第3話 DVの契機

――まずそもそもの切っ掛けとして、お父様によるDVを認識したのは何歳頃ですか?


「いつからと断定は出来かねますね。物心ついた三歳四歳頃にはもう日常茶飯事でしたから」


――では、質問を変えます。DVに至る原因はどういったものが多かったですか?


「色々です。基本的には八つ当たりや理不尽な動機が多かったです」


――具体的にお願いします。


「原因は本当に様々です。テレビの野球生中継で父が贔屓にしている野球チームが負けているとか、父が見ているテレビの前を私が横切ってしまったとか、母が入れたお茶が熱すぎるからとか」


――確かに理不尽ですね。それらは日常的なものでしたか?


「はい、特に夕食時にそうなることが多かったです」


――夕食時ですか? 何故夕食時が多かったのでしょうか。その理由についてはどうお考えですか?


「一家全員が揃うのが夕飯の時くらいという理由もありますが、一番はアルコールでしょうね。父は晩酌を欠かしたことはありませんから。アルコールが入ると沸点がものすごく低くなります」


――なるほど。では、その際の出来事や心情の詳細をお願いします。


「分かりました。まず私にとって食事時の印象ですが、一言で言うなら〝苦行〟です。その一言に尽きます。食事時には常に父によって一挙手一投足を監視されていましたから。『あれを食べろ、これを食べろ』『姿勢が悪い』『正座をしろ』『テレビを見るな』延々とそのようにネチネチ言われ続けます。それと私は食が細かったのですが、それが原因で文字通り泣いて吐くまで食べ続けさせられることもしょっちゅうでした。仮にポロッと食べ物でもこぼそうものなら酷い目に遭います。未就学児童に無茶言うなって感じですよね」


――お父様は随分と躾に厳しかったのですね。


「私としてはアレらを躾とは表現したくはないですね」


――それは何故?


「父はとにかくダブルスタンダードな人物でした。家族に対する言動は何からなにまで支配的で、一挙手一投足ああしろこうしろと指図をするんです。とはいえ、確かに父の言い分にも正当性がある場合もありました。ですので、私もそれを改善しようと努力しました。でも、暫くするとそれを言った張本人ができていない。そして、それを指摘しようものなら激昂して大暴れです。とにかく間違いを認められない人なんです。謝れない。大声で議論ごと全てひっくり返しますから。言っていることは毎回コロコロ変わりますし、『口答えするな』『そんなことを俺がいうはずがないだろう』『俺はいいんだ』で押し通すので議論するだけ無駄でした」


――お父様の食事時の様子をもう少し詳しくお願いします。


「父は食べるのがとにかく遅かったんです。野球中継を見ながら毎晩ダラダラと晩酌をして、煙草をスパスパ吸って、それで二、三時間は食事をしていました」


――二、三時間もですか? 七篠さんは食べ終えてすぐに離席する事はできないのですか?


「できません。『バタバタ動くな、埃がたつ』と怒鳴られるので微動だにしません。その間、ネチネチ嫌味を言われながらずっと正座です。それが小学校卒業辺りまで続きました。お陰様で酒とタバコと野球が大嫌いになりました。食事中には酷く気を遣うので人との食事も嫌いですね。今でも可能であれば避けたいくらいです」


――一家団欒とは程遠い時間だったわけですね。


「食事時に楽しかった記憶なんて一つも無いです」


――そうでしたか。


「そうそう、家族団欒といえば小学生の頃に初めて友人の家で晩御飯をご馳走になった時は衝撃でした」


――それは何故ですか?


「友人宅では和やかな雰囲気で楽しそうに談笑していたからです。好きな物を好きに食べて、我が家では禁止されていたジュースもあって。友人は少し好き嫌いをして注意はされるけど、でも叱られるだけで怒鳴られたりはしない。おやつを食べ過ぎたせいで夕飯をあまり食べられなくても、『次は気をつけなさい』と軽く注意されるだけです。『好きなテレビ番組も見ていいんだよ』って。私は父のいる時にテレビを見たいなんて口が裂けても言えませんでしたから衝撃でした。でも、友人はそれを当然のように受け入れていて」


――それを見てどう感じましたか?


「他所のお父さんは声を荒げないんだなって驚きました。それが子供時代に人の家で過ごした最初で最後の経験です」


――最初で最後? それはお父様に反対されたからですか?


「いえ、自分の意思です。そんな光景を見せ付けられたら、自分の生活が惨めに感じるじゃないですか。なら知らない方が良いんです」


――その気持ちは少しわかる気がします。


「勿論、その友人家庭にも多かれ少なかれ何らかの問題はあるのかもしれません。他所の子が来ていたから、偶々いつもより優しかっただけかもしれません。ですが、それでも自分の内に何かくらい感情が渦巻くのを感じました。当時は訳もわからずモヤモヤしていましたけどね。あぁ、すみません。愚痴だらけになってしまいました」


――そのまま続けてください。


「いえ、ちょうどひと段落着いたところです」


――そうですか。では、これで大体の概要は大体把握できました。七篠家のDVはモラハラを主軸とした精神的、心理的側面が大きいものだったのですね。


「そうですね。その辺りが原因で発生することが多かったです。分かり易く分類するなら、それが第一段階といったところでしょうか」


――……なるほど。今までのは第一段階ですね。

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