第2話 DVの定義

――では、進めていきます。まずは七篠さんのDV体験は何歳頃のどういったものでしょうか? 


「それは……早速で申し訳ないのですが少し言葉に困りますね」


――何故ですか?


「言葉の定義の問題と言いますか。ドメスティックバイオレンス、日本語でいう〝家庭内暴力〟ですね。私も多少調べた事はあるのですが、DVに明確な定義は無いそうです。ですが、一般的には、特に行われる様々な意味での暴力的、支配的行為らしいです。その定義を基にすると、例えば幼少期に私が父から受けていたそれらはDVではなく、児童虐待と言えます。虐待って言うとちょっと大袈裟に聞こえちゃいますけどね」


――なるほど。厳密に言うと定義から外れるのではないかと?


「ええ。ですが、父による母へのDVが諸々の引き金になっていたのは間違いないです。それで、これは経験に含むべきなのかどうかと少し悩んでしまいました」


――私個人の意見としては、含まれるべきかなと考えます。実際の事件や相談を鑑みてもDVと虐待は不可分ですし、何より七篠さんはお母様がDVされている現場を目の当たりにされていたわけですから。それは一般的に〝面前DV〟とカテゴライズされています。


「分かりました。では、この場では含むものとして話をさせていただきます。その観点から言いますと、私のDV経験は幼少期から十代半ば程度までと、十代後半から二十代前半辺りとなります。ですが、あくまで私見にはなりますが、DV遍歴において時期はあまり重要ではないと思いますよ」


――それは何故ですか?


「DVとはある一点の出来事のみを指すものではないからです。例えば、ある時にパートナーに対して暴力性が発露した瞬間があるとします。これは紛うことなきDVです。では、この一度DVをしてしまった人が暫くDVをしていないとしたらどうでしょう?」


――現在はしていないのなら、それは克服したと言えるのでは?


「私はそうは思いません。それは偶々問題が顕在化していないだけです。その間、偶々切っ掛けが無かっただけかもしれませんし、偶々気分が良い日が続いたのかもしれません」


――偶々……ですか?


「はい、偶々です。多くは何か切っ掛けがあれば高確率で再び暴力行為に至るからです。DVってそういうものだと思います。一度発芽した暴力性は消えることなく常に加害者の中に存在しているんです。それが明らかになるか、ならないかの違いはありますけどね」


――例えるなら難病治療における完治と寛解かんかいの違いのような?


「そうですね。その例えが相応しいと思います。あくまでも一経験者としての私個人の見解になりますが、一度発現してしまったDVに完治はありえないということです。いかに寛解に持っていくか、そしてそれを維持し続けていくかが重要だと思います」


――なるほど。DVは局所的な問題ではなく、一生付き合っていかねばならない類の問題であると。故に〝いつ至ったか〟よりも〝至ったか否か〟の方にこそ重きを置くべきであるということですね。


「はい。そういうことです」


――承知致しました。では、それを踏まえて進めさせていただきます。ですが今回はあくまでも説明の便宜上、一定の期間で区切らせていただきます。その点だけご了承ください。


「了解しました。紛らわしい話をしてしまいましたね。すみません」


――いえ、大事な部分だというのは理解できます。


「理解していただけて何よりです。ですが、もし仮に理解にズレがあってもそれで文句を言ったりはしませんので、もう少しざっくばらんな感じで大丈夫ですよ」


――ご配慮頂きありがとうございます。では、少しだけ崩させて頂きますね。続けます。先程のDV経験についての質問なのですが、それはどちらも被害者としてですか?


「いえ。前者は被害を受けた側で、後者は加害者としてです」


――両方の立場での経験があるわけですね。


「はい。そうなります」


――その二つのDVには因果関係があると思いますか?


「一般的に被害と加害の間には強い因果関係があると言われているのは知っています。DVは遺伝する可能性が高いと。いえ、遺伝というよりは〝習慣が伝染する〟という感じでしょうか。ですが、それを肯定はしたくありません。自らのしたことの言い訳になってしまうので。とはいえ、全くの無関係であるとも思いたくないですね」


――なるほど。その辺りを詳細に理解するためにも、まずは七篠さんの子供時代の出来事を知る必要がありそうですね。


「正直あまり良い思い出が無いのでネガティブな雰囲気になってしまいますが、憶えている範囲で何でもお答えします」


――よろしくお願い致します。それと、お答え頂く際に一つだけお願いがございます。


「何でしょうか?」


――当時の七篠さんの気持ちになってお答えいただきたいということです。勿論当時の感情を完全に再現して頂くというのは現実的に不可能であるとは理解しています。ですが、可能な限りその時々の当事者としての考えを知りたいのです。


「それは何とも難しい上に恥ずかしい話になりそうです。ですが、既に何でも聞いてくださいと言ってしまったので後の祭りですね。はは」


――ふふ、ご協力感謝致します。

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