よすがたるもの

緒音百『かぎろいの島』6/20発売

よすがたるもの

 貴女は昔からそうでした。

 物事の後先を考えずに思うがままやりたいだけやってしまったあとで、取り返しのつかなさに気づいて焦っておののいて「どうにかして!」と私にお願いするのです。

 覚えていますか。あれは小学四年生のとき。放課後、貴女は教室で飼っていたメダカの水槽の上で袋を逆さまにして、狂ったように餌をむさぼるメダカ達を楽しそうに眺めていましたね。翌朝、まだ粉末餌の膜が張った水面が白い腹でびっちりと埋め尽くされている様を、可哀想に第一発見者になってしまった同級生がわあわあ泣き叫んで大騒ぎにしてしまって、朝一番に学級会が開かれた日の光景をまるで昨日の出来事のように覚えています。

 のん気に遅刻寸前で登校した貴女は騒動を知るやいなや私の腕を掴みました。その力の強かったこと。


「誰にも言わないでよっ」

「私は言いませんけど……」

「ああ、困ったな。あたし、どうしたらいい?」


 どうもこうもありませんでした。ひっくり返ったメダカは二度と泳ぐことはないし、クラスのみんなが死骸の海を目撃している以上、今更隠すことも出来ないし、あと数十秒でチャイムが鳴れば誰かが吊し上げられるまで終わらない地獄の学級会の開幕です。せめてもう少し早く来てくれていたらと思いますが、何もかもが手遅れでした。先生は壊れたおもちゃみたいに金切り声をあげながら教卓を手のひらで何度も何度も叩いています。

 阿鼻叫喚の教室の隅で、私は青ざめた貴女に囁きました。正直に言ってみてはどうか……殺すつもりはなかったのだし、自分から白状すれば罰が軽くなるかもしれないと。


「嫌だ! だってもともとは先生が家で育てていたメダカなんだよ。見てよ、あの真っ赤な顔。犯人を許さないって顔だよ。あっ、もうチャイムが鳴っちゃった。絶対にどうにかしてよ。そのために一緒にいてあげているんだからねっ!」と吐き捨てて、貴女は席につきました。

 先生が全員に目を瞑るよう指示し、「やった人は正直に手を挙げなさい。名乗り出なければ、校内放送で犯人の目撃情報の提供を呼びかけます」と言うので、私は、強張った右手を恐る恐る挙げました。そのときのみんなの、得体の知れないものを見る目……。

 結局、私がメダカ殺しの汚名を被るかたちでどうにか事を丸く収めたわけですが、私はクラス中どころか学校中、町中、もちろん担任からも無視され続けました。せっかくみんなと打ち解けられるかと思ったのに。

 メダカ事件の後、毎日ひとりきりで日々を過ごす私に、貴女が何と声をかけたのか覚えていますか?


「あのさ、暇なら掃除当番代わってくれない? あたし、みんなからドッジボールに誘われているんだよねっ」


 一瞬でも感謝の言葉を期待した私が馬鹿でした。あの頃はまだ、貴女という人間を理解しきれておらず、私を頼るのは少しでも私を好ましく思っているからだと、友達だと認識してくれているからだと勘違いしていました。

 勘違い。

 大いなる勘違い。

 私と貴方は友達でも何でもなかったのだと、今ならわかります。

 学級会が開かれた日の夜、死んだメダカが悪霊の大群になって貴女を未来永劫ついばみ続けるという素晴らしい夢を見ました。空想の中でも貴女は「痛い。痛い。ねえ、お願いだから助けて……」と私の腕を掴むのでした。あの夢が、ただの夢で、本当に良かった。もし現実だったなら、私はその苦役すら肩代わりしてしまっていたでしょう。

 狭い町でしたから、家が荒れてしまって居所のない私という存在に、町の人々は大変冷ややかでした。子供達は弱者の臭いに敏感で、大人達よりも殊更残酷に振る舞いました。ただ仲間外れにするのでなく隠れん坊に誘っておきながら置き去りにしたり、鬼ごっこで誰も追いかけて来なかったり、花いちもんめで最後まで選ばれなかったりするのです。かごめかごめで鬼だった貴女が私の名前を呼んでくれたとき、どんなに嬉しかったか。



 次に思い出すのは、五年生。クラスで一番目立つグループに加わった貴女は、大層張り切っていましたね。洋服も持ち物も何から何まで新調して。少し前までは地味なグループに属していたのにどうやって派手な女の子達に取り入ったのか、未だに不思議です。まあ、ああいう子達には、貴女のような金魚のフン役の需要があるのでしょう。

 その頃、口紅を模した消しゴムが学校で大流行していました。当然、貴女のグループの子らは全員が手にして見せびらかしていましたが、町の文具屋はどこも売り切れで、焦った貴女は、クラスメイトの筆箱から新品同様の消しゴムを盗みだしたのです。盗難の現場を目撃していた児童が先生に報告し、ほとんど現行犯で職員室に呼び出された貴女は、メダカ事件のときのように私を身代わりにするわけにはいきませんでした。


「ただ欲しかっただけなのに。売り切れてたのが悪いんじゃん。どうにかしてよっ」


 仕方なく、私は、それは自分が貴女に頼んで盗んでもらったのだ……と先生にしました。そうするしか思いつかなかったのです。どうしても欲しくて止められなかったがすぐに返すつもりだった……という浅はかな言い訳を、家の事情を仄めかしつつ切々と訴え、嘘を信じさせることに成功し、その上、「持ち主に返却すればよし」という甘い処分で決着がつきました。

 翌日、貴女はちゃっかり消しゴムを手に入れて自慢していましたが、私には一度も使わせてくれませんでしたね。貴女の痙攣ひきつけを起こしたみたいな笑い声が教室中にこだましていました。

 その年の冬にアイドルのCDを、六年生の夏には財布から千円札を盗んで見つかった貴女を、愚直な私は、同じ方法でたすけたのです。

 先生達も本当のことに気づいているのだろうと感じることが時たまありましたが、面倒事を嫌ったのでしょう、私ばかり責め立てて貴女の罪は追及されませんでした。それが町の力関係に基づいたルールですから。黙認こそが学校側の物言わぬ配慮だったのかもしれません。


 今も昔も、この町は都会と田舎の嫌なところを混ぜっ返したような場所です。古いルールや正しさが蔓延る箱庭であり、都会からあぶれた人間が流れつくどぶ川でもある。幾ら余所者が真新しい知恵を運び込もうと、この土地ならではの常識――それに基づく歪な結束は揺らぎません。私と貴女も同様に。



 そうして貴女は中学生になりました。

 放課後、教室の窓から校庭を見下ろしていましたら、制服でボールを蹴る貴女の姿が目に留まりました。茶色く染めた髪を派手な髪ゴムでポニーテールに纏め、ぴょこぴょこと兎のように男子の後を追いかけています。好きな男子をコロコロと変えていましたから、またしても、風で飛ぶほど軽い恋心を能天気な胸に浮かべているのでしょう。

 そんな恋の一人目はバスケ部の先輩でしたっけ。貴女が彼に手紙で告白し、回し読みされてからかわれて私に泣きついてきたときも、「困ったな」という程度でさして驚きはしませんでした。尤も、中学生活で同じ行為を別の男子に五回も繰り返したのはさすがに想定外でしたが……。貴女があんなに惚れっぽく男癖が悪かったとは。


 さて、貴女の向こう見ずな性格が災いし、またしても恋に落ちたのは三年生の秋。相手は、中学からこの町に転入してきた中村君という同級生。よからぬ噂がある子です。

 中村君には二つ上の兄がおり眉目秀麗で成績優秀な生徒として町の有名人でしたが、教師や保護者は知らないささやかな秘密がありました。羊の皮を着た狼の、本当の顔が。

 都会的な雰囲気を持った彼は、町中の女の子に人気がありました。気安く写真や動画撮影に応じ、時にSNSに投稿するのも素敵だそうで。初めは流行の音楽に乗せて踊ったりするだけですが、そのうち趣旨を変えて女の子単体で撮らせて肌も露出させ、諸々で得た収入は彼が持っていくと聞きます。彼自身は上手く立ち回って女の子だけがインターネット上の晒し者になるわけですが、それでも彼に幻滅できず嵌まってしまった子達は、仲間となって悪事に加担しているのだとか。

 弟の中村君も手伝っていることは、子供達の社会では周知の事実でした。大半は巻き込まれぬよう警戒していましたが、ごく一部の、貴女のような女の子達だけは、彼の『ちょっと悪い感じ』に憧れて、どうにか仲間に入れてもらおうと競い合っておりました。我が身の危険より、甘い刺激を求めて。

 ですから中村君だけでなく彼のお兄さんにまでアピールし、仲間の反感を買って呼び出されたのだって、貴女が蒔いた種でしょう。それなのに、また、私にお願いするなんて。

 貴女に言われた通り、私は待ち合わせに指定された場所へ向かいました。地元のヒエラルキーにおいて上位にいる子供達が溜まり場にしている工場跡地です。

 待ち構えていた彼女らの面前でためらわず服を脱ぎましたら、一人の女子高生が驚いて、私の手を掴みました。


「ちょっと待って。何してんの。ていうかアイツは?」

「私が代わりにやります。あの子のことは許してあげてください」

「はあ?」


 彼女は杏里あんりといい、取り巻きのリーダー的な立場にいるらしく他の面々は杏里の顔色を窺っていました。大袈裟なため息と、ひそひそ声と、誰かが放った角材がコンクリートに落下する音が混ざり合って怖くなり、私は「すみません」と頭を下げました。


「身代わりを寄越すなんてナメられている証拠じゃん。今からアイツんに乗り込むか」


 心臓がひゅっと縮こまるようでした。そんなことをされたら、貴女はきっと、役に立たなかった私をきつくなじることでしょう。

 羞恥心を投げ捨て、額を地面に擦りつけると、情けない声で懇願しました。どうにか許して欲しいと。そうでなくては、私の役目が台無しだと。何としても、何をしてもいいから、私で手を打ってくれと。


「いや……必死すぎて気持ち悪いし、あんたが脱いでも逆に困る。ウチらはアイツが金輪際あの兄弟に近づかないように痛い目見せたいの。まとわりつかれて中村君も迷惑してるから。あんたじゃ代わりにならないんだよ。わかる? この町で、アイツの居場所を奪うことくらい簡単なんだからね」

「それは……私も困ります」


 ふふんと笑った杏里はまだ少女のあどけなさがあり、私は一瞬見惚れてしまいました。


「でも、アイツをただで許したらウチらが中村君に叱られるんだよね。示しがつかねえって。そうだ。やっぱり動画撮ってきて貰おうかな。肝試し動画」


 私が腑抜けた顔をしていたのか、「肝試しなんか子供っぽいって思ってる? 意外とそういう動画って需要あるんだよ。やりたがる女の子がいなくって中村君が苛立っててさ。丁度いいね」と杏里は付け加え、どこかへ電話を架け始めました。一体何が丁度いいのでしょう? まあ、私は毎夜ひとりきりで退屈ですからいい暇潰しにはなりそうです。

 無傷で帰された私は、青い顔をして待っていた貴女に事の顛末を報告しました。貴女はコロッと態度を変え、「裸にされなくて良かったねっ。まあ、恥ずかしいなんて感情はないか!」とだけ言いました。あの笑顔の粘っこさったら、誰が悪者なのかわかったものではありませんね。私にだって心はあるし、蜂に刺されたら痛みます。


 数十分後に、迎えのハイエースが到着しました。運転席には見知らぬ男性が、後部座席には杏里とその友達が座っていました。呆気にとられた貴女は初めこそ怯えていましたが、課せられた罰が肝試しだとわかると、貴女はいつもの調子を取り戻し「そんなことでいいの? 全然平気だし」と大口を叩きました。

 私は呆れました。だって貴女は、いつだったか流行りのホラー映画を観た翌日、怖くて学校のトイレに行けなくなって教室で漏らしてしまうほど筋金入りの怖がりですもの。

 そうそう。あのとき貴女の粗相を誰かに見られる前に片付けてあげたのも、濡れた下着とズボンを交換して、私が漏らしたことにして保健室に行ったのも、貴女は忘れているのでしょうか? ええ、きっと忘れているのでしょうね。都合の良いことしか覚えておけないようですから。まあ、彼女達にけしかけられたのがただの肝試しで、犯罪行為ではなかったことは心から幸運に思うべきでしょう。


 杏里の言う“心霊スポット”とは寂れたホテルの裏手にある、大人達は決して近づかない廃寺でした。ホテル周辺の開発工事の際に不審死が相次ぎ、というのも廃寺に古くから祀られていた大勢の地蔵を一斉撤去した祟りなのだとか。

 町の地蔵信仰はよく知っています。昔は町民が地蔵に親しんで生活していたこと、体を失った地蔵の霊が今も彷徨っていること、夜になると地蔵が町を徘徊すること、たまに子供に混じって遊んでいること……など多くの逸話がありますが、廃寺の地蔵が祟るという怪談は初めて聞きました。

 貴女と私は車から降ろされました。撮影係の杏里と、運転手の男性が後ろから同行し、二人が録画をしながらぺちゃくちゃと喋っています。

 暗く、鬱蒼とした雑木林の奥に荒れ果てた寺が見えてきました。傾いた本堂の隣に、地蔵がぽつんと佇んでおります。


「これが、動かすと祟るっていう地蔵? 思ったよりショボいね。……ではやり方を説明しまあす。まず二人組の片方が相手におぶさり、おんぶの状態でぐるぐると六周します。廻り終えたら地蔵の前で降りて、降りた方が『オオノリアアレジゾウサマ』と唱えた後に地蔵を蹴ります。すると霊に取り憑かれるそうでえす。はい、あんたがやるんだよ」と杏里がスマートフォンを貴女に向けました。


「えっ。あたし、い、嫌だ。コイツにさせてよ」


 泣きべそをかいて私を示した貴女を見て、杏里は夜闇でもわかるほど、鬼の形相に変わりました。


「うわあ。コイツまた身代わりにさせようとしています。最低ですね。こんな人間は呪われるべきですね。早くやってくださあい」


 私は泣きじゃくる貴女をおんぶしてから、貴女が呪文を何度も間違えたり、なかなか地蔵を蹴ろうとせず杏里に小突かれたりする様を見守っていました。

 貴女の力が強すぎたせいか、それとも元から不安定だったのか、蹴った拍子に地蔵は倒れて頭がもげてしまい、杏里は「ぎゃあ! 首を切られて殺されるう!」とわざとらしい悲鳴をあげました。

 良い動画が撮れたと喜ぶ杏里達とは対照的に、貴女は夜闇でもわかるほど、赤ん坊のように弱々しい顔をして私に縋っていました。 


「呪い殺されちゃう。助けて……」


 まったく、こんなことくらいで祟られるなんて馬鹿げています。しかし、そのとき私はひどく疲れきっており、貴女を適当にあしらうことしかできませんでした。



 杏里と対峙した晩のことは、今でも時折思い返します。あのとき彼女は「どうしてあんな女の身代わりになったのか」と尋ねたのです。杏里のように、高台から町を見下ろす人間には一生わからないことでしょう。どんな面倒事を負わされても、いないものとして無視されるよりはずっとましだということを。

 間もなくして貴女は学校を休みがちになり、不登校になり、そのまま卒業を迎えました。部屋に引きこもった貴女は何かに見られている気がすると、やはり地蔵に憑かれているのだとやたらに怖がり、どれだけ言い聞かせても安心しないので、近所の神社で御守りを購入してあげました。あれは私の少ないお小遣いから捻出したのですよ。我ながら献身的すぎたと思います。


 しかし、それまででした。三度と言わず何度も貴女の頼みを聞いてきましたが、今度こそ、私と貴女の関係は途切れたのです。

 高校に進学した貴女の悪い噂は、私の耳にも届いていました。とんでもなく露出した服装の貴女が私の目の前を通りがかったときは、あまりの変わりように驚いて、心臓が止まるかと思いましたよ。あれが地蔵の呪いだとしたら笑ってしまいます。

 覚えていますか。

 あのとき、貴女が私を無視して通り過ぎた日ですよ……。



    * * *



 私もこの町もたいして変わらないのに時ばかりが流れ、数年が経ち、私は成人式を訪れました。若者でごった返した会場にて見知らぬ幼な子に手を掴まれてしまい、困り果てていたところに走ってきた母親は、信じられますか、あの杏里でした。彼女は子連れで成人式の手伝いに駆り出されており、すっかり母親の顔になっていたのです。

 初め、杏里は私に気づきませんでした。彼女は様変わりしたのに私はほとんどあの頃と同じですから。

 彼女の口から語られた貴女の噂話は聞くに堪えがたいものでした。会わない間に貴女は自分でどんどん墓穴を掘り、自分の力では這い上がれないところまで堕ちて、堕ちて、堕ちていたのですね。ああ可哀想に!


「ざまあみろって感じ。あんた、もうアイツと一緒じゃないんだね。あんなに好きだったのにね。そういえば、中村君の弟はあんた達の関係性が理解できなくて気味悪がってたな。所詮、余所者だからねえ。中村君はちょっと前にトラブルを起こして一家で町を出て行ったよ」


 中村君の話なんかどうでもよく、私は気分が悪くなりました。

 ええ、そのとき杏里から聞きましたよ。ずいぶん酷い目に遭ったそうですね。あんなに可愛かった少女の見る影もない……。いえ、別に罰が当たったのだなんて思っていません。

 覚えていますか。餌を沢山あげたらメダカが大きくなってみんなが喜ぶよと教えたときも、怖がる貴女にトイレの幽霊にも注意すべきだと忠告したときも、流行りの消しゴムを持っている子を教えたのも、好きな男子にはすぐにラブレターを出すよう勧めたのも、町一番の人気者だった中村君のお兄さんにアピールするよう背中を押したのも。すべては貴女を思うがゆえの行動でした。貴女に微塵も伝わらなかったことが、あろうことか、杏里に理解されていたなんて……。

 ええ、私達は友達なんかじゃありません。私は、貴方にとってただひとつのだったつもりです。それは友達より、親子より強く結びついた関係でした。何だかおわかりですか。

 おわかりですよね。

 神様と人間です。

 お願いして、縋って、畏れてくれる貴女の表情、言葉、仕草のひとつひとつが、何より嬉しかった。私は貴女のですから。


 ほら。あの晩から徐々に首に傷が入って、もう、今にも頭が落ちそうなのです。そういうわけで、どうしても貴女に会っておきたかったのです。

 私が今まで貴女を見捨てたことがありましたか? ないでしょう? もっと早く、子供の頃のように頼ってくれていたなら、ここまで堕落することはなかったのに……貴女はどうして私を捨てたのですか?

 廃寺の一件から、私のことが怖くなったのですか? まったく……この町も余所からの移住者が増え、地蔵信仰はすっかり時代遅れですし、地蔵の存在なんか信じようと信じまいと個人の自由になってしまって、貴女みたいな子供はずいぶん少なくなりました。ああ、傷口が痒い。

 身代わり地蔵の役目は終わります。最後に、貴女の借金も、汚名も、罪も、何もかも全部を背負ってあげるつもりです。


 でも、まだ身代わりになるには足りません。貴女はこの先も、これまでと同じような、あるいはもっと取り返しのつかない罪を犯すことでしょう。何度も立ったような窮地にまた立たされて、泣いて助けを乞うでしょう。今までずっとそうだったのだから。そんなとき貴女は私というよすが無しに乗り越えられるでしょうか。生きてゆけるでしょうか。ゆけないでしょうね。ですから私がいなくなる前に、貴女が先に旅立つべきだと思ったのです。誰も身代わりにできない人生は恐ろしいでしょう? 可哀相に、そんなにつよく御守りを握って、怯えているのですね。

 大丈夫。もう、そこのクローゼットに縄を結んであります。苦しいのは一瞬です。はい。踏み台に立って。首を入れて。こらこら、抵抗しないでください。私に任せていれば、これまでのように、私がどうにかしてあげますから安心してくださいねっ!






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