第9話 宗教はいつだって
「さて、大体こんなところでしょうか。必要な情報は一通り話し終わったと思います」
――そうですか。それでは次に……。
「あっ、肝心なことを話し忘れていました」
――それは?
「質問を質問で返してすみませんが、松延さんは宗教はやっていますか?」
――いえ、特には。
「でしたら大丈夫ですね。今から宗教の話をします。勿論、勧誘ではありませんよ?」
――それは良かったです。断るのは苦手ですので。
「ふふ、それじゃあ説明しますね。と言っても、別に複雑な話ではありません。私の父は宗教をやっています。そして、その宗教が発端になってDVに至るケースが多かったという話です」
――なるほど。その宗教の団体名をお尋ねしてもよろしいですか?
「それは止めておきます。万が一にも音声が残ってしまうと困ったことになるかもしれないので。どうしても気になるようでしたら、後で休憩中にでもお伝えします」
――分かりました。では、まずはその宗教と七篠さんのご家庭の繋がりの切っ掛けはいつ頃になるのでしょうか?
「私も詳しくは知りません。興味がありませんでしたし、深く関わりたくなかったので。ただ、父の家系ではクソバ……失礼、父の母が熱心に信仰していたそうです。その流れで父も所属していたとか。彼らの出身地ではそれなりに活動は盛んなようです」
――お母様はそのことを知っていてご結婚なされたのでしょうか?
「はい。ただ、事前に信仰するつもりは無いと宣言していたそうです。ですが、まぁそんな口約束当てになりませんよね、はは」
――ということは、夫婦間での勧誘を?
「勧誘……というか、強要ですね。宗教である以上、それなりにイベント毎はあるんです。それで父も勿論そういった場に参加するのですが、その度に諍いが起きるんです。『みんな家族で来るのに、俺だけ一人で行くわけには行かないだろう。恥をかかせるな』から始まって、『良いところに連れてってやる』って言われて行ってみたら宗教イベントだったりもしました。アレは心底ガッカリでしたね。他にも『(信仰する)フリだけで良いから』『今回だけで良いから』『ちょっと顔を出してすぐ帰ればいいから』なんて言い出します。その〝ちょっと〟は一日仕事になりますし、〝今回だけ〟は数回続きます」
――そういうものですか?
「そういうものです。後付けで日数やら要件やらが追加されて『あれ、言ってなかったか?』なんてすっとぼけます。仕方なく行った後には『どうだ、楽しかったろ?』なんて言いますが、そんなわけないですよ。何をするにも神様神様。ハッキリ言って不気味でしょうがなかったです。とはいえ、そこについては不満を言うつもりはありません。信教の自由ですし」
――それでは、七篠さんが不満だった点はどの辺りですか?
「不満は主に三つです。一つは強制される点です。毎日家の神棚に拝ませられて、ヘンテコな参拝法を強制されます。週末には最寄りの宗教施設に連れてかれて、だだっ広い部屋の真ん中で、硬い板張りの床の上で正座で参拝や祈祷の真似事をさせられます。暗くて、寒くて、不気味で、酷く憂鬱でした。日曜の夕方から夜にかけて、同世代の子供達が家族で食卓を囲みながら日曜アニメ劇場を見ている頃に、私はそんなことをしていました。子供ながらに惨めでしょうがなかったですね。何をしているのだろうと」
――所要時間はどのくらいでしたか?
「短くて三十分、長くて一時間半ほどです。場合によっては、父がその施設の方と話し込んでもう少し長くなることもありました。翌日学校がある低学年生達と母を、夕飯無しで午前様まで車の中で待たせるんですよ。自分は酒を飲んで夕飯をご馳走になりながらね」
ーー相手の方は家族で来ていることをご存知でしたか?
「勿論です。ですが、家族はまるで父の付属物であるかのような扱いでした。辺鄙な場所だったので電車で帰るわけにもいかず、周囲にコンビニなんかも無かったのでどうしようもなかったです」
――それはお辛いですね。ちなみに、他に何か強制されましたか? 参拝やイベントへの参加以外に。
「そうですね……。内容的には参拝と少し被るのですが、他には辞書の様に分厚い教典を渡されて読むように勧められました。中身は一応漫画ではあったのですが、当時小学二年生だったので難解に感じました。でも、読まないと恫喝されますし、感想文も提出させられるしで苦行でしたね」
――感想文までですか?
「ええ。学校の宿題をしていたら『そんなものは良いからこれを読め』って言われて、拒否したら滅茶苦茶に暴れられました。ノートは破かれ、教科書は外に放り投げられで、散々でした」
――信仰の強制ですね。その後どうなりましたか?
「その教典に関しては、しばしば争いの種になりました。母がいれば『結婚前に強制はしないって言ったじゃない』と止めてくれるのですが、居ない時には監視付きで読ませられます。最終的には私が教典を隠すに至った訳ですが、それがバレた時には烈火の如く怒り狂った父にその教典を投げつけられました。信仰の象徴を投げつけるなんて、本当に信仰しているのか疑わしいものです。はは」
――お怪我は無かったですか?
「大したことはなかったです。他にも、イベントへの参加を強制されたりはしましたが、三回に一回くらい参加して適度にガス抜きしつつなんとかやり過ごしました。とは言っても、参加しない残りの二回についても父は暴れるんですけどね」
――では、二つ目の不満をお願いできますか?
「金銭的な理由です。その宗教では、事ある毎にお布施を要求してくるんです。『お気持ちで結構です』とか言うそうなのですが、ある程度エリアごとにノルマがあるようで、集金はかなり厳しかった印象です。笑っちゃいますよね。困った時には助け合いだの、神様がどうのこうの言っていても結局はお金なんだなって。勿論組織を運営する上で必要なことだとは分かっていますが、食べるものにも困っている家庭からも搾り取っていくんだな、と。こちらが助けるばかりで、助けてもらったことなど一度もありませんでした」
――お布施は月々どの程度でしたか?
「母は私達にその場面を見せたくなかったのか、こっそりと父に封筒で渡していたようなので詳しくは知りませんが、数万〜十万くらいだと思います。ですが、イベント時には別途で払っていたようです。一番馬鹿馬鹿しいと思ったのは、施設の建て替えをするから協力して欲しいという話の時です。施設と管理者の家は併設されているので半分は私用ですよ? それなのに、自己資金ゼロで全額お布施で賄おうとしていたと。彼らの教典と一般の辞書では〝協力〟の意味が全然違ったみたいですね」
――それにもお金を払われたのですか?
「連日揉めに揉めた後に、母が随分分厚い封筒を渡していました」
――お父様は何故そこまでその宗教に傾倒していたのでしょうか?
「そこが正直分からないんです。子供にあれだけ勧めた教典も自分は読んでいませんでしたし、神棚に供える祭具もいつも人任せで母に手入れをさせていました。参拝も人には強制しますが、自らは毎日していたわけではありません。それこそ困った時の神頼みで、お金の工面に困った時、体調が悪い時、親族に不幸があった時くらいでしょうか。どうにも父の信仰の根拠というか、源泉が見当たりませんでした。強いて言うなら、父方の家族が信仰していたことと、父には宗教繋がりの友人しか居なかったことでしょうか。見栄っ張りですので、お布施の多寡や信仰心を通して、インスタントに良い格好をしたかったのかもしれません。頼られるのが好きだったのでしょうね。家族にとっては良い迷惑でしたが」
――三つ目の不満は?
「宗教繋がりの父の友人達の存在です。誰も彼もが父の奢りを目当てに集りに来るようなロクでもない者ばかりでした」
――それは頻繁に行われていましたか?
「多かったですね。百歩譲って単に飲むだけならまだいいんです。でも、酔っ払って帰ってくる時の父は本当に鬱陶しかったので迷惑でしかなかったです。家主である自分が帰ったのに出迎えがないとか、電気が消えているとか、そんな下らない理由で小学校低学年の子供達を深夜に起こすんです。それで、正座させて自分の苦労話やら宗教についてやらの話をするわけです。翌日学校があろうがお構い無しです。酒臭い息で、呂律が回らない口で、声も酔っているせいで大きい。最低でした。そんなになるまで飲む本人も、家庭があるのを承知で頻繁に誘う人達も非常識で好きにはなれなかったです」
――他に何か友人達がロクでもないと判断した根拠はありますか?
「腐る程あります。よく来ていたうちの一人は、お酒のコレクターなんです。彼は宗教施設の一つを運営しているエリア長みたいな感じです。言わば信者の人のお金で生活出来ているようなものです。そんな人物が高級酒を集めているんです。教義では清貧を謳っているのに。子供ながらになんだかおかしいなぁって思っていました」
――お気持ちは理解できますが、個人の趣味はある程度は許容されるべきでは?
「その方は、お布施のノルマが厳しい時にはしょっちゅうウチに来て『今月厳しくてさぁ、悪いんだけどなんとかならない? 今回だけお願い』なんて供出を求めるんです。しょっちゅう父に奢らせて、その上さらに子供が二人いる家庭の、その子供達の目の前でヘラヘラそんなことを宣うんです。高級酒を集めているくせに」
――それは確かに納得がいきませんね。
「でしょう? ですが、何より納得いかないのはその横柄な振る舞いです。彼らは外で飲むお金がない時は大抵ウチで飲んでいたのですが、何から何まで酷いです。遠慮を知らない。朝まで大声で騒いでいるし、酔って転んで窓ガラスを割ったりするし。それもヘラヘラと笑っていて、勿論弁償なんてしませんでした。挙げ句の果てには、母を給仕か何かのようにこき使ったりして買い出しに行かせたり。祖母が私達のため、食べ物に困らないようにと、冷蔵庫いっぱいに詰めていってくれたオカズ類を一晩で好き勝手に食い散らかされた時には悔しくて泣きました。父も父で『大したもの無くて悪いけど』とか『妻は本当にグズで……』なんて母をこき下ろしていました。全員殺してやりたいとすら思いました。人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、祖母の愛情の結晶をそのように無下に扱うなんて。味に不満すら言っていました。その口で信仰やら、愛やら絆やら語るんですからお笑い種です。父の宗教関係者は全てこのような人物です。ロクな者がいない。いや、おそらく探せば人格者もいるのでしょう。でも、父の周りにはこんなのばかりです」
――その人物が突出して酷かったのではなく?
「父の連れてきた友人の多くに、多かれ少なかれ似たようなエピソードがあります。いつも誰かの悪口で盛り上がり、その締めはいつも『あんなんじゃロクな死に方しない』です。誰かに不幸があったら『あいつは信仰が足りなかったんだろう、バチが当たった。神様は見てるんだな』って。信心深かったら癌も治ると本気で考えているようですし。そんな彼らは、私にとってはカルトにしか見えませんでした。大嫌いです」
――七篠さんにとって、宗教とは厄介事の種でしかないのですね。
「はい、全てが不和の元です。それが切っ掛けで恫喝や暴力に発展することも多かったですから」
――それは全体の割合で言うとどのくらいですか?
「日常的な原因に比べると割合的には少ないですね。二割くらいでしょうか。しかし、宗教から生じる問題の多くは、ほぼ確実に大荒れするので厄介です。世界的に見ても宗教関連の紛争は多いですし、教典の扱いも難しいですもんね。我が家でもそんな感じでした。ふふ」
――家族とは社会の最小単位である、との言葉もあります。
「身を以って実感しましたよ。宗教はどこへ行っても厄ネタです。
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