第7話 返せぬ大恩
――では、次にご家族以外の親族の方のお話をお願いします。
「はい。まず父方の親族なのですが、良いイメージは全くありませんね。揃いも揃ってお金の無心しかしてこなかったので。墓、家の建て替え、生活費。あらゆる理由で父を頼ってきていました」
――お父様と親族の方はご懇意にしていらしたのですか?
「ええ、父はとにかく自分の身内には甘いですから。『うちの家系は代々優秀なんだ』ってよく自慢していました。内心では母方の親戚のことも見下していたんでしょうね。母の親族の子供は全て呼び捨てですが、自分の兄弟姉妹の子供には緩んだ顔で、ちゃん付け・君付けでした。それはもう可愛がっていました」
――身内贔屓に関する具体的なエピソードなどはありますか?
「父の妹が結婚した時の話です。見栄っ張りな父は、母が用意したご祝儀を投げつけて『肉親なのにこんな額じゃ恥をかく』って言って、仕事の売り上げ五十万を持って遠方の結婚式に赴き、その全てを置いてきました。仕事の支払いに必要なお金を含む全てをです。あの時は生活が本当に苦しかったです。母が途方に暮れていて、子供ながらに深刻さを強く実感しました。周囲にお金を貸して欲しいと頭を下げて回る母を見るのは心底辛かったです」
――他にもそういったエピソードが?
「語り尽くせない程あります」
――もう一つだけお願いします。
「分かりました。ある時、父の妹とその娘、私から見ると叔母と従姉妹ですね、その二人が遠方より訪ねてきました。平日にです」
――来訪の目的は?
「観光旅行です。それで、父は仕事を休んで彼女らを歓待していました。昼間から一食数万もするような食事を三人で食べに行って、さらに遠方のテーマパークに出かけていました。私たち家族は『金が勿体無い』と言われ、連れて行ってもらったことがない場所です。その後、帰宅した彼らは飯だ風呂だと、母を召使いのようにこき使っていました。しかし結局、母の料理が貧乏臭いからと三人で寿司を食べに行っていましたけどね。彼女らはクソ、失礼……父同様に無神経な人たちでした」
――より具体的にお願いします。
「娘さんは我が物顔でリビングのテーブルに足を乗せてテレビを見ていました。私が同じことをしたら、父に無言で頭を強かに叩かれて家からつまみ出されますよ。それから、その子が私の姉のお気に入りの服や鞄を欲しがった際には、父は泣き喚く姉から無理に徴収して渡していました。人の家で好き放題して、年下の他所の子からお気に入りを取り上げるその傍若無人っぷりには驚きでした」
――叔母さんは注意されなかったのですか?
「笑って見ていました。子供のすることだからって。人の家で気ままに振る舞う彼らも、そんな彼らを歓待する父も何もかも意味が分かりませんでした。何よりおかしいと思ったのは金銭面です。生活が困窮しているウチが、遊びに来た他人の滞在費を何故全て出す必要があるのか。彼らの滞在に費やしたお金で我が家がどれだけの期間食べていけるか。それを考えると、憎くて仕方なかったです。父の家系はこんなのばかりです」
――七篠家では金銭に関する問題はやはり多かったですか?
「日常茶飯事でした。母が自転車で片道数十分もかけて一円でも安い買い物をしようと奮闘する一方で、父は友人連中に良い顔をしたくて酒を連日奢ってまわっていましたから。その割に、家族がアイス一本買っただけで『人の金で無駄遣いしやがって』と罵ります。年頃の姉がオシャレをしようとした際にも『ガキのくせに一丁前に色気付きやがって』とよく馬鹿にしていました」
――お父様の金銭感覚についてはどう思いますか?
「控えめに言ってクズだなとしか思えなかったです。それでも何とか父の仕事が成り立っていたのは、バブル期であったこと、母の献身や経理としての努力、それから母方の祖母によるサポートあってのものです。ですが、当人は上手くいったら自分の実力、失敗したら家族のサポート不足くらいにしか考えていなかったでしょうね。いつもそうでした。他にも、ギャンブルはするし、ある日突然何の相談も無く車を購入するしで家計は常に火の車でした」
――お金の工面に関してお父様の対応は?
「父はお金に困った際には『大丈夫だ。金は天下の回り物だ。何とかなる』と楽観的なことを常に口にしていました。しかし、諸々の支払い期限が近づくと、『何とかならないかなぁ? どうするかなぁ、困ったなぁ』なんて言いながらチラチラと母の顔色を窺います」
――それは?
「暗に母の親族から借りて来いと言っているんです。自分の親族にはそんなことみっともなくて頼めないという感じなのに、母にはそれを強いるんです。勿論母も断るのですが、そうなるとあからさまに不機嫌になって当たり散らして暴れます。それで、結局母が折れて融通してしまうんです。もうずっとその繰り返しです。最後には母が折れて、親族から金銭を引っ張ってこられるって分かっているんですよ。父は言うまでもないクズですが、断れない母の弱さが悲しかったです。ですが、そんな父の稼ぎで生活をさせてもらっていた自分には偉そうなことは言えません。祖母や、その息子である叔父さん達にとって、私達はきっと寄生虫のような存在だったでしょうね。特に叔父さんは良い気はしなかったのではと思います。祖母の面倒を見ているのは叔父さんなのに、祖母は母にばかり援助をしていたのですから」
――お母様筋のお祖母様には良くして頂けたのですか?
「良くしてもらったなんて言葉ではとても言い表せません。命の恩人です。祖母は私達を心配しては遠方から顔を出してくれていました。その度に食材が詰まった袋を両手一杯に抱えて持ってきてくれるんです。それで大量にオカズを作って、冷蔵庫に隙間なく詰めていってくれます。お金を置いて行ってくれることもありましたが、お金だと結局父が使い込むので食べ物が多かったです」
――大変良くして頂けたのですね。
「はい。祖母が来るときは嬉しくて飛び跳ねて歓迎したものです。私にとってはヒーローでした。この時ばかりは父もタバコとお酒、勿論恫喝や暴力も控えるので安心して眠れましたしね」
――お婆さまとは今でも良くお会いになられるのですか?
「いえ、十年ほど前に他界しました」
――それは失礼致しました。
「いえいえ、大病を患うこともなく大往生でしたから。葬式も和やかなムードでした。ですが、一つだけ残念なことがあります」
――それは?
「祖母に何も恩返しが出来なかったことです。私達にしてくれた援助に対して何も返せませんでした。それだけが心残りです」
――そうでしたか。それは大変心苦しいですね。
「はい、本当に残念です。
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