第21話 あなたの知らない世界

――続けてください。


「その……この仕事に関しては、内容は伏せさせていただきます」


――何故ですか?


「とてもデリケートだからです。社会的にも、歴史的にも、倫理的にもです。大多数の人間の日常生活において非常に重要な仕事なんですけどね。この仕事が無ければ困る方は大変多いと思います。ですが一方で、世間の目からはその一切を隠されています」


――どうしてですか?


「忌避感を抱かれる方が多いからです」


――分かりました。詳細を尋ねるのは止めておきます。


「そうしてください。ただ勘違いしないでいただきたいのは、決して疾しい仕事ではないという事です。社会には必要ですし、非常に意義深い仕事です。ただ、一昔前の偏見で語る方も多いですし、政治的な問題とも結びつきやすいです。ですので、トラブルを避けるために、非公開にさせていただくだけです」


――なるほど。では、内容を避けつつ質問をさせていただきます。まず、その仕事は七篠さんにどのような影響を及ぼしましたか?


「最初はとにかく辛かったです。毎日メンタルがゴリゴリと削られているのを感じました。初日で来なくなってしまう方や、ある日突然連絡が付かなくなってしまう方も少なくありませんでしたし」


――そう言われると、なんだか少しだけ恐ろしいです。


「まぁそれだけショッキングな仕事だということです。ですが、結局は慣れです。最初は辛くても、慣れれば何も考えずに作業出来ますし。というか、先進国以外では一般家庭でも当然の仕事ですから」


――…………なるほど。他に何か影響はありましたか?


「そうですね。日常生活において、その仕事から生み出される商品を避けるようになりました。なんだか躊躇ってしまって」


――納得です。ですが、それ自体を嫌いになったわけではない?


「違いますね。人には必要不可欠なモノですし。それに対するスタンスが変わったという感じです。ですので、松延さんも気にしないでくださいね。むしろ、タイミングが悪くて申し訳ないです」


――いえ。その……はい。少しだけ微妙な気持ちになったことは事実ですが、その気持ちは一旦飲み込むことにします。では、次の質問です。七篠さんは、その仕事の歴史や背景をご存知でしたか?


「いえ、全く。私は敷金の存在すら知らないほど世間知らずでしたので。ある時、仕事を尋ねられた際にボカシながら話した際に、相手の態度が急変して罵倒されたんです。それから自分で調べて知りました」


――相手の方はどのような方ですか?


「私の親より一回りくらい上の世代です」


――そのような対応をされてどう思いましたか?


「その仕事から得られるサービスの恩恵を受けている人物から、そそのような罵倒が飛び出したことに驚きました。例えるなら、電車を日常的に利用している方が、駅員さんを口汚く罵る感じでしょうか。私からしたら、『あなたがそれを言うのですか? 最も恩恵を受けているあなたが?』って感じです」


――どう感じましたか?


「勿論ショックでした。それまで和やかに話していたのに、いきなりの豹変ですから。最初は意味が分からずポカーンでしたけど」


――その仕事をしたことを後悔していますか?


「後悔はしていないと思います。そう思いたいです」


――偏見については是正したいとお考えですか?


「勿論です。ですが、今の若い世代は良い意味でフラットで無関心です。ですので、このまま放っておけばいずれ偏見も消え去るでしょう。何もしないのが一番だと思います」


――なるほど。貴重なお話をありがとうございました。


「いえいえ。ちなみに、このバイトは半年未満しかやっていません。順序が前後してしまいますが、先程の〝住むバイト〟の方が実入りが良かったので徐々にそちらの比重を増やしていったので。それと、建設現場の飛び入り参加の方がスケジュールの融通が利いたので重宝したというのもあります。ヒゲ監督が大変よくしてくれました」


――そうでしたか。他にも変わったお仕事はしていましたか?


「既にお話ししたものほど変わったものは無いですね。他は普通のバイトが多かったです」




※作者注


今回の記事に登場する仕事は、少しセンシティブなものです。ボカして記述しているのはそのためです。


「どんな仕事か分かったよ!」という方もいらっしゃるかとは思いますが、くれぐれもコメント欄等に残さないようお願いします🙇‍♂️

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る