第4話 スーパー・ブライトの彼女を発見

 さて、遅お昼をどこで食べるかな? とモールを彷徨っていたら入口近くに一軒のご飯屋さんを見つけた。定食屋さんかしら? うわっ、安い!! 千円以下で食べられる。ここで決まり!

 ——いらっしゃいませ

 店に入ると店員さんの明るい挨拶で席に案内された。すぐに若い店員さんがお冷やを持ってきてくれた。

「本日はオープン記念でチャーハンとほうれん草の卵炒めが特別価格になっています。宜しかったらお試し下さい」

 ふーん。チャーハンか。それも良いけど他には……あっ! 私の大好きなアレを発見!

「サバの味噌煮定食、ご飯大盛りにして下さい」

 もう鯖味噌があったらそれで決まり。これで元気が復活する。良いお店に巡り会えた。

 そう思ったのだけれど店員さんが注文を端末に入力している時に私は気付いてしまった。その端末を持っている左手薬指に填まっている指輪に。

 『YESブランドウチ』のアクアマリアージュだ! セットで二百五十万円もする指輪を填めているこのバイト少女は何者?


「サバの味噌煮定食のご飯大盛りがお一つですね。しばらくお待ち下さい」

「ねぇ、あなた結婚しているの?」

 店員さんがその場を離れようとした時に聞いてしまった。私の視線の先にはアクアマリアージュがある。

「はい。既婚です」

 凄い! まだ高校生よね。デキ婚かな? まぁ、私もデキ婚なんで何とも言えないけど。

「まだ十代よね?」

「十六になったばかりです」

 うわぁ。十六だって。私はその頃は伯美はくびに話掛けることさえ出来なかったのに。もしかしてデキたので退学になっちゃってここで働いているのかな?

「学校は?」

「高校に行ってます。今日は期末試験が終わったので」

 えっ? 現役の高校生なの。現役の高校生がアクアマリアージュを填めてる。興味出た!!

「ねえ、その指輪。YESのアクアマリアージュ。若いのに凄い指輪してるわね」

「見ただけ分かるんですか?」

「うん。分かる」

 そりゃ、分かるわよ。私がデザインしたんだもん。でもって、今日はしていないけど私も持ってる。伯美はくびが買ってくれた。えへへっ。

「そっちの方が凄いですよ」

 種明かしすれば全然凄くないんだけど。

「旦那さんお金持ちなのね。中々、結婚指輪にセットで二百五十万円も出せる人いないわよ」

 売れっ子モデルの伯美はくびでさえセットで二百五十万円の結婚指輪にはビビっていた。

「値段までわかるんですか?」

「うん。まぁ、中の人だし」

 私は首からぶら下げたYESのネームプレートをかわいい店員さんに掲げて見せた。

「あっ、YESのお店の方でしたか」

「私はヘルプ。新店オープンで急遽手伝いに来たのよ。もうくたくた」

「お疲れ様です」


 ホントに疲れたわ。そう思った時に何気に店員さんのネームプレートを見たら『小里聖』と書かれている事に気付いた。

 あれ? 先月、亜美から『披露宴の新婦がスーパー・ブライトを付けていた!』って写真を送ってきた子も確か『小里聖』じゃなかったっけ? 感激して色紙にサインを書いたぞ。うん、確かにそう言う名前だった。

「あなた小里聖さんっていうの?」

「はい」

「ねぇ、もしかして結婚式って先月だったりする?」

「はい。先月の十六日に式を挙げましたけど、何か?」

「もしかして関山亜美が披露宴で挨拶したかしら?」

「ご挨拶いただきました。関山さんをご存知なんですか?」

 ビンゴ! スーパー・ブライトの子を発見!


「そうかぁ! ねぇ、スーパー・ブライトの彼女はあなたなのね?」

「ど、どうして私の指輪を?」

 うふふ。驚いてる。

「いやぁ、そうか。こんなに若くて綺麗な子にスーパー・ブライトを付けてもらえるなんて。アクアマリアージュといい、あなたの旦那さんて凄い人なのね。私ですらスーパー・ブライトは持っていないのに。羨ましいぞ」


 流石にスーパー・ブライトは買えない。伯美はくびにお強請ねだりしたら買ってくれそうな気はするけれど、そのお金は香葉瑠こはるの教育費として取っておきたいというのが親としての正直な気持ち。

「あのぉ、『ですら』って、どう言うことでしょうか?」

 あん? あぁ。そうねぇ。まぁ、亜美の知り合いならいっかぁ。

「まっ、いっか。はじめまして。『YESブランド』ファウンダーのYです」

「えー! あの色紙を書いていただいた方ですか?」

「うん、そう。あれは感激しちゃったよ。亜美から送られて来たウェディングドレス姿のあなたのイメージが私のイメージとピッタリだったの。『凄い!』って思っちゃった。でも、あなた、写真よりも実物の方が綺麗ね」

「こちらこそ素敵なドレスでした。それと色紙、ありがとうございました。私の宝物です。でも、まだお若いんですね」

「もうすぐ三十一よ」

 そう。私ももうすぐ三十一歳。そうなのよ。三十一歳になるのよ。

 改めて私って三十代になったんだと考えたら『もう一人、と思ったら今が良いチャンスかも』と思ってしまった。帰ったら伯美に相談してみようかな。


 その後やってきたサバの味噌煮定食は絶品だった。凄く美味しかった。

 そうなのよ。値段じゃないのよ。良い物と値段は比例しないの。良い物は高価かも知れない。でも、高価だからと言って良い物であるとは絶対に言えない。


 これは『YESブランド』が作る商品が絶対に守らなければいけない不文律。

 『YESブランド』は最初に発売したペンとボールペンに法外な値付けをした。あり得ない値段。でも、それは生産量が少ないので割高になり、その値段にしないと作れなかったから。

 ところがその法外な値段のペンとボールペンが売れてしまった。『ある理由』によって一気に火が付いて爆発的に売れた。その結果、ペンとボールペンを大増産して『YESブランド』はもの凄い利益をカイリアにもたらした。母曰く『カイリアが十年掛けて稼いだ利益を「YESブランド」はたった一年で稼いだ』と。


 ここで儲かるからと次から次へと商品を広げないのが母の凄いところだった。母は私に『次に裕香が作りたい物は何?』と聞いてきた。

 そんなの決まってる。『キッチン用品。グラスとかお皿とかボール。フォーク、ナイフなんか』と答えた。その一言で『YESブランド』の次の商品開発はキッチンウェアと決定した。


 ただ、キッチンウェアを手掛ける前に私にはやりたい事があった。それはもの凄い利益(とは言っても私は具体的に幾ら儲かっているのかは興味ないので知らない)を稼いだというあの二百五十六色のペンとボールペンのテコ入れだった。

 拘りをもって商品を作り、発売したのだけれど実際に出来たペンを使って描いてみると『今イチ』な色もあった。全ての色で品質が一定していない気がした。

 そこでもの凄い利益を稼いでいるというのならば、その利益のせめて一部をペンとボールペンの改良に使いたいと母に申し出た。

 結果、『好きなようにしていいわよ』というありがたい返事で私はペンとボールペンの色について徹底的に見直しをした。


 後から聞いたら『利益をお客様に還元するっていう事なのよ。商品の値下げをするのも一つの手かも知れない。でも、裕香が言ったみたいに商品の品質を安定させたりずっと供給し続けたりする努力も買っていただいたお客様に利益を還元する一つの方法なの。だから好きなようにしていいと言ったのよ』と言われた。


 難しいことは分からないけど長く使ってもらえるように努力するっていう事だと理解した。

 『YESブランド』の永久保証という考えが私の中に出てきたのも知らず知らずのうちにこうした教えを母から受けていたからなのかも知れない。因みに二百五十六色のペンとボールペンのお値段は発売以来ずっと据え置きにしている。

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