう少し何とかなりませんか? その情報では分かりません。


「すみません。十年ほど前の話なので正直よく覚えていません」


――症状はどのくらい改善されましたか?


「薬がある間は快適でした」


――薬が切れると?


「倦怠感は多少ありました。それと悪夢を見ることが多かったです」


――どのような悪夢が多かったですか?


「寝ている私を誰かがじっと見つめているような。目を開けようとしても開けられなくて、呼吸が苦しくなって、最終的には息が苦しくて目が覚めるような」


――金縛り的な?


「そうです。しょっちゅうでした。あまりにもリアルで、あれ絶対にそばに

誰か居ましたよ」


――え、居たんですか?


「いえ、居ません。ふふ。でも、絶対に誰かが部屋に居る気がして、室内を徹底的に捜索しました。またある時は、深夜にベッドの下に誰か居る気がして、『居るのは分かっているんだぞ、出てこい』って大声で怒鳴ってベッドを上からドスンドスンしたこともあります」


――完全に危ない人です。それは薬の副作用か何かで?


「単に寝ぼけていただけかもしれませんし、当時抱えていたストレス由来のものだったのかもしれません。仕事が仕事でしたし。でも、服用していたのは結構強い薬だったみたいですし、まぁ副作用の可能性が高いんじゃないかなと今は思います。普段は年に数回程度の悪夢も、その時は頻繁に見ていましたから」


――薬の量を調節したりはしなかったのですか?


「服用を止めるとデメリットの方が多かったので、完全に薬頼みの生活でした。特に睡眠薬は無いと全く寝付けなかったですね。病院で処方される睡眠薬って本当に効果抜群なんですよ。あっという間に寝付けますから」


――効果が強すぎて怖くはなかったですか?


「そうですね。それこそ地震や火事、もしくは泥棒にでも入られたら危ないなとは少し感じていました」


――いえ、そういうことではなくてですね。


「ふふ、分かっています。冗談です。でも、市販薬とかは全然効かなかったので、それでも頼るしかなかったんです」


――それは根本的な解決ではないのでは? カウンセリングはどうでした?


「正直意味無かったですね。というか、あんまりやる気を感じられませんでした。『最近どうです? 何か楽しいことありました?』とか聞かれても『いえ、特に』って感じですし。良くないとは思いつつも、薬を貰いに行くのが主目的になりつつあるのは感じていました」


――なるほど。つまり完治には至らなかった訳ですね。


「そうなりますね。というか、総合的に見ると状況は悪化しているように感じました」


――それは何故?


「フラれてから実感したのですが、やはり彼女の存在は大きかったなと。当時の私にしてみれば、彼女との付き合いが唯一の外界との繋がりでしたから。ほら、諺でもあるじゃないですか。〝流れる水は腐らず〟って。まさにそれです。彼女が齎してくれていた流れが途絶えたことで、私の生活や内面がますます澱んでいったんです」


――アルバイト先の人との繋がりは無かったのですか?


「少しはありましたが、心の拠り所とする程ではなかったです」


――そうですか。

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