第22話 あやふやで、おぼろげな

――掛け持ちで色々と仕事をなされていましたし、そろそろ十分な資金は貯まったのでは?


「バイト無しでも進学できるだろうくらいには貯まりました」


――では、ついに?


「いえ、駄目でした」


――何故?


「働きすぎですかね。調子が悪くなる日が多くなっていました」


――体の不調ですか? メンタルの方ですか?


「メンタルです。昼前に話した〝ボーナスタイム〟を覚えていますか?」


――はい、勿論です。〝離人症〟でしたね。


「小学生以来、ある程度コントロール出来ていて、上手く付き合えていたんです。ですが、中学生くらいで父が脅威でなくなってからはボーナスタイムに入ることは滅多になくなりました。それが、一人暮らしを初めてからたまに出るようになって。引っ越ししてからはさらに酷くなりました」


――酷くなるとどうなりましたか?


「しょっちゅうボーナスタイムに入るんです。それで、いつもは短くて数分、長くても一時間程度だったのが、数時間から半日続いたりするんです」


――なるほど?


「イマイチ大変さが伝わりませんが、これ結構堪えるんです。注意は散漫になるし、反応は鈍いし、ボーナスタイムから戻れなくて不安になりますし。生活にも支障が出るようになってきました。時には時間が吹き飛んだかのように感じることもありました」


――病院には?


「今でこそメンタルクリニックや心療内科は一般的ですが、当時はまだそこまで多くはなかったです。それから偏見も少しだけありました。病状を何て説明すれば良いのかも分からなかったですし」


――そうですか。それで、結局症状を放置したと?


「仰る通りです」


――原因は過労による精神消耗でしょうか?


「多分そうだと思います。金銭面での心理的プレッシャーに、各種バイトの過密シフト、ショッキングなバイトの数々での肉体的、精神的負荷。松延さんには今まで格好を付けて何でもないことのように話していましたが、どれも結構大変でしたしね」


――私にとっては、恫喝や暴力沙汰のブラックバイトだけでも十分恐怖に感じますので、理解は出来ます。それにしても、ふふ、格好を付けていたんですか? 七篠さんにも可愛いところがあるんですね。


「でしょう? なら、そんな可愛い私に甘いものをください」


――それは駄目です。調子に乗らないでください。


「……良い子ちゃんアピールして損しました」


――それでは、お話を続けてください。ストレス源の話ですね。


「はぁ……続けます。さっきの挙げたもの以外には、進学に対する時間的なプレッシャーも強く感じていました」


――時間的な? それはどういう意味ですか?


「この時点で二十歳を超えていますから。その年で受験することのプレッシャーはやはり存在していました」


――浪人や留年をする方もいるので気にしなくても良いのでは?


「勿論そうですし、今ならそう思います。ですが、当時はやはり気にしていましたね。この年代にとっての数年の違いは大きいです」


――そうかもしれませんね。


「特に私の場合、同世代が皆卒業する頃に入学に至るわけですから尚更です。生涯賃金は大きく劣りますし、就活面での不利も小さくはないでしょう。単純に恥ずかしいという思いもありました」


――大多数が社会に出るまでに似たようなルートを辿る日本においては特に強くそう感じるのかもしれませんね。


「ですね。何か少し変わったことをすると、返ってくる言葉は大抵『良いじゃん。そういう生き方アリだよね〜』とか、『私普通のことしかしてこなかったから羨ましいよ〜』とかなんです」


――確かに少し引っかかる言い方ですね。もしかしたら私もそういった言い方をしてしまっているかもしれません。気を付けます。


「悪気が無いのは分かります。ただ少しだけショックというか。まるで私が異常者か何かのように聞こえるというか」


――なるほど。そういえば、この頃の彼女さんは?


「就活に励み始める頃ですね。正直、それが私のプレッシャーに拍車を掛けていたと思います。我ながらお門違いもいいところですが。まぁ彼女が唯一の身近な存在でしたから、影響を受けないわけがありません。私だけ停滞していることが酷く歯痒かったです。彼女にも申し訳なくて居た堪れませんでした」


――どうしてですか?


「考えてもみてくださいよ。彼女が友人と話す時、どうしたって恋愛絡みの話題になるはずです」


――なるでしょうね。


「その彼氏がフリーターで、かつ貧乏でロクに遊びにも行けない。行くときは彼女の運転で、彼氏は車どころか免許も持っていない」


――まぁ、働いて稼いでいるだけ良いのでは? 免許に関しては、私は絶対に嫌ですが。都会の人は気にしないのかもしれませんが、私の地元では免許を持っていないと人間扱いされませんでしたので。


「……厳しいですね。ですが、まぁそんな感じです。自慢の彼氏どころか、人に話すのさえ恥ずかしい駄目人間です。進学を目標にしていることも、バイトのことも何も伝えていなかったですし。端的に言って、目標も無い良くわからない奴ですよね」


――確かに自慢は出来ませんが好きならそれで良いじゃないですか。


「……DVをしてもですか?」


――それは擁護できません。それだけ大事に思っていたのに暴力や罵倒に至ったのですね。


「はい」

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