第13話 タガが外れる時

――次の質問です。ここまで中学生くらいの年齢までのお話でしたが、その他に大きな変化はありましたか?


「……特にありません。先程話した内容が全てです。父の態度、親戚に対する送金、宗教へのお布施、信仰の強制も相変わらずでしたし。頻度は減りましたけどね」


――では、次の話題に進みます。高校時代のお話をお願いします。


「分かりました。ですが、まずは高校受験で一悶着ありました」


――それは?


「父が『高校なんて行っても無駄だ』と受験を反対していました」


――その頃には、お姉さんは既に高校に入学しておられますよね?


「はい。でも、私には『長男なんだから家と仕事を継げ。学歴なんて必要無い、時間と金の無駄だ。それなら知り合いの他県の職人の下へ修行に行け』の一点張りでした」


――説得には時間がかかりましたか?


「学校の先生が家まで来て説得してくれたのですが駄目でした。逆に『スポンサー様が駄目だって言っているんだから駄目に決まっているだろうが』と怒鳴りつけていました」


――結果的にはどうなりましたか?


「母が婚前に貯めていたへそくりを使ってくれました。口座を複数に分けて、さらに祖母に預けていたので使い込まれずに済んだそうです。母はそれを、『昔は利率が高かったから複利でどんどん増えたのよ。隠しておいて良かった』なんて自慢げに語っていました」


――お母様のお陰でなんとかなったのですね。


「はい、やり繰り上手な自慢の母です」


――高校は家から近かったですか?


「いえ、遠くの高校を選択しました。通学に一時間半かかりました」


――それは何故ですか? 大変だったのでは?


「勿論大変でしたが、私の家のことを知っている人が誰も居ない高校に通いたかったんです。近場だとそうはいきませんから」


――七篠さんの家の事情は、そこまで有名だったのですか?


「しょっちゅう通報されて家に警察も来ていましたから。進路に関して一悶着あった際にも、父は学校に乗り込んで来ましたし。『進学はさせない。親が子をどうしようが勝手だ。家庭の事情に口を挟まないでくれ。それともお前らが学費払うのか?』みたいな感じのことを恫喝口調で宣っていましたから」


――そこまでされていたのですね。


「授業中に放送で呼び出されて職員室へ行ったらそれですから、恥ずかしくてしょうがなかったです。まぁそういったわけで遠くの高校を選びました」


――結果的に正解でしたか?


「はい。伸び伸びと生活できました。遠かったのでアルバイトをしても学校にはバレませんし、長い通学時間で勉学や読書にも励めました。朝が辛かった以外にはメリットしか無かったです」


――部活には所属されていましたか?


「はい、音楽系の部活です。楽器は借りられますので、出費もそれ程多くはなかったです。しかし、演奏自体はヘタクソでした。はは、自分にここまで音感が無かったことに今まで気づきませんでしたよ。でも、とにかく楽しくて夢中で活動に取り組んでいました」


――部活以外はどうでしたか?


「学校が都市部だったためか、裕福な方が多かった印象です。でも、特に不便を感じることはなく安穏とした日々を過ごせました。とても良い青春時代を過ごせたと胸を張って言えます」


――制服デートもしましたか?


「……ええ、まぁ」


――ズルいです。私は灰色の青春時代を過ごしたというのに。


「まぁまぁ、こういうのはタイミングや巡り合わせもありますから」


――ちなみにですが、当時の交際経験はどの程度ありました?


「それは必要な質問ですか?」


――勿論です。


「具体的な人数は差し控えますが、そこそこありました」


――その言い方からすると、一人や二人ではありませんね。


「まぁ、はい」


――おモテになったのですね。


「当時は調子に乗って少しそう思っていました、はは。でも今思うと、そういうのとは少し違ったのかなと思います」


――どういうことですか?


「なんと言えばいいのか、詐欺みたいなものなんですが。私が幼少期より父の顔色を窺って生活していたことは既にお話しした通りですが、その副産物と言いますか、私には相手の気持ちがある程度分かるんです。というと、まるで超能力のように大袈裟に聞こえちゃいますが」


――もう少し詳しくお願い致します。とても気になります。


「随分食いつきますね」


――続きを。


「あ、はい。私には相手が何を考えているのか、どうして欲しいのか、どのような言葉を求めているのか。そう言ったことが薄っすらと分かるんです。あとは簡単です。それに沿った言動を心掛ければ良いだけですから。あくまで薄っすらとですけどね」


――なんだか七篠さんがおそろしいです。でも、欲しい時に欲しい言葉を掛けてもらえるというのは確かに嬉しいですね。誰でも自分のことを理解して欲しいと言う欲求はあるものですから。


「潜在的にそれを欲している方は多いですよね。若いうちは特にそれが顕著な気がします」


――七篠さんは違うのですか?


「創作物の中で頻繁に見かけるような、落ち込んでいる時に欲しい言葉を掛けてくれて、それで一念発起して立ち上がるような描写。ああ言うのが少し苦手です」


――何故ですか?


「口でだけなら何とでも言えますから。言葉なんて最も当てにならないですよ。そもそも、人の悩みの原因なんて究極的には対人関係か金銭的な悩みに集約されます。つまり、相手を良く観察して筋道を立てて考えれば、欲している言葉は自ずと理解できるはずです」


――身も蓋もないです。それで、七篠さんはそのテクニックを駆使して異性をたらしこんだ訳ですね。


「その表現は引っかかりますが、概ね間違いではないです。ですが、関係が長続きしたことは一度も無いですよ。まぁ当然ですけどね」


――何故ですか?


「理解と好意は全くの別物だからだと思います」


――それは、付き合う前は耳障りの良い言葉ばかり口にしていたけれども、後々本性が露呈してしまうというような感じでしょうか?


「その通りですが、オブラートに包んでください。辛辣すぎます」


――ふふ、失礼いたしました。


「結構気にしているんですからね? 私も色々努力はしているんですけど、どうやっても築いた関係を維持できないんです。関係を構築するだけならそこまで難しくはないんです。けれど、維持するのが何よりも難しい。終わりが見えないので気が休まらないです。自身の意に反する言葉を吐き続けるストレスや罪悪感もありますし」


――……七篠さん、それは世間では〝嘘〟と呼ばれています。


「そうですか、それは知らなかったです。世間ではそう言うことになっているのですね。どおりで長続きしないわけです。ふふ」


――時には自らを曝け出す勇気も必要かと。例えば、今回私にしているように全てを詳らかに、です。


「なるほど。次回の参考にさせていただきます」


――ちなみに、あくまでもちなみになのですが、相手のどのような仕草から考えを察しているのですか?


「興味津々じゃないですか」


――良いから早く教えてください!


「そう言われても……言葉で言い表すのは難しいんですよ」


――断片的でも良いです。


「うーん、一番分かりやすいのは視線でしょうか。目は口ほどに物を言うとも言いますし。視線から得られる情報は多いです。どの方向を向いているか、瞬きはしているか、視線の先には何があるか」


――メモをとるのでゆっくりでお願いします。


「いや、これ録音していますよね?」


――そうでした。続けてください。


「他には……そうですね。眉や口の動き。頬、耳。頭部全体から得られる情報は思いの外多いように思えます。具体的にどうなったらどうと言葉にするのは難しいですが。次に、声ですね。トーンや、間、内容辺りからです。他に呼吸や、手足の動き、姿勢あたりでしょうか。はは、殆ど全部ですね」


――強いて優先度を付けるとしたらどうなりますか?


「うーん、私は目、声、手を重視している気がします。我が事ながら感覚になるので説明は難しいですが」


――所謂コールドリーディングと言う手法に似ている気がします。


「そうですね。そういうものかもしれないです。ですが、私の場合そこまで精度は高くはないです。元々は父の怒りを察知して、トラブルを回避するための工夫でしたから。父に特化してチューンされた技術ですので、父以外にはそこまで何でもかんでも役立つわけではありません。それと、負の感情に対しては敏感に察知できますが、それ以外は正直無用の長物です」


――そうでしょうか。負の感情を察知できると言うことは、相手からの減点を避けられると言うことですよね。それは非常に大きなアドバンテージに感じます。


「もし本当にそうなら長続きしないのはおかしいです。結局、私は人として浅くて薄っぺらいんですよ。魅力に欠けているんでしょうね」


――そんなことはないと思います。七篠さんは素敵な方です。


「ありがとうございます。そう見えたのなら大変嬉しいです」


――いえいえ。それでは話を戻しますね。興味本位から話を脱線させてしまい申し訳ないです。


「やっぱり興味本位だったんじゃないですか」


――いえ、言葉のあやです。その後、高校生活で何か変わったことはありましたか?


「相変わらず父との些細ないざこざはありましたが、これといった変化は無かったです。ただ、私が遠方の高校に通って家を空ける時間が増えた関係で、父に対する抑止力として機能しなくなってしまいました。アパートに帰ったら父が暴れて物が散乱していて、警察が来ていたという状況も多々ありました」


――それについて、どう思いましたか?


「やはり罪悪感はありました。家族が大変な時に自分だけ楽しんでいて良いのだろうかと。とはいえ、物理的な距離だけは如何ともし難いので、それこそ直帰して家に居続けない限りはどうしようもないので出来ることはありませんでした。ですが、部活はともかく、バイトは貴重な収入源でしたから安易に辞められません」


――アルバイトの賃金は何に使っていましたか?


「交際費、通信費に充てた分以外は貯金していました。母に渡しても決して受け取らなかったので。いずれ何か困ったら渡そうとか、大学の学費や一人暮らし費用に充てようと考えていました。……まぁ何度か父に飲み代やお布施にと持っていかれることはありましたが、巧く隠したり、適度に使っているように振舞って誤魔化すことで乗り切りました」


――なるほど。


「そんな感じの三年間でした。母と姉の犠牲の上に成り立ってはいたのでしょうが、学校生活はとにかく楽しくてあっという間でした」


――それは何よりです。ところで、ちょうど大学の話が出ましたが進学はすんなりと決まりましたか? 高校入学時の件もありますので、難航したのでは?


「しました。全然駄目ですね。話になりませんでした」


――今回はどうされましたか?


「全部嫌になってしまい家を出ました」


――へ?


「家を出たんです。卒業式の次の日にそのまま」


――進学は?


「保留です」


――……なるほど?


「それで、一人暮らしを開始するわけですが、……ここからは少し長くなりそうです。少し早いですが休憩いいですか?」


――先が気になりますが分かりました。休憩を挟みましょう。


「ついでに、甘いものが食べたいです」


――それは駄目です。

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