オキシトシなんとか

柳 茂太郎

第1話 プロローグ

――初めまして。フリーライターの松延祥子マツノベ ショウコと申します。本日はお時間を割いてくださってありがとうございます。


「初めまして、◯◯です」


――早速になりますが、◯◯さんは本日のインタビューを受けていただけるということでよろしいでしょうか?


「それなんですが正直なところ決めかねています。受けるかどうかは少し話を聞いてから決めようかと」


――そうでしたか。かしこまりました。では、まず本日の取材の趣旨の説明から入らせていただきますね。ちなみに、紹介者様からはどのようにご説明を?


「DV、ドメスティックバイオレンスに関して簡単な聞き取りをしたいというフリーの記者さんがいるとの説明を受けています」


――その認識で間違いございません。


「それは何を目的としてのことですか?」


――勿論、DV被害撲滅のためです。複数の方、それも被害者と加害者双方からの情報を多角的に分析することで、より詳細な発生状況や傾向を特定できるかもしれません。そして、こういったデータの積み重ねこそが問題解決への糸口になるのではと考えております。


「なるほど。ですが、それについては既に様々な研究がなされていますし、学術論文を検索すれば十分なデータが出てきます。ネット上にも体験談は溢れています。そちらを参照なさるというのでは駄目なのですか?」


――勿論そのつもりです。ですが、DVサバイバーのよりリアルな生の体験を直接……。


「一旦ストップでお願いします。松延さんのおっしゃりたいことは理解できました。ですが、その表現は正直好きではありません。人にもよるのでしょうが、多くの場合において被害経験は現在進行形のトラウマであり、加害経験は人生の恥部です。それを、『少しでもサンプルが欲しいから』程度の気持ちで暴き立てられるのは誰だって面白くはないはずです。そのサンプル一つ一つが誰かの苦悩の歴史であるということをご理解いただきたいです」


――それは……申し訳ありません。


「……いえ、こちらも少し言葉が過ぎました。インタビューの目的はそれが全てですか?」


――いえ、その……私事で大変恐縮なのですが、実は私の親友が問題の多い家庭で育ったことを気にしているようでして。ある時、私が励ましの言葉をかけたら、彼女は悲しそうに微笑んだ後に塞ぎ込んでしまいました。それからは、何を聞いても曖昧な返事しか返ってこなくて、どうすればいいか分からないんです。それで、そんな時にこの仕事の依頼をいただいて……。


「渡に船であったと?」


――はい、申し訳ございません。公私混同をしてしまいました。


「そうですか」


――大変失礼致しました。あの……紹介者様には私都合でのキャンセルであると御連絡させていただきますので。今日はわざわざご足労頂きありがとうございました。それと、重ね重ね申し訳ありませんでした。


「まだ受けないとは言っていませんが、取材は必要無いですか?」


――え、その……よろしいのですか?


「先程の理由なら断っていました。ですが、親友のため、それも私と同じように困っていた誰かの役に立つというのなら断る理由がありません。話す内容は私の経験談で良いんですよね?」


――はい、はいっ。それでお願いします。非常に助かります。


「ですが、始まる前に一つだけ質問があります。これはどこかに公開されたりはしますか? DVという話題の関係上、それだと少しだけ困るのですが……」


――公開する場合には、個人が特定出来ないよう最大限配慮は致します。ですが、それでもご不安なようでしたら偽名でも構いません。


「それでは偽名でお願いします。名字は……そうですね、七篠ナナシノと呼んでください。名前も必要ですか?」


――いえ、名字だけで結構です。


「分かりました」


――他に何か気になることは御座いますか?


「インタビューを受けるのは初めてなので正直不安だらけです」


――難しいことは何も御座いませんのでご心配なく。私の方から七篠さんに質問をさせていただきますので、深く考えることなく頭に浮かんだ事柄をそのまま伝えていただければ十分です。もしも答え難い質問がございましたら、必ずしもお答えいただく必要はありません。また、場合によっては長時間に及ぶ可能性もありえますので、その際には休憩時間も設けさせていただきます。


「分かりました」


――それと、その……もしかしたら、私の方でまた何か失礼なことを言ってしまうかもしれません。その際にはご指摘いただけると助かります。


「分かりました。ですが、それは私も同じです。お互い肩肘張らずに気楽にやっていきましょう。長丁場になりそうですしね」

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