導かれし花

浅川瀬流

導かれし花

 ここ十年で世の中はガラッと変わった。


 宗教を信仰することが禁止され、寺社や仏像など、関連する様々なものが撤去された。

「神などいない。科学の力こそ最強だ」と。


 ――散り始めの桜を見上げながら、私は大学の正門をくぐった。大学生たちに混じって今日もあちこちにやつらがいる。


「おはよ~倉田くらたさん」

 自分の名を呼ぶ声に振り返った。

 後藤ごとうくんだ。さして距離はないのに、大きく手を振っている。彼は私の元へと駆けてきて、サッと横に並んだ。

「おはよ」と返す。


「また今日もたくさんいる感じ?」

 そう言って後藤くんは私の顔をのぞき込んだ。そのあどけない笑顔といったら……これがイマドキでいうあざと男子というやつか。


「あ~うん、そこらへんにうじゃうじゃいるね。ちなみに後藤くんの頭の上にもいるよ」

 私は眼鏡を押し上げながらこたえる。


「頭の上……今日はどんな子?」

 確認するように後藤くんは頭を触るが、それの体にはもちろん触れることはできない。

「今日はね、交通事故で去年亡くなったおばあちゃん。家に行こうと思ったら、孫に似た後藤くんに付いてきちゃったって言ってる」


「この前みたいに悪霊じゃなくて良かったぁ。おばあちゃん、早く家族に会いに行きな~」

 後藤くんは上を向き、のんびりと呟く。おばあちゃんはその言葉に穏やかに笑った。去り際の「さようなら」という声が、私の耳にだけ届く。


「ここまで寄り付くって、実家がはらい屋なのに珍しいよね」

「まあ俺は一切見えないし。祓い屋オーラもないからね~」

 キャンパス内を歩きながら私たちはそんな言葉を交わした。


 宗教禁止などに伴って、科学で証明できない幽霊や妖怪も信じられなくなったが、祓い屋はまだまだ存在する。彼の家もそうだ。当の本人は全く霊感がないけれど。


 対して私は霊感が人より強いらしい。はっきり視えるし会話もできる。小さいころは不気味な霊たちが怖くてよく泣いたものだ。どうすれば視えなくなるかも色々調べてみたが、特に対処法も見つからなかった。とりあえず現在は、眼鏡をかけてちょっとでも視界を狭くしている。


 本日の講義を終え、私は帰路きろについた。ちなみに今日は一限のみ。毎回出席を確認するからなかなかサボれないのだ。


「……なんか変なのいるな」

 私は小さい声で呟く。


 神社仏閣が撤去された影響で、行き場を失った神様たちの魂があちこちウロウロしていた。人間に乗り移るもの、火の玉みたいな姿のもの、かたちは様々である。

 そして今、私の目の前にいるのは後者だった。


 絶対こいつは面倒くさい。脳がそう警告している。私はグルっと右回りをし、スタスタと早足で歩き出した。


「ねぇねぇねぇ、お姉さーん! ねーえ! 僕のこと見えるんでしょ?」

 ほら、予感は的中した。

 そいつは私の顔の前でのんきにぷかぷかと浮いている。どこに口があるかって? そんなことは私にもわからない。ただ声が聞こえるのは確かなのだ。


「無視しないでよぉー」

 あまりに目の前をうろちょろするもんだから、私は仕方なく立ち止まる。

「はぁ……なんですか?」

 睨みをきかせて言ってみるも、当たり前だが相手の表情はよくわからない。


「お姉さん、霊感強いんだねぇ。僕は霊っていうか魂だけど」

「で、要件はなんですか?」

「そうそう! 僕のうつわ探すの手伝ってくれない?」

「お断りします」

「ちょ! なんでよぉ」

 そいつは不満の声を上げた。


 と、近くを通った女性が私に不審な目を向けているのに気が付く。そりゃそうだ。視えない人からしたら、私は完全に一人でしゃべっている変な人なのだから。


「それじゃ」と一応そいつに別れを告げ、猛ダッシュで家へと向かった。


 だが、私が帰ったときにはすでにそいつが部屋の中を飛び回っていた。

「お姉さんすごいね、これ!」

 興奮した様子で、そいつは机の上の食品サンプルを眺めている。


 細かい作業が私は大好きで、食品サンプルを作るのも趣味の一つだ。頭を空っぽにして夢中になれるため、ストレス発散にもなっている。

 久々に全力疾走した私は疲労が溜まっているので、そいつを無視し、ペットボトルの水をがぶがぶと飲んだ。


「あ、そういえば、まだ名乗ってなかったね。僕は笠地蔵だよ」

 ん?

 思わぬ発言に手を止め、私は無意識にき返してしまった。

「笠地蔵って、昔話の?」


「そー! よく知ってるね。昔話には神様や妖怪も登場するから、どんどん読まれなくなってるんだよぉ。それで、お姉さんのお名前は?」

「……倉田のぞみ

「希ね! 僕の器探し手伝ってくれる?」

「そこらへんの人間じゃ駄目なの?」

 私は椅子に腰かけ足を組んだ。


「人間を器にすると、持ち主の人格がなくなっちゃうんだよ。笠地蔵は思いやりのお話なのに、そんなことしませんー!」

「じゃあ……これとか?」

 机の上に丁寧に並べられている食品サンプルの中から、私は一つ取り出す。笠地蔵の前に掲げた。


「それ、食べ物の形してるから笠地蔵と全然関係ないじゃん! 想いが通じないと器として受け入れてくれないんだよ」

「めんどくさー」

 椅子をクルクルと回しながらあしらった。


「まだ壊されてない地蔵があるかもしれないからさ。一緒に探してよ!」

「壊されてないのなんて今時ある?」

「神社とかの近くならまだまだ未練ある人たちが集まってるからさ! のぞきに行こ」


 結局、笠地蔵の器探しを手伝うことになってしまった。どうやら私は押しに弱いらしい。後藤くんにも「変な人に狙われそう」と前に言われたことがある。

 まあ今回は人ではないのだが。


「笠地蔵って長いだろうし、僕のことは気軽に笠って呼んでね!」


 ――そうして私と笠は、元々神社や寺があったところへおもむいた。

 笠の予想通り、そこでは地蔵様をコレクションしている団体を見つけた。なんとも胡散臭うさんくさそうである。


「笠地蔵の話ってさ、あと五体くらい登場するよね。その子たちはどうしてるの?」

 木の陰に隠れて団体を観察しながら、小声で問いかけた。

「あー、それなら、あそこに置いてある地蔵がみんなそうだね」


「え、そうなんだ。じゃあ笠も混ざってきなよ」

 私が指をさしながら提案するも、笠は首をぶんぶんと振っているかのように、その場で激しく動き始めた。


「嫌だよー、あの地蔵を器にしたらあの場から動けないもん。それに周りの人間たちがちょっと気持ち悪いし」

 たしかに、それは同意する。

 地蔵様を作っていた人には申し訳ないけど、地蔵様を見ながらニヤニヤしている彼らの姿はなんだか近寄りたくない。


 ということで、折角見つかった器は却下となった。再び町を散策することにする。


「そういえば、地蔵様ってなんで道端に置いてあることが多いの?」

「んー、人々を見守るためもあるし、悪いものが入らないようにするための結界でもあるよ。それに、みんなを正しい方向へ導く役割もあるんだ。諸説あるけどね」

「ふーん」


「聞いといてそっけない返事しないでよ……あっ!」

 笠は急に大声を上げ、一枚のポスターの前を陣取る。それは今度の土日に開催される地域のお祭りの告知ポスターだった。


「これ、笠だよね!? そうだ、笠を器にすれば良いんだ!」

 妙案みょうあんだ、となんだか勝手に盛り上がっているご様子。


「でも、お祭りのとき以外出番ないよ?」

「あ、そっか……うーん、何が良いかなぁ」

 笠は私の発言にあっさりと納得した。元気だったりしょんぼりしたり、見ているとなんだか面白い。


 それにしても、笠ねぇ……。


「あっ!」

 今度は私が声を上げた。突然のひらめきにポンと手を打つ。

「傘にしようよ! 雨降ったときの傘!」


 私の提案に対し、笠は不満げな声を漏らした。

「名前が同じだからって、さすがにそれは安易すぎだよー」と嘲笑うかのようにその場で揺れ始める。

 私はその様子に少しムッとしたが、話を続けた。


「さっき地蔵様は人を導く役割があるって言ってたじゃん。だから今度はさ、導かれる側になれば良いんだよ」

「導かれる側?」


「そ。傘って電車やお店によく忘れる人がいるんだよね。誰のかわからないけど使っちゃう人も多いの。だから、傘を器にしたらきっと色んな人に出会えるし、色んなところに連れて行ってもらえると思う。それに雨だけじゃなくて、昔話みたいに雪もしのげるしね」


 ニヤリと笑うと、私の考えに笠は黙った。人間でいえば目をパチクリさせているのだろう。しばしの沈黙ののち、笠の元気な声が響き渡った。

「なるほど……すごいよ、希! 名案だ!」

 飛び跳ねているのか、笠は上下に揺れている。


 私たちは早速、一本のビニール傘を購入しに向かった。昔話の中で地蔵様たちは赤い前掛けをつけている。なので本当は赤色の傘にしようかと思ったのだが……。


 さすがに真っ赤な傘はみんな手に取らないだろうということで、無難に透明な傘を選んだ。それと、もし器が壊れたらまた新しい器を探せば良いらしい。ビニール傘はなにせ壊れやすい。


「ありがとう、希! 問題はこの傘が僕をあるじとして認めてくれるかなんだけど……」

 恐る恐るといった様子で火の玉の姿をした笠は傘に近づく。すると、そのまま傘の中に入り込んでいった。

「やった! 入れた!」

「良かったね、笠」

 ハイタッチするかのように、私は傘に優しく触れた。


 ――朝、カーテンを開けると雨が降っていた。予報では午前中で止むらしい。窓の外を見ると、本日も様々な場所にやつらが見える。


 私は少し上機嫌で身支度を整え、玄関の傘を手に取った。

 ワンタッチ式の傘を開き、大学へ向けて歩き出す。大学に置いておけば、誰かが見つけてくれるかもしれない。わざと傘を忘れるっていうのもおかしい話だね、と私は声を掛ける。


 薄暗い雨の中を、透明な一輪の花が揺らめいた。

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導かれし花 浅川瀬流 @seru514

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