第5話 その社員番号は
そのお客様がご来店されたのはオープン二日目の夕方のことでした。
「こちらにスーパー・ブライトという指輪があると伺ったんですが」
「ございます」
聞けば群馬の高崎店で『一番近くで実物が確認できるお店』とオープンしたばかりのガーデンタワー店を紹介されて新幹線でお見えになったらしい。
「では、こちらでお待ち下さい」
昨日、応援で来ていた関山さんから聞いておいた知識がさっそく役に立ちます。私はすぐに店長室にスーパー・ブライトを取りに向かいました。
確か関山さんは店長室の金庫に保管されているって言っていました。社員証をリーダーに通してパスコードって、あららら、社員証がエラーになっちゃっいました。もう一度、ゆっくりと社員証をリーダーに通してと、、あれ? やっぱりエラーだ。
磁気不良になっちゃったのかな? と困っていたら店長が部屋に入ってきました。ラッキー!
「店長、スーパー・ブライトの実物を確認したいと高崎店から紹介されたお客様が来店されているんですけど私の社員証、エラーになっちゃって金庫が開かないんですよ」
そう言ったら呆れられました。
「そりゃそうだろ。この金庫を開けられるのはその店の店長とサブ、執行役員以上だけだから開かなくて当然だよ。お客様、今来てるの?」
「お待ち頂いてます」
「今、開けるよ」
そう言って店長は金庫を開けてスーパー・ブライトの入ったジュエリーボックスを取り出してくれました。
私の早とちりで社員なら誰でも金庫を開けられると思っちゃっいました。そんな訳ないですよね。
「昨日、ヘルプで来ていた関山さんがスーパー・ブライトをお客様にお見せしていたので、てっきり金庫って誰でも社員証で開けられるものだと勘違いしちゃいました。昨日も店長が金庫を開けていたんですね」
納得しましたとスーパー・ブライトの入ったジュエリーボックスを持って外に行こうとした時でした。
「あっ!」
「どうしたんですか?」
「俺、開けてない。昨日、金庫開けるのも閉めるのも俺やって無い。ここでパソコンの画面で売上をずっと眺めてた」
「じゃぁ、誰が金庫を開けたんですか?」
「そのヘルプの子が自分でやってた」
ん? 関山さんが自分で開けたっていうこと? でも。
「開けられないんじゃ?」
「開けられない、はず」
「「……」」
どう言うことなんでしょうか?
「と、取り敢えずお待たせしているお客様に商品のご案内をしてきます」
「そ、そうして」
高崎店から紹介されてきたお客様はジュエリーボックスを開けた時から興奮気味でした。
「凄い輝きですね。この周囲の石が実によくできています。手間暇かけて作られているのがよくわかります」
関山さんが説明していた文言をそのまま話そうとしたのに、このお客様は実物をご覧になっただけで商品の価値をご理解いただける目をお持ちの方でした。
この指輪は息子さんのお嫁さんになられる方へ贈られる物だそうで、奥さまにもご確認いただいた上でお買い上げのご注文をいただきました。後日、息子さんとお嫁さんでお越しいただいてサイズを計らせていただき納品することになりました。
お客様をお見送りしてからスーパーブライトを持って店長室に戻りました。お買い上げいただいた事の報告とスーパー・ブライトを金庫に戻すためです。
「店長、スーパー・ブライトをお買い上げいただきました」
一千八百万円もする指輪だから喜んでもらえるだろうと意気揚々と売り上げの報告をしたのですが店長は無言でチョイチョイと私をデスクに呼びました。
「これ見て」
店長が私に見せてくれたのはPC画面上に表示されたカードリーダの読み取り履歴。そして昨日、金庫の開閉を行った社員の氏名のところにあったのは『Y』の一文字。
Y?
その社員番号は1003100014。
YESデザインズの社員番号は頭四桁が会社コードになっています。日本のYESデザインズの社員番号は全て1003で始まります。
社員番号の五桁目から五桁が個人の識別番号となっていて必ず五桁となるように一万の位は1と決まっています。つまり10001は社員番号の一番を意味しているのです。末尾の4はチェックデジット、だそう。
一番の社員って! しかも名前がY!
「もしかしてチーフ・デザイン・コンセプターのYさんという事ですか?」
「そういう可能性がある。いや、恐らくYさん本人で間違いない」
「デザインセンターに勤務されてるって言ってましたよ。私、デザイナー志望だけど店舗に回されたって言ったら『めげないで公募に応募し続けて』って励まされましたもん」
「でもYさんが新店オープンのヘルプに来るかなぁ?」
「昨日、お客様にしてたスーパー・ブライトの商品説明が無茶苦茶詳しかったですよ」
店長は昨日ヘルプに来てくれていた他店社員の一覧を書類入れから出してきました。そこにあったのは『関山裕香 デザインセンター ジュエリーデザイングループ シニアマネージャー』の名前。
「店長、
「確かに。Yさんって普通にデザイナーとして働いているんだぁ」
「そして普通にお店に来て接客してる」
「普通の子だったよな」
「普通ですけど感じは良かったですよ。どちらかというと可愛い系ですね。アラサーって感じです」
「何か凄い秘密を知っちゃった気がするんだけど」
「私たち消されたりしませんか? 『この秘密を知ったからには生かしておくわけにはいかない』とかって」
「増原さん、特撮物の見過ぎ」
店長と私はなんとなくこの事に気付かなかったことにしました。
はぁ。デザイナーか。
いつか私も『YESブランド』のデザイナーになれる日がくるんでしょうか。
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『謎のカリスマデザイナーの中の人のとある一日』はこれで終了です。
このお話は『ある春の日に大きな木の下で恋に落ちた。猫も落ちた』というお話の第131話を別の視点から見たお話です。ぜひ本文の方もご一読下さい。
・ある春の日に大きな木の下で恋に落ちた。猫も落ちた
謎のカリスマデザイナーの中の人のとある一日 相内麗 @yukiy777
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